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冬の狼  作者: CANDY
哀歌の章
144/355

ACT127 挿話 怒りの矛先

 ACT127


 絶望したと言えるのなら、まだ、物を知らない子供なのだ。




 疲れ切って帰ってくると、神殿長が窶れていた。


 理由は大体わかっている。

 グリモアを内包する少女の所為だろう。


 勿論、毛髪と胃に攻撃を仕掛けているのは彼女では無い。


 神殿長も巫女頭も、少女のお行儀の良さに満足している。


 そりゃそうだろう。

 彼らに預けられる貴族の子弟。

 例えば、行儀の悪い王家の餓鬼どもに比べれば、格段に扱いやすいだろう。

 年寄りを敬い静かに与えられた本を読む。見ているだけで涙に暮れるほど素晴らしく感じるだろう。


 王家の餓鬼。

 つまり自分や従兄弟等は、神殿と言えば、垂れ幕に火をつけ、遺物をたたき売り、聖なる水に色を付け..と、憂さを晴らす場所と思っていた。

 見捨てられた子供に手を差し伸べる彼らを、憎むしか無かったのだ。そうしなければ、親から疎まれたと認めなくてはならない。

 子供だったのだ。


 絶望した大人は、他人に期待をしない。


 この世や神にもだ。


 その点、従兄弟は執念深く恨み拗ねているだけ純粋なのだ。


 殺されてなるものか、憎しみに飲まれてなるものかと耐えて、愛に至るとは限らない。


 その良い例が自分だ。

 赦せばとっくに死んでいた。

 従兄弟は否定するが、彼は己を憐れみすぎた。彼は憎まれ蔑まれていると感じていたろうが、そこには愛情を与えようとする者もいたのだ。


 何故なら、殺そうとする者でさえ、彼を苦しみの中に置こうとはしなかった。


 自分のように、生きている間中苦しめてやろうという悪意はもたれていないのだ。


 だが、お陰でこうして生きている。

 生きているだけで、自分を憎む者達には苦痛だろう。

 そして楽しんでいる限り、彼らは自分の間違いをずっと見ていなければならないのだ。

 そしてその迂遠の復讐を完璧にするためには、彼らが自分に施したと同じ物を返してやらねばならない。


 だからこそ、彼は生きて神の子になったのだ。


 呪術を知る為に。



 今、ジェレマイアは、国土を上げての腐土領域の封鎖、浄化の任についている。

 封鎖は失敗の様相を見せ始めており、効果的な浄化の方法を考え出さねばならない。


 つまり、過去に焼き払われた呪術の復活を考えている。


 昔、それを邪法として焼き尽くした者が、邪法を求めるという莫迦らしい事をしているのだ。


 呪が可能性を秘めると同じく、危険な物である事は、今も昔も変わりない。


 感化の力とは、呪に限らず、人を管理する者には非常に有効な手段だ。


 獣人という種が、戦闘種と言われる本能をある程度管理するために、軍が使用している洗脳もそれである。

 言葉は悪いが、この洗脳を施さないと集団行動ができない。

 できないことは無いのだが、厄介になる。

 軍隊を再編する、または、出兵する度に、一大筋肉野郎の暴力祭りが起きるからだ。


 この洗脳という加工が施される理由を知ってから、根本的に人族と獣人族は違うと実感した。

 差別ではない。彼らとの土台がそもそも違いすぎるのだ。


 彼ら同重量の雄を集団にする。と自然、順位付けをしないと気が済まないのだ。


 人族で言う同位は認めない。


 つまり、力こそ全てという原始的な雄の縄張り争いをし始める。

