Act13 無音の世界
ACT13
壁の裂け目は自然に崩れたものだ。
平らな場所など無く、崩落した岩が散乱していた。
しかし、足場はかろうじてあるので、馬を引いて進む事は出来た。
剥き出しの地層の壁を通る。すると、不意に吹雪の音が消える。
自分の息遣いと蹄の音。
男達の武具の擦れる音がよく聞こえる。
吹き込む空気の流れは、不思議と音をたてなかった。
外からはすり鉢状の穴を想像するが、中は薄暗く壁沿いに道が螺旋に下り、下へと広がっている。
覗き込むには深く、足場の土塊は脆かった。
但し、天井に開いた穴の縁は、屋根の様に張り出しているので、その陰になる足場は乾いていた。
中心は光と雪が舞っている。
穴の底は闇に包まれているので、見える空が殊更白く見えた。
そのまま、人馬は足場が比較的広く、休めそうな場所まで進んだ。
螺旋を三回ほど下った位置で、あの裂け目はすでに遙か頭上だ。
土壁に背を置いて人間も馬も一息着いた。
酒の瓶を片手に、頭目がさっそく私の側に来た。
他の男達は、騎馬の具合をみたり、自身の荷を点検したりと、凍えた体を解している。
私も流石に疲れたので、背嚢から飴を取り出すと口に含んだ。
「ここは何だ?」
差し出された瓶を受け取ると飴をかみ砕きながら、一口含んだ。
上等すぎる酒のようだ。
凍死を避けるのにこんな味の良い酒を用意するとは、野蛮人に見せかけて、こいつは貴族かも知れない。
頭の隅に警戒を留め、どう説明するかを考えた。
「御客人、どこまで行くつもりだ」
瓶を返しながら、逆に問いかけた。
「この穴の底には何がある?」
何も言う気が無いのだろうか。
「後、四周り程降りると、地下水の流れがはしる底に着く。この辺りの土着宗教の名残で、石碑と大石の祭壇がある。それだけだ。」
実際は、見たことがない。
鷹の爺達の許可が下りなかった。
「その先は」
「行き止まりと、聞いている」
「何だ、お前、この先は知らねぇのか」
再び、酒を呷りながら男は、穴の縁の方へ行った。
「神を祀っているんです。祭祀の者か、村の年寄りしかここには、来ない」
祟られるから。
「ふーん、薄暗くて見えねぇな。どっちにしろ、底に降りるぜ。おう、お前等、準備しとけ」
それに男達は頷いた。
それぞれに身動きがしやすいように、最低限の防寒具になった。
「御客人、物騒な事になったら」
「物騒ってのは何だ」
男はニヤニヤと笑っている。
「逃げてもいいが、帰り道の案内をしろよ。そうしねぇと、お前の村がなくなるからな」
男が背を向けても、ニヤニヤ笑いが辺りに漂っているような気がした。




