表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬の狼  作者: CANDY
欺瞞の章
127/355

幕間 呪われし男

[呪われし男]


 神殿というと神を祀る場所である。


 神像などを祀らない神聖教としては、その建築物に自然の光が入る場所をもうけ、そこに朝夕と差し込まれる陽光に向けて祈る。


 神殿は四つの建物に分割され、その分割部分が採光場所になり、その採光場所に様々な加工が施され、神秘で荘厳な雰囲気を演出している。


 天気の悪い日はどうするんだ?


 その質問に、彼はこう答えた。


 雨だろうと何だろうと、自分が祈る相手が分かっていればいいのさ。


 神官であるジェレマイアは、面倒そうに続けた。


 別に、こんな豪勢な建物なんざ、主は望んじゃいない。俗物どもの満足の為さ。おかげで寄進も進むし、まぁ文句はないんだがよ。


 ジェレマイアは神官でも祭司長を勤める男だ。

 元々、高位貴族の出である。

 本来なら神殿長に就任し、粛々と仕事をこなさねばならない。

 しかし彼には、どうしても粛々などという事が無理だった。



 俺が天辺に立ったら、最初にやるのは、異端審問官の増員と、全国あげての異端者狩りと銘打った神殿の粛正祭だね。片っ端等から太った豚を殺処分してやんよ。


 んで、今の王家も無駄だから、元老員の奴ら共々、公開で殉教者として抹殺。それから、信徒を動員して



 長命の人族であり、教養もあるのだが、場末の酒場で獣人と朝まで飲んでいるような性格だ。



 この退廃の都を焼いちゃうけど、そんでも俺を神殿長にする?


 と、当時の神殿長に言って激怒された。


 だが、別段、狂信的というわけでもなく急に体制批判を始めた訳ではない。


 少し、厭世的なだけである。


 そして、厭世主義の理由を神殿長も神殿にいる者も分かっているので、その世迷い言を聞かなかった事にして、彼を祭司長に据えた。


 それも厭がっていたが、審問官として使い物にならない、一級の審問官である彼には、他に選択肢は無かったのだ。


「よぉ、随分シケた面してんなぁ、お前等。んで、今日はどうしたよ。誰、ぶっ殺してきたんだ、あぁ?」


 街のチンピラ口調で懺悔室入ってきた男は、今日も絶好調であった。

 これで、身なりもチンピラのようだったら、誰も中央大陸一の神殿にいる祭司長とは思うまい。

 年輩の巫女からお茶を受け取ると、祭司用の豪華な衣装から、黄金の滝が流れ落ちる。


 長身痩躯に黄金の髪。

 長命種の中でも大公家の出身である。

 コンスタンツェ・ハンネ・ローレとは血筋から言えば親戚でもある。が、こちらは健康そのもので、イカレているのは性格だけである。

 黙って祭祀を執り行えば、信徒は有り難さに涙するだろう。


 喋らなければ。


「んで、今日は何、あぁ、あれか。んーあれ?お前、やっぱりダメじゃん」


 ジェレマイアは、目を通していた概要が記されている紙を放り出すと、カーンの前に立った。


「今は査問会まで足止めだ。首が揃わなかったからな」


 それに祭司長は、ゲーッと言う感じで舌を出した。


「俺がそんな話に興味あると思うかよ?いつもの根回しは言われなくてもやっとくよ。こいつの母親は、俺の顔が好きだからチョロいもんよ。」


 イグナシオが流石ジェレマイア様です。等と馬鹿な合いの手を入れている。


「俺が言ってんのは、結局、お前、俺の忠告聞かなかったろ。せっかくクソ忙しい時に鏡と一緒に渡したのによぅ」


 それまで、審問用の書類にペンを入れていたカーンは、顔を上げた。


「あーあ、誰だよ、直属隊の塵掃除が聞いて呆れるねぇ」


「どういう事だ?」


 凍る空気にお構いなく、祭司長はやれやれと大げさに顔を手で覆った。


「お前、呪われてるよ。それも盛大にな。この天才の俺が言うんだ間違いない。」


 驚きよりも、真偽を疑う男に、彼は指の間から目を覗かせてゲラゲラ笑った。


「嘘じゃねぇよ。まぁ、智者の鏡は役に立ったようだがな。よこしな」


 差し出された掌に、小さな金属板を戻す。

 それを撫でてから明かりに翳した。


「うーん、こいつもだいぶ力がこもってる。どんだけ、気色の悪い場所に行ったんだよ。つーか、これも呪われてんぞ、おぃ」


 嫌そうに指で摘みなおすと、側仕えにそれを渡す。


「神殿長んところに放りこんどけや、おやっさんアレでも呪物には耐性あっからよ」


 恭しく受け取ると側仕えは退出した。

 静まりかえる室内に、言いようのない緊張が漂う。


「ん?あぁ、お前等どーした。何、任務失敗しちゃって焦ってる。まさかね、そんな事ねーよな、あれ、怒ってる?」


「説明しろ、どういう事だ」


 それに急に威儀を正すと、ジェレマイア(審問官)は告げた。


「元々、ボルネフェルトの首があっても無くても、あの男の場合は死の認定ができない。


 お偉方は認めないが、私が視た限り元々あれは生きてはいない。


 だから、貴様には特典を与えた。

 どうしても五番目は神に召されなければならないからだ。

 貴様の表向きの任務は達成されている。もう一人が確実に死んでいれば、それでいいんだ。

 問題は、貴様に奇妙な物が絡んでいる事だ。

 糸とでも言えばいいのか、それが智者の鏡にも繋がっている。

 貴様と鏡から何処かへ、その糸が続いている。

 繋がっている先が視えない。

 私が視えないというのなら、もっと何か強い力が影響している。

 では、なんだ?

