ACT117 認識の誤差
ACT117
高位の神官と思ったのは、普通の神官よりも豪華な衣装を纏っているから。
と、言うだけではない。
目の前の男からは、常人には無い気配が漂っていた。
それは、私が人の道から足を踏み外しているからこそ、感じられる気配だ。
そしてその気配には、不思議なことに二つの相容れない物が潜んでいた。
神気と邪気だ。
それが神の気配という物かどうかは分からないが、今まで見た中では一番、清々しい陽光のような物が視える。
そして、その光りと同じく、どす黒い荒縄のような何かが男には巻き付いていた。
私は薬を飲み干しながら、目の前の異様な気配に圧倒されていた。
お陰で暫し、生臭い薬の感覚を忘れた。
もちろん、忘れ去ることは無理なので、半泣きになりながら全てを腹に納めた。
「水をください」
吐く前に。
と、付け加える前にお茶が差し出された。
当然、受け取ろうとするが腕はやはり、震えて持ち上がらない。
眉をしかめてお茶の器を見ていると、カーンが代わりに受け取って、再び口にあてた。
私がお茶で臭いと味を消し去ろうとしている間、神官は黙って私を見ていた。
非常に居心地が悪い。
しかし、衰弱して逃げも隠れもできない。
そしてお茶を差し出したのは、何故か、イグナシオであった。
彼は相変わらずピリピリとした雰囲気だ。
だが、彼の注意は私ではなく、この街にあるようで、風の音すら癪に障るといった感じだ。
口の中が落ち着く頃、私は疲れ果てていた。
痛みと熱と、全てがどうでもよくなるような疲労感。
そして目の前の神官が嫌だった。
私を見る目が言っている。
この醜い化け物はなんだ?と。
それが正しいのだ。
弁解は無理に思えた。
私は、力に譲歩した。
今となっては、死者に心は近く、異形にさえも嫌悪は薄い。
むしろ、人の方が恐ろしく、心が怖じけるのが今の私だ。
だからといって、人をこの世を、拒否するほどの強さはない。
人がいて生きている事こそが私の孤独を救ってくれている。
だから、異形になり、人を傷つけるのが嫌だと思う。
思うが、末路がボルネフェルトと同じならば、私は人を殺すことになるだろう。
エリのことだけは探して、無事を確かめねばならない。
それが終わったら、そうだ。
終わったら、もう、どうでもいいような気がした。
私が疲れ果てるのを、もしかしたら、グリモアは待っているのか。
そうして、私を手にしたら?
魂は、あの穴の底へ落ちるだろう。
では肉体は?
目の前の神官を見て、良い考えが浮かぶ。
神官ならば、私の体がグリモアに支配されても、土に返せるのではないだろうか?
魂は既に、売り払われている。
しかし、空の器をグリモアが動かし、汚れた行いに使うことだけは阻止しなくてはならない。
曇る思考に無言でいると、カーンが私を抱えなおした。それから何処からか調達した刺し子の掛け物で私を包む。
「ここは寒い。天幕に移ろう」
カーンはそういうと私を腕に乗せて立ち上がった。
「手洗いは平気か?」
それに、私は力なく頭を振った。
「横になるのは、もう少し我慢しろ」
「エリを探さねばなりません」
「大丈夫だ、行方の分からない者は、兵士が探す」
たぶん、それでは見つからないだろう。
「お前の所で良いな?」
神官は肩を竦めた。
それが肯定なのか否定なのか、見分けがつかなかった。
後ろに神官達も続く。
風花が雪に変わりそうな空模様になっていた。
抱えられていると暖かく、薬の所為か瞼が下がる。
「私は、獄に繋がれるのですか?」
無意識に問うていた。
「何故そう思う?」
「私は、普通じゃないから」
「何が違うんだ?」
「私は」
言葉が続かずに、私は目を閉じた。




