ACT124 群となる 中
ACT124
永遠に苦しめ
この言葉は結局、私に向けられたものだ。
嘘つきへの言葉。
嘘つきは、牢の中だ。
その罪人は牢の中ではなく、神殿の一室で書を読んで暮らしている。
トゥーラアモンの騒動から半月だ。
私は祭司長の指示で、隔離されている。
傷を負った身なので、拘束されてはいない。
ただ、王都へ入る際は目隠しがされた。
なので、かの有名なオーダロンを目にすることはなかった。
目隠しと頭巾の付いた外套を着て神殿に入る。
神殿の部屋に落ち着くまで、ずっとカーンが抱えていた。
今何処にいるのか、それを耳打ちしてくれたのもカーンだ。
何処に連れて行かれようともかまわない。とは不安で言えなかったが、何とも虜囚に優しいことだ。と、耳打ちされる度に思った。
それならば目隠しを解いて、馬に酔うのを防いでくれた方が良かったのだが。
祭司長は遺骸の持ち込みと、現地の調査に忙殺されている。
審問は行われていない。
不安定な気持ちのまま、歴史の書物を読まされている。
当然、神聖教の教義などを読まされるのかと思ったが、歴史の書が山と積まれ、それを読まされている。
他に何をするかと言えば、ひたすら薬を飲み、眠り、食べるだけだろうか?
後は歩く練習をする。
医師の診断よりも、回復は遅い。
原野を駆ける狩人も、今では寝台から窓辺に移るだけでも難儀だ。
それでも痛みはだいぶ和らぎ、手が震えるという事もない。
待遇は良く毎日が怠惰で怖い。
弱い自分が増長しそうで怖い。
そして、内包するグリモアの沈黙も、心を沈ませる。
部屋に訪れるのは、目隠しをとって以来、年老いた巫女が一人だけだ。
枯れ木のように痩せ、巫女の衣装もシワ一つ無い。
厳しい表情で無口。
ただし、非常に丁寧に接してくれる。
食事の味、湯の温度、体の具合、など、一日幾度と無く尋ねてくれる。
そして就寝前に、今日読んだ書物の内容を確認してくる。
私がどのくらい理解したかという問答だ。
この毎日に何の意味があるのか、問いただした事はない。
意味はあるのだろう。
見えなかった物が見え理解し始めたのだから。
私には当然、自身の知識と記憶がある。
そこに断片ではあるが、ボルネフェルトの記憶も混じる。
それだけでも混乱するのだが、ジワジワとグリモアが浸食し続けている。何を見ても考えても視点が定まらず、感情も揺れるというものだ。
だがここで(人族獣人族偏重ではあるが)歴史の書物を知り、以前よりも考えを整理する事ができた。
いわば三視点以外の捉え方だ。
我々が生存競争に勝ち残った生き物である。と、いう見解である。
勝者により、この世の環境は改変され、生きるに優しく作り替えられた後の世界。それが今なのだ。
ただし歴史が示すように、この状態が永続する訳ではない。
優位に優る種が現れれば、この環境は再び改変される可能性がある。
その可能性の一つが(呪)なのだ。
つまり宗教統一とは、思想の問題もあるが、より大きく種族としての生き残りの為に行われたのだ。
つまりボルネフェルトの行いが、今を生きる種にとっては暴虐に等しいが、彼の世界の住人には生きるに優しいとしたら?
ボルネフェルト以前の時代でも、呪術という文化をそう捉え、それを恐れたからこそ、宗教統一という名目で、幾つもの種族や亜人達が滅ぼされたのだ。
祭司長は、こう問いたいのだろう。
君は、何処にいるのか?
何者であろうとも、何に帰属するかをはっきりさせる。それがこの書の意味なのだろう。
私は何処にいるのか?
結論に達した頃、虜囚に面会しようとする者がいた。
いつも閉じられている通路の扉の向こうから、押し問答する声が聞こえてくる。
いつも、私の世話をしてくれる年輩の巫女と、誰か若い男の声だ。
ザワツく気配と共に、扉が開く。
室内に入ってきた男は、無遠慮に部屋を眺め回した。
窓辺の長椅子に腰掛けたままの私を一瞥すると、そのまま通路を振り返る。
「本人だけですねぇ、奴らはいません」
少し高めの声、特徴的な発音だ。
大柄の男で腰には中型剣がある。
「ねぇ、ちょっと外に出てきてくれるかなぁ?」
赤毛の男は、無精髭のような顎髭が生えており、特徴的な耳朶には沢山の耳飾りがついていた。
「旦那は誰です?」
当然の問いに、赤毛の男はヘラッと笑った。
「いや俺、ただの使用人。偉い人がね来てんだけど。ここの人、特にオバチャンがね、君に会わせて欲しいっても会わせてくんないからさ〜、で、来たわけ」
よくわからない。
だが、武器を持っている男に逆らう訳にもいかない。
私は書を閉じると、何とか立ち上がった。
未だ、添え木もとれない。
杖は無いが、室内では伝い歩きであるし、手洗いも部屋にある。
不器用によろよろと伝い歩く。
すると見ていた男が、何か言おうとして一端口を閉じ
「あ〜、いいや。座っててくれ」
扉を開けたまま通路へ出て行ってしまった。
立っているのもつらくなった頃、再び言い合う声が聞こえた。
「ここは立ち入り禁止です、お帰りください!」
いつもの落ち着いた声ではなく、悲鳴に近い巫女の声が聞こえる。
それを宥める男の声。
暫く言い合いが続いた後、不意に静かになった。
長椅子に座り、何事かと待ちかまえていると、訪問者が現れた。
「やれやれ、ここまでたどり着くのに、どれだけ待たされた事か」
「いやぁ、それ俺の台詞っすよ。ここんところ、本業じゃなくて神殿へのお使いばっかじゃないっすか〜」
「だって、暇でしょオロフは」
「あぁ、何時も言われ慣れてはいるけど、やっぱり刺さるっすねぇ、嫌み」
先ほどの男と共に現れたのは、身分の高そうな男だ。たぶん、衣装から見て貴族だ。
顔の半分は面紗に覆われて見えない。
身元を隠すためだろうか?
オロフと呼ばれた男は、扉を閉めた。
礼をとるべく体に力を入れる。
すると、面紗の男は必要ないと許した。
「予定外の訪問は、こちらの方ですからね。どこか、体がお悪いのですか?」
その問いに、思わず赤毛の男を見る。
男はへらへらと笑うばかりで何も言わない。
「御付きの方、こちらの旦那様に、直答をする身分ではございませぬゆえ、取り次ぎをお願いしたい」
すると、へらへらと笑っていた男が何故か顔をひきつらせた。
「おや、大丈夫ですよ。私が貴方と話したいのですからね。声からすると幼く聞こえますが、貴方、おいくつですか?」
この男は何者なのだろうか。
部屋の隅に置かれた丸椅子を持ち出すと、オロフは男を座らせた。
何かが終わり、何かが始まるような気がした。




