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冬の狼  作者: CANDY
欺瞞の章
123/355

幕間 砂の王国

[砂の王国]


 審判官のいる軍事施設は、どちらかというと役所と同じく文官よりの者が多い。


 特に、首都中央の王国統合軍審判施設は、なよなよとした者ばかりだ。

 扱う仕事を考えれば、もう少し溝の臭いに動じない者を揃えた方が良いと思うのだが。


 仲間と共に、中央の軍審判所を訪れて半日以上が経過している。


 首を渡してから、訳の分からない書類を押しつけられると簡素な部屋に押し込められた。

 どうやら、受付のある見通しの良い階下では不都合らしい。

 自分たちを目にすると落ち着いて仕事ができない軟弱者がいるそうだ。


 別段、仕事じゃなければ殺しはしないのにな。


 そう言うと、仲間はニヤニヤした。何かおかしかったらしい。


 恐れられているのか、厄介だと思われているのかは微妙だ。

 お茶の一杯も出さず、また、全員を足止めして部屋に押し込めるのは、舐められているのかも知れない。


 勿論、この場所にいる職員の多くが、脆弱な人族のお育ちの良い者ばかりではない。


 審判所には、審判官という化け物がいるのだ。


 ただし、何故か、大型獣人よりも彼らの方が亜人や人族には受けが良い。


 解せない。


 等と、書類は既に書き終えているので、馬鹿らしい事を考えているだけだが。


 ただ、審判官と名乗る者は、軍統括長の席に座る軍団長とどちらが化け物か?と、考えれば、方向性は違えども、どちらも同じくらい厭な存在だ。


 だから、自分以外の堪え性とは縁のない仲間も、黙って座り心地の悪い椅子に寝そべって待機している。


 その審判官が部屋に訪れたのは、それから更に半日、流石に食事が出た後だった。




 今回の事案は、あらゆる場所からの訴えによる複合的な物だった。

 あらゆるとは、言葉通り、国から軍から、街から、学都からと、様々な機関から、一言で言えば、殺してくれという訴えだ。


 流石にこれは異例のことで、その多くが、今回首を持って帰れ無かった方の男に対しての物である。

 故に、事実上任務失敗。

 更に、事故死で物証無しである。


 ここで審判官の出番になる。

 この審判を通過できれば、一応の任務が達成できた事になるのだ。



 入ってきた男を見て、今回の審判官が誰だかわかり、皆、椅子から立ち上がった。


 入ってきた男、同じ大型獣人である赤毛の傭兵ヨーンオロフである。

 青白い肌に短髪の赤毛、軽薄そうな顔をした若い男に見える。

 見えるが、この男は獣人族でも戦闘種としては一番大きな型をしている。

 つまり、外見よりも腕力も重量もある自分と同じ最重量種だ。

 そして、この傭兵はここ十数年同じ者の護衛をしている。



 昔、中央大陸には人族と獣族の二つの王朝があり、長らく敵対を続けていた。しかし、それも数ある民族の一つであり、この二つの集団が一つになることで、大陸全土を統一するという考えに至る。


 そして、短絡的に二つの種族の融和の為にと、お互いの王族を掛け合わせた。


 勿論、混血に対する忌避を承知の上でだ。


 そして、失敗した。


 現在の王家は、主に人族種が占めている。だからといって獣族が蔑ろになっているわけではない。

 この中央大陸王国は軍国であり、その軍部の三分の二は獣人族であり、将校の八割は獣人族である。

 つまり、人族は政治や過去の特権階級にのみ幅を効かせており、一概に王家が人族よりであるとして、それが獣族を下にするわけではない。

 だからといって政治が軍部一辺倒というわけでもない。そこでは人族の長命種が幅を利かせている。

 と、まぁ今の王国は軍部よりではあっても人族も獣族も程々の不満と満足を抱えて回っているのだ。


 そして、目の前には人族と獣族の融和政策が失敗とされた理由がいる。



「お待たせいたしました。皆様、今回の審判官をつとめます、コンスタンツェ・ハンネ・ローレ一級審判官です。どうぞよろしく」


 ローレ審判官は、そう名乗ると見えない目でも迷うことなく椅子に腰掛けた。


 そして、見えているかのように我々に着席を促した。


 彼の目が本当に盲目なのかはわからない。彼の目には布が幾重にも巻かれ、そこに眼球があるかどうかもわからない。


 獣人族王家の血と、長命種の血が混じると奇形が生まれるのだ。


 混血が忌避される理由の一つだが、これは普通の人族獣族、亜人には当てはまらない。


 庶民の知る一般的な混血は


 亜人と他種族の子供は亜人になる。

 人族と獣族は両親の特質を備えた子供が生まれる。


 である。


 つまり、本来は王家の婚姻で生まれる子供は、頑健で長命な子供であってもおかしくなかったのだ。


 しかし、この両王家の血に関しては、別枠だった。


 このコンスタンツェ・ハンネ・ローレ殿下は、まさにその事を体現している。


「では、これよりボルネフェルト公爵元嫡子及び、フェルディナルト大公子息の失踪についての審判を始めます」


 王家特有の優美な容姿に、虚弱な身体。

 両方の王族が婚姻しても、子供は滅多に授からない。

 おかげで、両方の王家は未だに大公として残っており、一つも融和の言葉には従ってはいない。


「では、統合軍団南領統括長直属部隊長殿、始めますよ」


 馬鹿らしい長い所属名を笑ったのか、それとも自分の主が、その言葉を間違わずに言えたことがおかしかったのか、オロフが口角を引き上げた。


 それがわかったらしく、背後の護衛をローレは振り返った。


「気が散るので、オロフは窓の外でも見てて」


 護衛の意味がないんじゃないんすかねぇ


 等と言いながら、奴は窓辺に移った。


「彼らが私に何をするんだい?これから、私が彼らにするんだよ」


 そういった男はうっそりと微笑んだ。

 優男には似合わない凶暴な笑みだった。



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