 これでは、戦争するのに集めたのか、誰が一番強い雄かを決めに来たのかわからなくなる。


 もちろん、誰が一番強いか決めよう大会みたいな行事は、年中軍では娯楽として執り行われている。

 そこに混じる獣人族以外の者も、毒されて楽しみにしているとか聞くと、彼らも加工されているのかもしれない。


 ジェレマイアからすれば、もう、彼らの娯楽の意味がわからない。


 そして、呪の取り扱いを慎重にしようとした結果が、彼らの娯楽に一役買ったようだ。




 女子棟に巡らされた高い壁が無かった。




 壁の跡はあるな〜。

 手前にあった筈の優美な庭は、..庭じゃねぇや瓦礫だ。



 神殿長が視線を下げたまま、紙を手渡してくる。

 見なくてもわかる。

 請求書だ。

 王家の餓鬼に渡せ、俺じゃねーよ。






 神殿には住み込みの神官も多数いる。

 本神殿には大陸全土から信者が参拝し、観光目的で王都に来た者も一度は来るだろう。

 彼らに有料で提供する食事や宿泊施設などの管理をする者もいるし、孤児として預けられた者、行儀見習い等、沢山の者が寝起きしている。

 そこで諍いなどが起きないように、細かく住み込み場所を分けている。

 本神殿とそれに連なる学問所や資料館宝物殿など重要施設を挟むようにして、男女で大まかに分け、更に身分などで細かい宿舎が分かれている。


 その再奥に少女を置いた。


 グリモアとは感化の力だ。

 鈍感な獣人の兵士ならいざ知らず、何か心に鬱屈のあるような者は、側に置けない。


 彼女自身が、グリモアを制御するに至っていないからだ。

 もちろん、制御し悪用するようなら更に厄介なのだが。


 悪用という部分を心配はしていないが、素養が大きいと見受けられる。

 つまり、若い娘が力を持つというのは、呪に関して言えば、危険なのだ。


 若いと言うだけで危険を伴い、女というだけで不安要素になる。

 女とは情に動かされやすいからだ。

 だが、逆に言えば、良い導きを受ければ、非道な行いをなす危険は下がる。

 もちろん、その逆もしかりだが。




 従兄弟が馬鹿をしてひっくり返ったと出先で聞いた。


 聞いた時、坊ちゃんなら必ずやらかすよなぁ〜等と疲れた頭でぼんやりと思った。

 その時、既に数日ろくに睡眠をとっていなかった。


 本来なら、接触による影響を直接見に行くべきだったが、神殿長に任せた。


 激怒していた巫女頭と王家の王子がひっくり返った騒ぎに動転していた神殿長は、何を思ったか統括長に連絡を入れた。


 まぁ、たぶん、無礼な王族が神殿に入り込むのをどうにかして欲しいというお願いをしたのだろう。神殿に勝手に入り込むのも困るが、王子の体を慮っての事でもある。


 ただお願いする前に、神殿兵の長に連絡をして欲しい。彼がトゥーラアモンに出張中というのも不味かったのだが。


 先の申し入れで審問預かりの証人への無断接触と神殿侵入を重く見た、熊..じゃなく統括軍団長は、足止め中の男に話を振った。


 鍋に火薬を入れて火にかけたようなもんだ。予想はできた。

 こだわり続ける従兄弟。

 呪と魔導の娘。

 因縁の男だ。



 従兄弟が捕まったという連絡と一緒に、暴れた男からも一言あった。


 一言、壊した、と。


 何を壊したのか、知りたくない。

 知りたくないが、諦めて仕事を途中で切り上げて戻った。


 そしたら、塀が無かった。

 前衛的な芸術みたいになっている。


 神殿長がそそくさと本殿に戻っていく。

 そりゃそうだ。

 寄進を使うには、理由を明確にしなければならない。

 明確に、何が原因でこうなった?

