Act12 因習
ACT12
風雨に削りとられた岩盤が黒々と続いている。
壁の両端は雪のためか朧に霞んで見えない。高さはそれ程無いが、空を切り取り、隔絶した雰囲気がした。
この穴の周囲には木々がない。
サラサラと流れる雪の音だけだ。
一度、来たことがある。
黄金の毛並みをした鹿を追って、夏の頃に。
真昼の月と獲物の鹿と、やはり、今日のように風の音だけがした。
村の狩人には神を祀る責任がある。
恩恵を得る者として、毎年、夏の終わりに僧侶と共に森に入る。
そして、神に供物を捧げる。
供物は肉と酒と、その年に生まれた子供の髪の毛だ。
で、彼らは祈りを供物を捧げたら、北の山にある神の家という山小屋に入る。
神事であるが汚れるので村に戻る前に、禊ぎを行うのだ。
直接村に入ってはならない。
これを破るとどうなるか?
婆の話しだと、疫病が蔓延るなどの災厄がおきるそうだ。
縁起が悪い。
この場合は、女がこの祭祀に関わる事も含まれる。
この不浄の地に、女はあってはならない。
森を知る者の不文律である。
だが、私は森に在る。
禁忌である女ながら、森に入るのも不文律があるから。
だが、その私でも穴に入るのは抵抗がある。
私の孤独も時折訪れる虚しさも、ここが始まりなのだから。
私は、この場所に捨てられていたのだ。
鷹の爺も村の者も、私が穴に入る事を望んではいない。
ただし、誰が、余所者を先導するかとなると選択肢は無い。
岩壁を見上げていると後ろから小突かれた。
頭目が早く行けと促す。
まぁ、この手の罰当たりな余所者には、この穴の付近に漂う気配など、感じられるわけもない。
草木も生えず生き物も寄りつかない。
人は因習に囚われてだが、生き物は何を感じてか。
振り返ると、立派な体躯の馬は従順に歩いている。
このまま、穴の亀裂まで入ることが出来るだろ
うか。
村の馬は、荷物を運ぶことが出来なかった。穴に近づくと怯えて動かなくなるという話しだ。実際は、その時近くに獣がいたのではないかと私は考えている。
毎年の祭祀に試すことはしていないし、決まりだから誰も疑わない。
たぶん、先行した爺達の連れた騎馬も問題なく穴に入ったのでは無いだろうか。
伝統は、何処までが迷信であるか分からないものだ。