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冬の狼  作者: CANDY
哀歌の章
142/355

ACT125 挿話 天罰だと思う

 ACT125


 審判官としての矜持ではない。


 そんな相手の考えがわかっても嬉しくはない。長いつきあいとは言え、お互い共通点は無いに等しいのだから。


 オロフの実家は渡りの戦争屋だ。

 戦闘種が軍人になるのが殆どの中、例外的になる職業。つまり、本当に救いようのない者の集団が傭兵だ。


 そんな集団を使っているのがオロフの両親で、その両親の何番目かの息子が彼である。

 数年渡りをした後、やはり傭兵が肌に合わない。と、寝ぼけた事を言い出した息子に与えたのが、コンスタンツェの護衛の仕事だ。


 両王家の血を引く、病弱の王子の護衛。


 何処が病弱?

 どのへんが王子?


 十何年も一緒にいると、そこら辺の夫婦より相手の思考が読めたりする。

 もちろん、嫌な方向でだ。


 コンスタンツェは、王家の者でありながら、一切の宗教を拒否している。

 今現在の王家が国教と認めているものは、ただの政治的利用価値の為であり、愚かな者を操作する手段だと信じている。


 愚かで弱い人間が作り出した幻想。宗教に関わる全てを嫌っている。花占いでさえもだ。


 憎む理由もオロフは知っている。

 ただ、それは世間で言うよくある事で、彼にしてみれば、所詮恵まれた立場の者の甘えに過ぎない。


 そして彼は、私情で神殿に足を踏み入れた。


 だが、雇い主の意向を優先するのもオロフの仕事である。

 諫めるのは彼の仕事ではない。それに同情はするが共感はできない。この王子は、性根が曲がっているからだ。三回転ぐらい。



 神殿は、今回の事件に関して元老院を通して強権を発動した。

 審判は中止。元々、ボルネフェルトの事件その物が審問対象であったため、不満はコンスタンツェ以外では出なかった。


 祭司長によれば、この度の事件による関係者一同には、件の状況を解決する糸口になるものと考慮し、事件の証人や記録等は神殿の管理下に移すという。


 オロフ的に言えば、ぶっちゃけ、今回は宗教がらみだから、お前等より俺の方が専門家だから手を出すんじゃねぇよ。という感じか。


 コンスタンツェを煽るのには十分である。

 同じ不遇の王族でありながら、王家に殉ずる宗教家の従兄弟の言葉だ。

 自尊心と宗教嫌い、更に嫉妬が混じりあって頑なになった。

 神殿に保護された者に許可無く接触する。という暴挙の理由はこんなところだろう。


 つき合わされる身にもなって欲しい。


 そのオロフは、建前上神聖教徒だが、獣人族の(ナイダ・ハヌス)神を信仰している。

 ナイダは賭事と色事の神様で、とても気前がいいので気に入っている。ただし、卑怯な事をすると(特に女性に無理を強いると)賭事も命もツキに見放される。奥さん以外と浮気すると、エライ目に遭うとも言われている。


