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冬の狼  作者: CANDY
欺瞞の章
129/355

幕間 暁の棘

[暁の棘]


 急使は暁に訪れた。


 大規模な兵の放出は控えられたが、一大隊がトゥーラアモンに送られる事になった。


 一大隊は百五十の騎兵と補給込みの五百で編成され、オーダロンから送り出された。


 手筈は統括長が執り行ったため、急使からわずか半日での出兵であった。


 何しろ、一貴族の内紛ではない。


 南東の腐土領域と同じく異変が起きたという話だ。

 つまり、常識外の事象の出現で、古都が破壊されたという。

 領域汚染の懸念から、後続隊に神殿から神殿兵がでることになった。


 だが、査問待ちのカーン達は、この出兵から外されている。


 ざわざわとした不可解な感覚と一緒に、彼の眠りは更に浅くなった。


 そんな彼を迎えに来る者がいた。


 ジェレマイアである。


 彼は神殿兵と共に、異端異形の出現地の調査に向かうのだ。


 腐土領域が飛び火して広がる様ならば、今後、この国土の防衛、ひいては価値観の転換をはからねばならない。


「よう、死体を焼きにいこうぜ」


 顔を見せるなり、この挨拶である。


「査問待ちで禁足だ」


「禁足ねぇ、お偉方の関心はな、一兵卒の去就なんぞにねぇのよ。ボルネフェルトが死んだ筈なのに、腐れた場所が広がるようなら、査問会なんぞ開いたって無駄な訳。奴は死んだんだろ?」


 無言のカーンに、ジェレマイアは続けた。


「最後まで責任持てよ、掃除屋。どっちにしろ、お前等呪い憑き全員が揃わなきゃ査問なんざできねぇのよ。とっとと仲間呼んで支度しな」



 神殿兵の構成は、神兵と呼ばれる神官兵である。こちらは軍の中央組織とは別の、神聖教独自の武力集団になる。ただし、貴族の抱える領兵とは違い、あくまでも神殿の神官の護衛である。

 このため、彼らは熱心な教徒であると同時に神官と同じく神事に通じている。

 その装備も剣などの刃物よりも槌矛などの戦棍である。

 装備の上に装着する外套の意匠は、すべて神聖教の神の文字が記されていた。

 無骨な装備を隠す外套は白と青で、埃まみれの行軍には向いていない。と、その隊列を眺めてカーンは思った。


 カーンと仲間達は、再び、首都を出て道を戻る。

 軟禁状態よりは余程気が晴れるらしく、イグナシオ以外は元気が良い。

 そのイグナシオは、既に今から憎々しげな気配を醸しだし、向かう先の群青色の空を睨んでいる。

 彼にとって、腐土領域は神に逆らう邪悪な者共の象徴である。

 無駄に火をつけて回らないように、スヴェンとオービスには止めるように言ってある。


 輿ではなく、馬に乗るジェレマイアがカーンの隣に来た。

 本来祭司長は、輿でゆっくりと向かうのだが、向かう先は祭りではないので騎乗している。


「で、ここ最近調子はどうよ?」


 普段の挨拶というより、何をもっての調子なのか分からない。

 しかし、カーンの無言にジェレマイアは、フンフンと頷いた。


「あいつ等は、それほど太い力が憑いちゃいないからな。いつも通りのようだ。だが、お前はどうだ?」


「別段目立った変化は無い」


「んじゃ、ちょっとは違うんだな?」


 祭司長の期待がどの辺にあるのか、カーンは少し笑った。


「もとより、正気と常識は無い」


「嘘つけや、お前、根っこは一番の常識人だろうが。一番質が悪いんだよ。正気で鬼畜っつーのがな。」


「で、どうした。話があるんだろう?」


「今、例の場所での対処法を国を挙げて探しているのは知ってるな?」


「あぁ」


「んでだ、王国統一改宗前の宗教文献を探している。」


「統一以前の諸民族の文化宗教は、焼却された筈だ」


「馬鹿だよな。もったいない話だ。だが、ボルネフェルトみたいな者が一端出てしまえば。その失われたとされる諸々が重要になる」


「どういう事だ?」


「つまりだ。お偉方も馬鹿ばっかりじゃなかったってことよ。ボルネフェルトが引っ張り出してきた怪しげな技はな、その昔々の技術って奴なのよ。つまり、国が否定し続けてきた野蛮な輩の邪悪な技って訳だ。」


「その口振りだと邪悪ではないとでも」


「技術は悪なのか?んじゃ、剣を振る輩は全て邪悪の徒だな。」


「その通り」


「否定しろよ。でだ、邪悪な者が技を持っていて、こちらは無手だ。馬鹿でも分かる。ボルネフェルトを殺したとて、腐土領域は残った。次に何が起こる?」


「何が起こる?」


「考えろよ、お前、面倒くさいって顔に出てるよ。つまりだ、何時又ボルネフェルトのような輩がでるかも分からない。何しろ、腐土領域に入ると、皆おかしくなるからな」


「だから、封鎖している。国境を新たにもうけ、間に緩衝地帯を置き、常に兵を配置した」


「で、その配置した兵士は、皆、頭が狂うんだぜ。どうするよ」


「それこそ、お前達の出番だろ」


「その通り。で、呪い憑きの御同輩に頼みがあるんだよ」


 暁に群青色が混じる。

 胸苦しい空の色を見ながら、カーンはずっと考えていた。

 不安と焦燥の原因は、あの小さな娘にあると認めるのが嫌だった。

 大したつき合いもない無い娘が死ぬのが、嫌だった。

 それも何故か、彼女は孤独に死ぬような気がして、珍しく、本当に珍しく憂鬱だったのだ。


 自分は確かに変だ。


「..を見つけたら俺の所へ持ってきてくれ。..何だよ、聞いてんのか?」

 聞いていなかったと答えながら、カーンはイグナシオと同じく空を見た。

 それから心の棘を無視すると、祭司長の要求に耳を傾けた。



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