ACT118 魂の底
ACT118
直に見るのは初めてだね。これでも王都育ちで箱入りだ。
重く沈む体と意識。
眠りとも気を失っていたのかも分からない、そんな闇の中に、声が聞こえた。
北が凍り付いた原因は、彼らを殺そうとした馬鹿がいたからだよ。
それ以来、彼らは俺達を見放したと言われている。
そんな話は聞いたことがない?
おい、お前は知っているだろう?
(はい、信徒の間では、そう伝えられております。)
聞き覚えのある声が答えた。
いつもの不機嫌な感じは無く、イグナシオの声は緊張している。
彼らは俺達と同じぐらいか、もう少し長生きだ。
体はまだ育ってないんだろう。
それでも、お前さん等獣人とは、違って老けもしないだろうがな。
そうだよ。
俺のような長命種よりも、不老不死に近いだろう。
何しろ、神の力を分け与えられたと言われる精霊の子孫だ。
ありがたがれよぉ、人族でいう神様の使いだ。
あっ、お前、疑ってやがるだろう?
前にも言ったよな、偉大で天才の俺様は、魂の形ってのが見えるんだよ。
魂は、偽ることができないんだよ。
化粧ができる顔も、嘘をつける口もないんだ。
そして、魂を見ると、人種も分かっちまうんだぜ。
神官が真名の儀式をするってのは、最初の神仕えには、この魂を視るっつー力があったからなんだよ。
ん?威張りクサってないで早く話せ?はいはい..
獣人と俺達人族の魂も、それぞれに特徴がある。
亜人であろうと、その特質によって形も見え方も違うんだよ。
同じ種を見たことが無いのにどうして、この子の種族が分かるって?
簡単だよ。
お前が何の種族で、何の獣の血が混じっているか、魂の色でわかる。そうすると、その組み合わせで名前をつけることができる。
つまり、何種の何の血が混ざりし、何々の子って奴だ。儀式で聞いたことあるだろ?
別段、神官が適当に言ってる訳じゃねぇのよアレ。
で、亜人も俺のような長命種も、そこは同じ。
だが、この子は全く違う。
この子は、真名の儀を受けたのかねぇ。
(どんな風に違うんだ?)
お前、どうせ信じないだろ?
(聞かずには判断できない)
囁きのように声が小さくなる。続けてカーンは何かを言ったが、それは聞こえなかった。
イグナシオ、お前が毎朝毎晩祈ってるものは何だ?
そうだ。
で、神殿に飾ってある奴は?
そうそれ。
神の言葉であるとか言っちゃってるアレな。
何で彼らを神の使いと呼ぶかっていやぁ、真名がなそれでできているんだよ。親でも血統の色でもなく。視るとな、言葉が綺麗に並んでいる。見事な配列の神言だ。
で、本題。
そこに、視たこともない古い文字で、二重三重の呪が巻き付いている。
お前等と同じ呪いの紐だ。それも、こっちは太くて長い。
お前等にかかってる呪いは、お前等の魂の外側、表層にうっすら縄が掛かってる状態だ。
だが、この子は違う。
魂そのものにかかっている。
どういう意味かって?
つまりお前等の分まで、この子は魂まで呪われたのさ。
覚えが無いって?
それだよ、それ。
魂が虫食いだらけだって言ったろうが。お前等、忘れてるんだよ。呪われて、頭ん中がスカスカになってんだよ。
何?知らないよ。つーか、お前等自力で思い出せよ。
何だよ、見えなきゃ嘘だって言うのか?
この子には殺人鬼の残滓が漂っているが、それだけじゃない。あの人殺しに、この堅い呪がかけられるか疑問だ。だが、確かに匂いはある。
精緻で巧妙に、何かが刻まれてる。
お前等に見えねぇのが本当に残念だ。
すごいぜ、二重三重に何かの力が掛かってる。
どれもあんまりよくねぇ。
俺でさえ手出しをすれば、やばいかもな。
やばいって、俺じゃなくて、この子がだよ。
まぁ、俺の所に預けてもらえりゃ、いろいろ調べてどうにかするよ。
可哀想にな、こんな体中に誓約が張り付いて。
誰かがボソボソと呟く。言葉は拾えなかった。
えっ?
お前等、馬鹿でしょ。
可愛い女の子が入れ墨なんぞするかよ。
これは契約陣っていってな、誓約がかかった者に浮き出る印なんだよ。大体が生け贄の印って言われてる。
何だよ、野郎が動揺しても全然可哀想じゃないんだよ。
...
やっぱり、馬鹿だよね、お前等。俺、お前等の顔見るの嫌になったわ。
うん?何、嘘でしょ。
男だと思ってた?
そいで、そういう田舎の風習だと思ってた?
...
よーく思い出せや、お前等の虫食いだってそんなに酷くないところもある。この子が最初から入れ墨してたか?
ちなみに、その他の村人に、こんな入れ墨あったか、あぁ?
怒鳴り声に、やっと瞼が開いた。
霞む目には布張りの天井が見えて、体は痛みが少しだけ薄れ楽になっていた。
瞬きを繰り返すうちに、穏やかな明かりと暖かい布団に包まれて横になっているのが分かった。
「どこが男だよ。お前等、本当におっぱい信者だよな。牛みたいな胸がねぇと女じゃないとでも言うのかよ。うちの巫女頭のばぁさんに、同じ事言ってみろ、生きたまま毛を毟られんぞ。」
頭を起こした私は、そう言い切った神官と目があった。
その瞬間、彼は口をあいたまま固まった。