 つまり、オロフは女と名の付く者には基本的に手を上げないし逆らわない。

 ツキが落ちて、ついでにあっちも不能になったらたまらないと思っている。

 たぶん、雇い主は鼻で笑うだろうが、これも信心の一つである。


 なので神殿の巫女さんを押しのけて、証人に会うのも結構時間がかかった。

 むしろ、犯罪者が入れられている刑務所の方が簡単だ。

 野郎どもを蹴散らすのに躊躇いは無いが、神職の年老いた女性には、触るのもはばかられる。若い巫女さんは、オロフが踏み込んだ時に悲鳴を上げて逃げていった。ヒドい。

 そして、外の神殿兵は連れてきた近衛兵に相手をさせている。もちろん、話し合いという名の取っ組み合いだ。剣は抜いていない。


 どちらにしろ、手早くしないと本殿から大量の神殿兵がなだれ込んでくるだろう。

 これも仕事だからと、年輩の巫女を優しく抱えて適当な部屋に押し込む。もちろん、巫女は手加減無くオロフを殴りまくったのであるが。ホントにヒドい。


 そして証人の子供を連れ出そうとして、止めた。


 見るからに弱った様子。

 何よりも、女だ。

 子供と言っていたので、もっと幼いものと考えていた。だが、部屋で書物を読んでいたのは、少女だ。


 不思議な入れ墨が額から頬に向けて描かれている。

 飴色の髪と目をしており、その髪が腰の下まで流れていた。

 青白い肌は、体力が落ちているのか透き通っていて下の血管まで見えそうだ。

 生真面目な表情で、子供らしさや少女らしい感情の動きは見えない。

 何の種族かはわからないが、巫女の装束をつけた彼女は、卵形の顔かたちも美しい。


 そう、美しい少女が相手だ。


 オロフにとってはそれだけで鬼門である。

 処女と年寄りは同じくらい敬わなければならない。


 ナイダ・ハヌス様の話には、美しい少女に無体を働いた男が、醜い豚に変わるものがある。

 この話には様々な類話がある。

 大体が、スケベ根性を出した男が、豚とか狒々とかになる。または、正妻にモがれる。


 何がってナニをだ。


 たぶん、淫行を禁じる教えだろうが、子供の頃に繰り返し上の何番目かの姉に話を聞かされてきたので余計居心地が悪い。たぶん、あの姉は男が嫌いなのだ。


 などと現実から意識をそらし、再び押し込めた部屋から出てきた巫女を、もう一度別の部屋に入れる。


 そんな苦労も知らぬげに、コンスタンツェは機嫌良く部屋に入り、少女に近寄る。


 ふと、こんな毒蜘蛛みたいな男を少女に会わせる行いは、神様的に駄目なんじゃね?とオロフは思った。


 心の中で、悪いのはアイツです。と、大人げなく言い訳をする。


 少女の前に座った男は、手をのばした。どうやら、話しながら少女に触れようとしたのだ。


 少女は驚いたように身を引いた。当たり前である。



 いや、駄目でしょ。初対面のオッサンが触るとか。



 内心突っ込みたいが、コンスタンツェの目的が思考の読みとりにあるのはわかっている。



 ソッチの興味がないので安心..じゃないな、神様お許しください。



 生真面目に少女が話す声を聞きながら、女の子っていいねぇ、等と思う。

 職場の女性の殆どが重量獣種の女性である。

 重量獣種の女性は先祖返りの肉食ばかりが生まれる。

 肉食、つまり、重量種の中でも獰猛で攻撃的なのだ。

 そんな彼女たちは文字通り肉も好きだが、男はその肉以下の存在と思っている。男と見れば、顎で使うのが当たり前だ。

 重量獣種の男女の婚姻が少ないのも頷ける。

 ちなみにオロフの母親は、その肉食の重量獣種で、頭のオカシイ傭兵を顎で使っている。武器は戦斧と二股の鞭だ。父親より傭兵達は恐れている。怒りに触れると給料も減るが拳と鞭で調教される。

 何人もいる姉も同じタイプだ。癒しが無い。


 女の子って、普通はこうだよねぇ。


 女性棟の一番奥深い部屋には、冬に咲く小さな花が飾られている。

 少女の髪の毛も両脇が可愛らしく編み込みされていたりする。

 こんな普通の少女を見ると目頭が熱くなりそうだ。主に自分の周りの女が凶暴すぎて。


「私、目が悪いもので、手を貸していただけますか?」


 コンスタンツェが話の途中で椅子から立ち上がる。そして少女に手を差し伸べた。

 当然少女は自然とその手に手を重ねる。


 うまい誘導だ。

 自然に手を触れさせた。


 どうなるだろうとオロフが見ていると、特に少女には変化が見えない。ただ、不思議そうに手を差し出している。


 雇い主の方は、少女の手を取ったまま動かない。


 読んでいるのだろうか?それにしては、少女の方は困惑しているらしく、手を差し出したまま少し眉を顰めていた。


 だが、次の瞬間に、コンスタンツェが床に倒れた。


 驚いて側により脈を取る。

 失神しているが呼吸も正常。少女を見ると驚いて目を見開き、手を差し出したまま固まっている。


 特に、少女から何かをした動きも気配も見受けられない。


 少女に問いただしたが、オロフが見たまま、単に手を触れたら倒れたという。

 目の前で見ていたのだ。何も不審は無い。未だこわばって差し出された小さな手も、念の為見せて触らせてもらったが、何処にも仕込みは無い。例え、あったとしても、ここにこの場にこの男が来るとは思ってさえいないのだ。何をするというのか。


 ともかく、オロフはコンスタンツェを運び出した。


 審判所には運び込まず、私邸に戻り王家の医者を呼ぶ。


 診察が終わるまでの間、生きた心地がしなかった。


 もちろん今回は、無理を通して進入した時点で、コンスタンツェ自身の落ち度である。

 だが、あの少女が原因だとしたら、その危険の見極めが不十分だったオロフの落ち度だ。


 そのように考えていると、医者は、コンスタンツェの元々の疾患に重大な変化が起きた。と告げた。

 どんな要因かはわからないが、少なくとも、外的な何かで倒れたのではなく、彼自身の疾患故だ。


 疾患、例の王家の病であるという事らしい。


 オロフは安堵すると共に、あり得ないとは思いつつも、つい..



 天罰なんじゃね?



 神に祈り念入りに懺悔したのは言うまでもない。


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