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冬の狼  作者: CANDY
哀歌の章
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ACT114 風花

 ACT114


 身体の痛みに目を閉じたまま呻いた。


 痛い。

 その痛みに生きている事を実感する。

 脈打つような痛みは両足から。

 そして、息をする度に染み入るように肋が痛む。


 ゆっくりと瞼を上げる。

 酷い頭痛に、背中からこみ上げるような吐き気がした。


 だが、それでも身体は暖かい物に包まれ、ここが安全な場所だと本能的にわかっていた。


 眩しい光りが顔に当たっている。

 徐々に眼の焦点があってくると、まわりの様子がようやく見えた。


 廃墟、焚き火、兵士、雲間から降りる陽射しの帯。


 私の周りは怪我人が寝かされている。


 崩れた物の向こうには、死んだ者が集められているのが垣間見えた。


 燃える物を集め穴を掘っている。

 これから焼くのだ。


 暖かい毛織物に包まれたまま、ぼんやりと眺めていると、武装した兵士がたくさん目に付く。

 領兵の青い制服でもなく、侯爵の兵士の黒衣でもない。


 茶色の外套に赤と金糸の縫い取り。

 王国兵だ。

 それに混じるように、神殿の兵士の姿もある。


 この騒ぎに、国が動いたのだろう。


 城の崩落からどれほどの時間が経ったのか?


 飢えも乾きも、痛みでわからないが、一日二日では無いはずだ。


 唯一動く両手で身を起こそうとするが、激痛が両足から走り、小さな悲鳴と喘ぎが口から漏れた。


 感覚はある。

 だが、痛みで力が入らない。

 不安と焦りで横たわったままあがいていると、誰かに抱き起こされた。


 ひょいっと物を起こすように片手で私を支えると、落ち着けと囁いた。


 私は、痛みと驚きと心細さに、カーンを睨んだ。


 睨んで、何故だか泣きたくなった。


「戻ってきたんですね」


 それにカーンは、いつものように眉を上げ下げした。


「右足の骨が折れてる。そりゃもう、芸術的に綺麗にな。添え木をして安静にしてればちゃんと真っ直ぐにつくし、これぐらいなら歩けるようになる」


 黙って睨む私に、彼は続けた。


「肋骨はかろうじてくっついてるが、あんまり動かない方がいい。完全に折れて内臓に刺さると危ないからな。左肩は、脱臼してたが一応医者が填めた。ただし、今は縛って固めておかないと抜ける。抜けると痛いぞ。」


 ただただ私は、その獣の瞳を見つめ返しながら歯を食いしばった。


 その顔を面白そうに見ながら、カーンは毛織物で私を包む。


「死体掘り返して焼いてる途中で見つけてな、お前、急に泣き出して。驚いてもう少しで殺すところだったぞ」


「何で、驚いて殺すんですか」


 やっと絞り出した私の声に、カーンはニヤッと笑った。


「死体が動き出したと思ったんだよ。まぁ、生きてて良かったよ、お嬢ちゃん」



 蠎が死に城が崩落してから、五日が過ぎていた。

 私が掘り起こされたのが昨日。

 死んでいると思ったそうだ。


「旦那が見つけて下さったんですか?」


 カーンは、目をそらして笑った。


 それから、いつもの人の悪い笑みを浮かべた。


「神官がな、臭い臭いと騒ぐんでな。仕方なしに悪臭の一番酷い場所を片づけていた。そうしたら、お前が掘り出されたって訳だ」


「お礼を言う気が失せる言いようですね。臭いのは散々な目にあったからですよ旦那」


「左足は何とか無事だが、相当圧迫されていた。感覚はあるか?」


 真面目な顔で聞かれて、私は、何となく俯いた。


「あります。痛くて痛くて、生きてるって感じです。それよりも、サーレルの旦那は、無事ですか?」


「無事だ。が、まぁ、うん」


 微妙な感じで言葉を切ると、カーンは私の膝裏に腕を通して持った。


 そう、抱き上げるとかではない。


 ひょいと、片腕に乗せると座らせた。

 急に頭の位置が変わり、頭痛と吐き気に私は呻いた。


「まぁ、野晒しもなんだ。もう一度怪我を見てもらったら、何か口に入れろ」


 私が目を回しているうちに、カーンはさっさと歩き出した。


 風花がちらちらと降っている。


 とても暖かい。


 毛織物だけではない。

 こうして側に誰かがいる。

 生きている。


 私は、胸が痛くなり、空を見上げた。


 夢の中と同じに、重苦しい色合いの雲が流れていく。

 ちらちらと白い破片が舞い、痛みと暖かさに私は圧倒されていた。


 もう少しだけ、現実は見たくなかった。



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