 過剰な防衛であるのは否めない。

 まして、女性棟だ。

 神殿の権力が神官だと思ったら大間違いだ。仕切っているのは、神事を補助する巫女達だ。

 巫女達が怒ると長い。

 どの世界の女も大体そうだが、男が忘れた言動を十数年後に怒り出すなどざらだ。



 俺が壊したんじゃないんだけどなぁ。



 壊れた棟の塀は特注の大理石だった。ため息が止まらない。


 何しろ、王族が寄進した女子棟だ。金のかけかたが男子棟よりあからさまに違う。

 建設当時の巫女頭が妙齢の美女で、スケベ根性を出した当時の王族で宰相の親爺が気合いを入れて建てた。


 総大理石だ。それも中は可愛らしい花柄の紋様やら装飾で飾りたてられている。


 一番端の部屋に、遮蔽物が破壊されたのでそのまま直進で進む。

 地面の抉れや花壇の痕跡が空しい。

 残った半壊の塀に、大きな亀裂と穴があいていた。


 死人の報告が無いのが幸いだ。


 ただ、神殿の牢屋には、二名ほど座っている者がいる。


 考えると疲労感が増した。


 トボトボと歩く祭司長の姿は珍しい。

 請求書の額が目に入って痛手が増したのだ。


 辛うじて残っている木立の側で、少女と巫女頭がお茶を飲んでいた。


 瓦礫を呆然と眺めている。気持ちはわかる俺も逃避したい。


「あ〜、何があったんだ?聞きたくないけど」


 彼の声に、巫女頭が鼻を鳴らした。

 相当お怒りのようだ。


「お客人が、夜に」


「客では御座いません。不届き者が夜に女子棟へ。警備の者が不届き者を処分しただけです」


 少女がおろおろと、婆さんと俺を見る。


「あー大丈夫だよ、お嬢さん。お客は、本殿でもてなしてる。死んでないから」


 表情から、自責の念にかられているようだ。


 まぁ、彼女の所為では無いとも言い切れない。

 だが、進入と接触を許したのは此方の落ち度だ。

 それにこの不必要な破壊は、この娘の所為ではない。


「後で、又来るよ。気に病みなさんな。」


「神官様」


「なんだね?」


「あの、本当に申し訳ないと。謝ってすむ話ではないのですが」


 言いよどみ、うなだれた。


「勝手な事をした責任は、その本人にある。大人ならわかる話だ。で、あの男は君に愛でも囁きに来たのかい?」


 最後におどけて見せると、少女が気まずそうに言った。


「話し合う前に、旦那と御付きが殴り合いを初めた。」


「話し合う前?」


「あの御方は体が変異した。私の身の内の物の所為だ。不安で相談したかったのだと思う。だから、元はと言えば、私の所為だ。」


 指さした先の地面が円を描いて抉れている。


「警告をしようと思った。だけど、その前に旦那が降ってきた。」


 屋上から飛び降りたのだろう。


「御付きが主人を抱えて逃げた。さもなくば、旦那はあの御方を真っ二つにしていたと思う。」


「よく死人がでなかったな」


「御付き、オロフの旦那が旦那、カーン様の剣を押さえた。その後、カーン様はオロフの旦那を投げ飛ばして、壁の所にいたあの御方に剣を投げつけた。」


「串刺しにしたのか?」


 死んではいないが腹に穴でもあいたのか?


「衣服だけ縫いつけて塀に吊した。気絶したようで、その後オロフの旦那が何か言ったんですが。後は二人で殴り合いに」


 さっき見た塀の穴は、剣が突き刺さった後だったらしい。


 確かヨーンオロフは、重量獣種でカーンと種族は近い。

 苛立って話し合う前に殴り合いになったのか。


 限界設定が切れたようだ。

 侵入者を認めた時点で簡単に本能が優位になった。

 たぶん、この娘の所為で。


 お互いにわからないだろうが、この呪の因縁は業が深そうだ。


 お互いが知らぬ間に、重きを置くように常に何かが働いている。


 よくある言葉で言えば、縁だ。


 二人の間の呪の縁は、お互いが思うより複雑になっている。


 男が喰われた魂なら、娘の魂は常にそれを補うように小さな力を流している。


 見たところ悪いものではない、気遣いのような優しい微かな流れだ。

 だが、ひとたび、この流れが断ち切られると予想以上に注がれた相手は度を失うようだ。


 娘を掘り起こしたのが良い例だ。

 あの男は、目印も無い瓦礫の中から娘を掘り返した。



 気が狂ったように、無心でだ。





 まぁ、今回は自分の縄張りに他の重量獣種がいたから切れたんだろうが。


「まぁ春は遠いが、あいつら動物だから。ともかく気に病む必要はない。」


 動物?という言葉に首を傾げる娘を残し、今度は騒動の原因を拝みにいく。


 次いでに請求書を渡しにだ。



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