ACT123 お礼?
ACT123
フリュデンの元の住人は死んだ。
幸いにも毒の痕跡は、後の雨によってか、はたまた儀式の終結と昇華によってなのか、消えている。
なので蛻の殻になった町を、難民となったトゥーラアモンの住人が、そのまま利用する形となった。
もちろん、金目の物や私財をそのままというわけでない。
それぞれの家屋から私財を運び出し、目録を作成しつつ、主を失ったレイバンテールの館を倉庫代わりに集める。
その後に家財を失った者へ、生活用品をそこから配給し、空き家は仮住まいとして使用した。
それが中々うまく運んだのは、この地方の建物の作りにある。
相当な資産があったとしても、特権階級以外の建物の作りは、ほぼ変わらない。特に城塞都市としての機能を優先させていた昔の作りのままなので、基本的に広さだけの違いになる。
元々の職業や家族構成、または、階級によらず、建物を個別で選ばずにすむ。後は、元々の町内の結びつきの人別道理に家をあてがうだけである。
ただ、これだけで次の収穫時期まで耐え凌げる見通しになるわけではない。
その為、候の領地は、神殿の差配預かりになる。
神殿直轄地の特別税法を適用するためだ。
この法律は、悪法になりかねない為、滅多に適用が許されていない。
内容はといえば、神殿の直接支配地の中で、災害疫病などによっての損害が明らかに認められ、収入が見込めず、住人の生命と財産を保てる見込みが無い場合に限り、収益が回復し年の税収入が平均値に届くまでは、基本税が免除となる。
この他には、中央からの借財ではなく、神殿からの借財という形での援助が認められる。
この援助の違いは、返済時の負担だ。中央からの借財は、今後の税率負担の増加と、軍事行動に際しての負担増が、返済時に上乗せされる。神殿にはこれがない。
今回の神殿預かりは、候領地の内乱の側面も見受けられるが、軍の興味は事を大きくしないことであり、例の遺骸を速やかに回収する事である。
また小領主とは言え、古い血の由緒正しい貴族を廃しても利益はない。むしろ、この辺り一帯の治安の低下や、人心の乱れによる被害の方を避けたいのだ。
つまり、軍は遺骸に興味を持つと同時に、この遺骸の真実を広めたくはないのだ。これは珍しい害獣であり、たまたま、現れたに過ぎないと。
その為の神殿預かりであり、神殿による情報の操作と隠蔽をこれから暫く続けるのだ。
ならば、それに乗る形で損害の回収をしてはどうかと、あの神官は遺骸を軍に接収ではなく売る事を提案したようだ。
軍が建前を欲するなら、それなりの見返りを求めるのが筋。
辺境地の害獣退治で得た獲物を、軍に買わせるというわけだ。
規模の大きすぎる害獣退治である。
ただし、この害獣がこの小領地で満足したかはわからない。
つまり、このあたり一帯の安全を守ったのは、侯爵であり、侯爵の兵隊達という事になる。
昔から、神殿の金勘定の厳しさはよく聞かれる。
軍部も神殿が出た時点で、このような話になることはわかっていたろう。
つらつらと、そんな話を聞き流しながら、私はエリの隣にいる。
部屋に簡易の寝台が並んでいた。
病人や怪我人が、それぞれに寝ており、親族や神官が世話を焼いている。
エリは壁沿いの灯りの近くの寝台に寝かされていた。
医者の話では、目立つ怪我はなく特に熱もないようで、腹が空いているようなら食事をさせるといいと言う。
目覚めて、特に調子の悪い所はないそうだ。
痛むところも、気分も悪くない。
そう伝えると、不思議そうに周りを見回し、ライナルトに頭を下げたそうだ。
そして覚えているかと訪ねると、何もわからないという。何もわからないのか言いたくないのか、エリは首を振る。
ライナルトは診察の間、父親の所へ行っていた。そして、暫くすると再びエリの所へ戻った。ちょうど、その時に私達が合流したのだ。
それからカーンと今の現状をポツポツと話しあっている。サボり、息抜きだろうか。
疲れた様子だが父親と同じく、やっと一段落ついた安堵がそこにはあった。
私は、エリにお帰りと言った以外、何も話さずにそんな彼らを見ていた。
エリの方も、私が歩けないのを見て驚いていたが、今は黙って二人を見ている。
エリが生きていて良かった。
そうぼんやりと考えていると、エリが腕を軽く叩いてくる。
「何?」
それから私の手を握った。
お礼、お友達から
もしも、困ったら、助けてあげる
水の中、以外だったら、どこでも
だけど、お願いは、よく考えて
一度、呼んだら、お腹いっぱいになるまで帰らないから
可愛らしい声は、失われたエリの物なのか、それとも友達のものなのか。
手を握ったまま、エリを見る。
藍色に銀が光る。
エリはそっと唇に人差し指をあてた。
内緒、お友達の、名前を呼ぶ。
本当に、苦しいときに、呼ぶ。
繋いだ手を私の顔の前に上げる。
指に黒く煤けた銀の指輪があった。見たこともない指輪は、まるで、ずっとそこにあったように中指に収まっている。
目を凝らすと、深い緑と藍色の力がその指輪に踊っていた。
手を下ろし、私達は再び会話をする男達に目を戻す。
男達の姿が滑稽に感じた。彼らに不思議は似合わない。
エリもそう感じたのか、指輪に笑いかけた。
指にあるそれは、愛嬌のある蛇が巻き付いた形をしていた。そして、何故か時々、私の方をチラチラと見ているような気がする。
神官にどうやって気が付かれないようにするか、今から頭が痛いと思った。




