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冬の狼  作者: CANDY
喪失の章
14/355

Act14 囁き

ACT14


 それから二刻ほどで底がうっすらと見える場所まで下った。

 風が吹き込まないだけで気温はずっと高い。そして、直接濡れないので、歩くうちに体が温まってきた。

 自ずと頭目が先に立ち、私は後ろになった。逃げられないように、最後尾にはさせてもらえなかった。

 頭上の光が弱くなっている。

 薄暗い穴の底には、黒い流れがてらてらと蠢いていた。

 薄ぼんやりと何か灰色の陰がある。多分、あれが巨石の祭壇だろう。


 「灯りだ」


 男の呟きに、黒い外套の従者が二人、剣を抜いた。

 幅広の剣をもって音をたてずに、先行する。残りは騎馬を止めた。

 続いて、臙脂の外套の男達が、頭目の前に踏み出す。綺麗な動きで、そのまま先に歩き出した。

 私と騎馬はそのまま立ち止まると、闇の中に向かう背を見送った。

 暫く、その闇を見つめていると、不意に短く口笛が聞こえた。


「歩け」


 頭目が私を促す。

 騎馬と私はゆっくりと闇に向かった。

 足下が土から砂利に変わる。

 空気が濃い。

 濃い闇に目が慣れてくると、螺旋の道がいつの間にかなくなり、底に着いていたのが分かった。

 巨大な灰色の陰が、闇の奥にある。

あれが祭壇か。

 その更に奥に小さな光が見えた。祭壇を迂回しながら、奥に進む。

 馬だ。

 馬が数頭と小さな角灯が側の石の上に置かれていた。

 男達は辺りを調べているのか、剣を納めて動いている。

 私は、薄ぼんやりと照らされた馬の側によった。

 どれも、金のかかった装備をしていた。

 気性も良さそうで、こんな闇の中に放置されてさぞや...


 否、角灯を点し馬を見ていた者がいるはずだ。


 私は火石を取り出すと、背嚢から小さな角灯を取り出した。

 小さな物だが、ここに置かれた油の切れかけた物よりは明るい。

 馬は余程心細かったのか、新たな仲間の馬に寄り固まった。

 辺りを照らしてみると巨石を囲む壁も岩盤のようだ。冷たい色の岩がゴツゴツと陰を作っている。

 従者の一人が、地面から木切れ端を見つけた。それに布を巻き付け酒を振りかけ、こちらに向けてくる。

 角灯から火を分けると、格段に辺りは明るくなった。

 小川とも言えない湧き水の流れが、底の中央にある。壁の岩盤の亀裂から始まり、地面の砂利に染みて消えている。

 巨石の祭壇は、大人がよじ登れるかどうかの高さで、中央に夏に置かれた供物の残骸が残っていた。

 穴はその祭壇から少し外れているのか、雪の湿り気は手前の水の流れに消えていた。

 問題は、ぐるりと視線を巡らすと壁に転々と黒い模様があることだ。

 祭壇を馬のいる方から反対側に回る。

 石壁に、点々と黒い何かがついている。

 煤のようだ。

 臭いもしない。

 ちょうど私が手を伸ばすと届く位置だ。

 私が首を傾げていると、頭目が側に来た。


「おう、あったぜぇ!とうとう、本性現しやがった」


 それに臙脂の外套の男達が走り寄ってきた。


「団長が言ってた通りだ。とんだ英雄様だぜ」


 男がゲラゲラと笑い出すと、男達は肩を竦めた。

 何の話しか分からない。


「坊主、ここまで良く働いてくれた」


 で、始末されるような口調に身が引ける。


「大丈夫だ、お前がいなけりゃ森からでられねぇ。それに、お前は良い子だろ?」


 完全に悪人の笑いだ。


「御客人」


 その先が続かず、私は言葉を探した。

 鷹の爺と御領主は何処に連れて行かれたんですか?

 そう、聞ける雰囲気ではなかった。


「ここは祭壇なのか?」


「..ここは森の神を祀っている。が、神はここにはおられない。ここは不浄の地だ」


 私の言葉に男は、ほうほうと大げさに頷いた。


「御領主と行かれた兵を追っているのか?」


 男はニヤニヤ笑っている。


「だが、見たところ馬しかいない。それに、なんでこんな場所」


「なんでかねぇ、だが、馬がいる。でだ、小僧、こいつは何に見える?」


 男は私の両肩を押さえると、ぐいぐいと壁の黒い染みに押しつけた。

 目の前の染みは、黒い煤に見える。

 何かが焦げて燃え尽きた様だ。


「何かを焼いたのか」


「そうだ。焼いた痕だなぁ。何が焼けたと思う?」


 体を放されて、私は転々と石壁に残る痕を見た。

 煤だ。

 大小様々な煤だ。

 そして、足下には灰が微かに残っていた。

 何かが燃えた。

 灰が少しだけ残るほどの猛火などあるのだろうか?

 それに煤の大きさからすると、余程燃えやすい大きな。


 大きな人型の煤だ。


 岩壁から一歩下がる。

 振り返ると、男はすぐ側にいた。

 頭巾の影に、白い二つの物が見えた。

 目の位置にあるのだから、目なんだろう。

 でも、人の目には見えなかった。

 真っ暗闇の中の鬼火みたいだ。

 私は知らずに息を殺した。


「さて、坊主。お前、この穴の先は何処から入れるか知ってるか?」


 私は頭を振った。


「何だ、隠すことでもあんのか?」


 男が再び手を伸ばしてきたので、さっと避けた。


「ここは忌み地だ。村人は汚れるから入らない。」


 笑いながらふざけたように男が手を伸ばしてくる。


「カーン、遊んでないで鏡を持たせろ」


 そんな私達に、壁を探っていた臙脂の外套の一人が怒鳴った。


「あいあい、坊主鏡を出せ。それから、一人馬番だ。」


 それに小者が頷いた。

 私は懐に手を差し入れた。



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