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冬の狼  作者: CANDY
欺瞞の章
122/355

Act112 極光

 ACT112


「我が喰われる間に隠れよ」


 侯爵の言葉に、サーレルが私を掴む。


 だが逃げるより先に、化け物が咆哮をあげた。

 あの身を凍らせる叫びだ。


 ずるりとナーヴェラトは瓦礫を押し退け巨体を私達に近付ける。


 喰われる。


 私達が半ば諦めて見上げていると、背後から誰かが進み出るのが見えた。


 それに七つの頭は天を向いて吼える。

 まるで笑うように。



 彼は楽しげに手を挙げて答えた。

 私達に、父親に、死んだ友に、答えた。


 彼はぎこちなく歩き、


「イエレミアスか?」


 父親を見ると胸に手を当て礼を返した。



 侯爵はその姿に、唇を引き結んだ。

 彼の息子は、やはり、何も言わずに蠎に向き直る。



 それからふらりふらりと、酔ったように楽しげに怪物の方へと歩いていった。



 七つの頭は揃って彼を取り囲む。

 それを彼は珍しげに見回すと、一際大きな中心の頭の前に出た。



 固唾をのんで見守る中、蠎は遺骸をするりと飲み込んだ。


 まるで、空気を飲むようにゴクリと喉を鳴らして身を震わせる。


 そして廃墟に轟音が響き渡った。






 蠎は身体を震わせると、首を一つ一つ地面に横たえた。


 何れも石にでもなったように固まり、ひび割れ倒れ込む。


 その巨体が半ば崩れた城に倒れ込むのだ。

 辺りは、火薬と砲弾を一度に投げ込まれたような破壊に包まれた。


 何故だろう、恐ろしいのに笑いがこみ上げてくる。

 人が無惨に殺され喰われ、死体が山となっているのに。

 私達は必死に逃げている。


 それこそ、化け物に追いかけられるよりも必死にだ。


 死を覚悟した侯爵でさえ、その倒壊に泡を食い駆け出す。



 なんて、おかしくて悲しいのだろう?










 城の倒壊が収まり、蠎の身体が冷え固まる頃、天には極光が現れた。


 極光はゆらゆらと揺らめき、イエレミアスの足取りのように楽しげであった。




 私はといえば、倒壊した壁と壁の隙間に挟まれて、その隙間からその揺らめきを見ていた。



 アレンカの呪は不完全で醜かった。

 そして、作り出された景色も酷い物だった。


 だが、同じ悪夢でも、婆様の作り出した呪は凄まじいと今更思う。


 死してなお呪を紡ぎ、こうして、古の化け物を殺したのだ。


 死した彼らの留まる理由。

 そして、朽ちなかった嫡子。

 それは生き残ったエリのためだ。

 何と傲慢な願いであろうか。

 そして、その呪の対価の大きな事。

 醜い思いも利用した。


 だが彼らの願いは叶った。


 私は、見上げる空を見つめながら目を閉じた。


 疲れた。

 少しだけ眠ろう。

 起きたら、エリを探す。

 きっと生きてる。

 もう、彼女は生け贄では無いのだから。

 徐々に力が抜けていく。





 そして何も見えなくなった。



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