幕間 暗き水面を視る者
[暗き水面を視る者]
実に面白い。
とか、考えてんだよねぇ。
報告書をさらさらと書き記す顔は、笑みを浮かべたままだ。
その周りには、痛みで痙攣する男達が転がっている。
いつもの事ながら、オロフはゲンナリとしつつ彼らを椅子に座らせて回る。
いずれも猛者でならす獣人の中でも、凶悪凶暴で顔も名も知れている男達とは思えない憔悴ぶりだ。
勿論、彼らとて同じ扱いを敵や理不尽に与える者なら、とうに暴れているだろう。
だが、相手が継承から外れたとはいえ王子であり、貴重な一級の審判官である。
相手を殺す代わりに、部屋の備品がほぼ粉々になった。
今、コンスタンツェが使っている机も予備の物を持ち込んだのだ。
「あ〜ぁ、壁にヒビが入っちゃってるっすよぉ。これ盗聴防止の多重構造でお高いんですよねぇ。まぁ、俺、関係ないからいいけど」
気絶寸前のオービスを壁に寄りかからせるとオロフは、隅の椅子に腰掛ける男を見た。
最初に脳味噌をかき回された男は、片方の眉を器用に上げる。
そりゃそうか。
コンスタンツェをくびり殺すよりは安いもんだよねぇ。
そのコンスタンツェと言えば、実に楽しげに報告書を埋めている。
びっしりと細かく几帳面な文字。目隠しをしていない自分が書くよりも、実にきれいなものだ。
「で、どうなんだ。」
カーンの問いに、彼は肩をすくめた。
「証人が後、二人足りませんが、まぁ、虚偽は今のところ見つかりませんね。期待はずれですが。」
「何の期待だ」
うんざりとした男の言葉に、残念ですと、コンスタンツェが返す。
「勿論、彼のボルネフェルト殿の最後がこんなに呆気ないとは、誰も思いませんでしょう?」
つーか、あの殺人鬼の脳味噌、解剖できなくて残念ってことだよねぇ。
それに、彼らに虚偽を見つけられず(合法的に脳味噌を)弄れなくて残念。殺人鬼の最後は、もっと戯曲のような最後かと思った残念。と、言うそれこそ残念な事を雇い主が考えてるのをオロフは知っている。
悪い意味で、この王子は物事を楽しむ癖があるのだ。
「辺境伯の方へも、そちらとは別に人を出すことになるでしょう。そうですねぇ、崩落現場の調査も必要です。そちらは何時頃後処理の者を向かわせます?」
「今の段階では、こちらも何とも。ただ、北の領域は春まで行き来はできない。」
「北は、私、出向いた事がないんですが。オロフはあります?」
喋りながらも相変わらず、手元から次々と書き上げられた紙が重ねられていく。
六人分の行動記録である。
彼の頭の中身がどうなっているかは、誰もわからない。
ただ、彼を教育した者達は、見ることよりも、構築する能力に優れていると評価している。
オロフが一度どんな風に見えるのか?と問うた時に、
見えるという事がわからない。
と、彼は答え。
彼が他人を覗くと、意味が浮かぶのだ。
と、笑った。
それは様々な言葉の端切れが、黒い水の中から浮かび漂い、それを眺めているような感じらしい。
それを拾い上げて、物語のように組み合わせていくのだ。
審判官でも、具体的に他者の記憶を視る事ができる者は数人だ。
多くが、その者が今現在、どんな感情に支配されているかを拾う事。または、断片を感じるだけだ。
まるで、本人の記憶を視ているように搾り取る事ができるのは、彼ぐらいだろう。
構築するとは、拾い上げた断片を情報として意味が通じるように解読するということか。
だから、記憶を目で見たように視るのではない。
読みほどくのだ。
しかし、殺人者や犯罪者の私生活は遠慮したいものではないか?
まして、狂った者の感情までは普通は知りたくない。
だがしかし、彼に躊躇はない。むしろ、異常な者への関心のほうが高い。
一般人の私生活を覗き見る方が恥知らずだと言う。
わからん。むしろ、こいつの方が異常者。
と、最近オロフは思う。
他人の感情や記憶を引き出して、平然と笑う男の神経がどれほど太いものか考える。
いや、繊細な神経なんてないよねぇ。
「こちらとは関係ないでしょうが、立ち寄り先から戻り次第、この二人を召喚してください。ゲルティア補佐官は、私のところへ、村の少女は、そうですね」
言葉を切ると、急に彼は笑い出した。
部屋の男達が不気味そうに、そんな審判官を眺めやる。
「失礼、いや、面白い構図が見えて」
ひとしきり、笑い出した後、コンスタンツェは、カーンに向き直った。
「この少女も私のところへ、寄越して下さいね。必ず」
念を押すと、男の鼻の頭に皺が寄った。
審判が一応の終わりを見せ、コンスタンツェと共に、彼の執務室に戻る。
上機嫌の雇い主が、書類を職員に渡し終えるのを待つ。
控えに待機するのか聞こうとする前に、再び、彼が笑い出す。
気持ち悪ぃ。
失礼な感想だが、いくら容姿が良くても、ぐふぐふと忍び笑いを漏らす男は不気味である。
「何がおもしろいんっすか?」
しょうがないので聞くと、コンスタンツェは、まだ、いたのかという感じで、オロフに向き直った。
「いえ、中央軍の洗脳に自白拒否の加工付き。おまけに貴方と同じ重量獣種の脳を視られたので」
楽しかったんですね。
聞かなきゃ良かったと思いつつ、控えに戻ろうとするオロフに、彼は続けた。
「彼の中に障壁を見つけたんですよ。固まりのような凍ったものです。あれは、おもしろい。つかみ取ろうとしたら、死にそうになったんで止めたんですけど」
「それじゃぁ」
「まぁ、嘘はついていませんが、少し、おかしいので、関わった全員を視ますよ。それでも拾えなかったら」
死んでもしょうがないですよね。
椅子に腰掛けると、コンスタンツェは微笑んだ。慈母もかくやという微笑みだが、オロフから見れば偏執狂じみて不気味だ。
オロフは控えに戻りながら、いつものぼやきが漏れる。
「俺っていらなくね?」