 私よりも強い加護がついている。加護という言葉適切ではないが、強い力だ。

 これと同じような物を、私は他にも二つほど知っている。

 他でもない、その一つは私にも同じような物が絡んでいるからだ。つまり」


 そこでいつもの調子に戻ると、にんまりと笑った。


「お前も、俺と同じ呪い憑きって事だよ兄弟。ボルネフェルトに呪われたのか、あぁ?」


「どういう意味だ?」


「言葉通りだ。てめぇら、全部に気持ち悪い物がからんでやがる。視た感じだと、どーも喰いちぎられているな」


「何だそれは」


 やれやれと、馬鹿にしたようにジェレマイアは肩をすくめた。


「俺には、偉大な主の加護がある。所謂、魂ってのがモヤモヤと視える。つーとあれだ、そこに虫食いがありゃっぁ一目瞭然て訳だ。で、お前等、随分ぼろぼろに喰われてるぜ」


 それにカーンは暫し考え


「ここに来る前にローレ審判官に会ってきたんだが」


 その言い様に、ジェレマイアは笑い転げた。


「あぁ、坊ちゃんね。いくら何でも、坊ちゃんが魂喰らうとは聞いてないぜ。そんな化け物だったら、俺が始末してるし、坊ちゃんアレでも真っ当な人間だから。見えないけど」


「我々がどうかは別にいい。ボルネフェルトに化かされたとなると、奴はまだ」


 それにジェレマイアは、顔の前で手を振った。


「俺の視たところ、この世にはいないね。だから安心して、お前等呪われてろや」


 それに安堵したのはカーンだけで、イグナシオとモルダレオは、椅子を倒して立ち上がった。


「祭司長様、の、呪いとは」


「わぁー、お前等、案外、そーいうのダメな奴なのか。まぁたぶん、大丈夫だ。お前等ぐらいダメな奴らなら」


「ダメと言いますと?」


「元々、恨み辛みは人一倍買ってんだろ。今更、一つ二つ不運が増えたって死にゃぁしねぇよケケケ」


 イグナシオが祈祷を始めたので、カーンは書類の続きに取りかかった。


「まぁ、一番強い縛りが見えるのが、お前だよ。お前、本当は奴を殺したんだろ?」


「否、足場が崩れて落ちた。俺はたまたま生き残った。不手際だな」


 その顔を見つめながら、ジェレマイアは眉を寄せた。


「んで、ローレ審判官は何だって?」


「今のところ問題はない」


「問題ないねぇ」


 椅子に腰掛けると、ジェレマイアは頬杖をついた。

 しばし、男達を眺めていたが、最後にため息をついた。


「呪いだねぇ」


 それに背筋を伸ばして座っていたスヴェンとエンリケが珍しく目を泳がせている。


「呪いだか何だか知らんが、解くことはできないのか」


 まだ少し、書類に時間がかかるのか、カーンは面倒そうにジェレマイアに問うた。


「別に死んでくれという感じでもないし、面倒だからそのままでいいんじゃね」


「ボルネフェルトが関わっているなら、調べねばならん」


「それはそちらの仕事だね。呪いを実感するような出来事があったら、寄進次第でなんとかするよ」


 カーン以外がどんよりとする中、ジェレマイアはお茶を飲むと書き上がった紙から手に取った。


「奴は、なんで北に向かったんだろうな。俺は東南のあの地域に行くもんだとばかり考えていたよ」


 室内にペンをはしらせる音だけが続く。


「不浄の神が降りた場所だそうだ」


 ぽつりとカーンが返した。


「不浄の神?土着宗教かい」


「不浄の神が現れて、理により没した場所だという話だ」


「ふむ、オルタスには様々な信仰があるが、辺境は特に神の国に近い場所が多くあるとされている。昔からの儀式の場所は、その神の国との境が薄いとされている。まぁ、ここの主とは別の神だがね」


 新しい紙を受け取りながら、ジェレマイアは続けた。


「何も冬に行かなくてもいいのにな。ん、それとも冬じゃないとダメなのか。つーか、この子供とゲルティア補佐官は、こっちに来るのか?」


「ローレ審判官が全員と話すそうだ」


「この子幾つ?」


「見た限りでは、成人前だ。種族はわからんが」


「坊ちゃんとこより、うちに寄越しな。子供をぶっこわされたら叶わん」


「何を言うかと思えば、審判が必要との事だ。仕方が無いだろう」


「お前、子供が同じ目にあって健康が損なわれないとでも思うのか?通常の聞き取りで十分だろう。」


 最後の紙を受け取った後、躊躇うように付け加えた。


「お前達が呪われるのはいいとして、その子供を俺が見たいんだよ。」


 それにカーンはギクリと身体を強ばらせた。

 意味が染み通ると、珍しく動揺をみせた。


「子供も呪われているのか?」


「お前たちと一緒に行って、帰ったんだろう?」



 どうして子供だけ無事だと思うんだ?おめでたいねぇ、おまえら。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