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冬の狼  作者: CANDY
哀歌の章
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ACT119 群となる 上

 ACT119


 起きあがる事が難しく、又、体を横にするのも肋のお陰で無理だった。


 私は再び、カーンに支えられ座った。


 豪華な天幕に、神官を囲むようにして座る。

 寝床は、どうやら彼の物のようであった。

 その事を謝ると、やっと動揺を納めたのか、気にしなくて良いとの返事をもらう。


 どうやら、直前の会話を聞かれたのが嫌だったようだ。


 確かに、神官にしては砕けた物言いだった。

 だが、その内容は、私の偽りを少しだけ軽くしてくれた。

 ボルネフェルトが呪ったという事だけが間違っているが、概ね解釈は正しい。


 私が神官を見つめていると、彼は困ったように頬をかいた。


「否、なんていうか。女の子に下品な物言いを聞かれただけでも居たたまれないが、そんな風に見つめられると、疚しい感じがね」


 意味が分からずに、椅子となっている男を振り仰ぐ。


「気にしなくていい。それよりも、早いところ話を進めろ。早く休ませないと、熱が引かん」


 体の痛みが少し弱まると、心の重石も少しだけ軽くなった。

 目の前の神官を、恐れ嫌う考えもだ。

 それが私なのか、この体に溶けた者の気持ちなのか、既に分からないが。


 むしろ、私は進んで罪を告げなければならないのだ。


「神官様、話を聞いていただけますか?」


 頭上の会話を割って、私は言葉を挟んだ。

 失礼かもしれないが、これ以上はエリを待たせる訳にもいかない。


「話ね。何を話してくれるのかな?」


 私は、言葉を組み立てようと唾を飲み込んだ。


「エリという子を探して欲しいのです。」


「だから、兵が探していると」


 カーンの言葉を遮る。言えなくなる前に、全てを吐き出したかった。


「神官様、エリは、今度の事で生け贄として捧げられようとしていました」


 生け贄という言葉で、天幕の中の男達はざわめいた。


 私は視野が狭くなっていたらしく、神官と神殿兵とカーン、イグナシオだけかと思っていた。

 だが、いつものカーンの部下達も後ろに控えていたのだ。


「生け贄ねぇ、で?」


「ですがお慈悲を、この地の神に頂きました。神はエリを隠しました。憐れなる者を寄せ付けないように、と」


「神ね」


「貴方なら見つけていただけるでしょう。神の痕がどこかにあります。そこを辿れば、エリがいます。迎えが遅くなると、人の世に戻りにくくなるでしょう。どうか、探して頂けませんか?」


 ここまで言うと力が抜けた。

 ガクガクと震えながら、私は息をついた。


「それが本当だと、どうして俺が信じると思うんだい?」


 神官が笑いながら、私を見つめた。


 広野のただ中で風に吹かれているような、とても乾いた視線だ。


 私は、息を深く吸った。

 邪魔が入らぬうちに、言わねば。


「私が、私が何者であるかを考えれば、信じるでしょう」


 そして懺悔する。

 既に、馴染みとなった顔を見上げて続けた。


「私の首をお持ちになればいい。逃げようと思ったんだ。でも、もう、嫌になった。」


 これ以上は泣き言になる。

 私はカーンを見た。

 カーンも私を見ていた。

 その顔には何も浮かんでいない。


「お前が何者だと言うんだ?お前は、オリヴィアだろう」


「私は、もう、いない。グリモアに血と肉を捧げたから」


「何を言っているんだ。意味が分からない」


「私は、もう、いない」


 獣の瞳が眇められた。


「グリモアとは恐れ入るね」


 静かな言葉に、私は再び神官を見た。


 彼は、こめかみをさすり、少し考えてから続けた。


「君はボルネフェルトを知っているんだね?何処で会ったんだい」


「最後の時に」


 私達の会話に、男達は再びざわめいた。カーンの体に力が入るのを感じる。


「グリモアとは何だ?それがあの罪人とどう関わるのだ?」


「グリモアとは魔導の書の事だ。呪術という技においては核となるものだ。だが、グリモアは質が悪い。普通の書物とは、まったく別の物だ。ボルネフェルトは、グリモアに食われた。只人には、過去の遺産は重すぎたんだ」


 私の驚きに、彼は納得したようだ。


「これでもね、最高位の神官なんだよ。だからこの俺の言葉をよく聞きなさい。君は、ボルネフェルトではないよ。君がグリモアの血肉になった。というのなら、尚更、違う」


「どう、違うのですか?」


 イグナシオが恐る恐ると言った感じて聞く。


「グリモアは弱者を食うが、この子は生きている。ボルネフェルトは死んでいたがね」


 首を捻る男達を、彼は鼻で笑った。

 そして私に告げた。


「君の住処には、君の魂だけだ。」


「いいえ、いずれ私は」


「いずれ人を殺すのかい、お嬢さん?」


 今度こそ声を出して神官は笑った。


 本当に告げねばならぬ事を考えて、私は再びカーンを見た。

 相変わらず、そこには何の感情も無かった。


「ボルネフェルトは、地獄に行った。彼の望みは叶った。何れ、私も同じ末路だ。」


 それから目を回し、私は吐いた。

 情けないことに、吐いて、場を汚し、神官ともども暫く後始末にかかりきりになった。

 私は再び、豪華な布団に押し込められて、医者が来るまで喋るなと叱りつけられた。


 情けない。

 結局は、自己憐憫と、子供のような悲鳴を上げただけだ。

 私は、馬鹿だと横になりながらしみじみ思うのだった。



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