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冬の狼  作者: CANDY
欺瞞の章
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Act108 洞窟墓

 ACT108


 湿った空気、これと同じ匂いに覚えがある。


 闇の中、半円を描く天井、半ば朽ちた壁。

 描かれているのは、宗教画だろうか?

 神を形にするのは禁じていたが、殉教者の肖像は良く描かれる題材だ。


 とても古い時代の物らしく、それも黒い人型のしみに見える。


 通路は狭く細い。だが、枝葉のように道は幾つにも分かれていた。


 私はサーレルから燭台を受け取ると、先頭を歩いた。


 大人の男一人で一杯になる通路だ。

 私とサーレル、そして侯爵が続く。

 本来なら殿がサーレルとなる所だが、鐘の音が響いたら、上に戻るというので、侯爵が殿となった。


 だが、肝心の鐘の音が聞こえるのかは、疑問だ。


 予想以上に、通路が奥へと続いているのだ。


 少し、下り坂になっている。


 そして、枝葉の道を照らすと、更にうねり深そうに見えた。


「道が分かるのか?」


 分かれ道ごとに、サーレルが刃物で傷を壁につけている。戻り道は、一人でも引き返せるだろう。

 先導する私に侯爵が不思議そうに問いかけた。


「奥から、囁きが聞こえます」


「耳が良いのだな」


 耳がよい訳ではないが、私は燭台を翳して指し示した。


「まだ、城の建物から外の敷地ではないはずです」


 私は、息を吸い込み、匂いを嗅いだ。


 囁きが少しづつ意味を持ち始めていた。


 眠れ、眠れと繰り返している。


 それは、眠らぬ者がいるという事だ。

 生きている者がそこに分け入ると目覚めてしまう。

 だから、繰り返し眠れと囁いている。

 小さな呪である。

 彷徨う何かを眠らせている。



 眠りを妨げてはいけないよ



「ここから先は、何があっても沈黙していてください」


「何故だね」


「余計なモノに気付かれると面倒です」


「余計なもの、例えば?」


「驚くようなモノが見えても、見えないふりをすれば、悪いモノは通り過ぎますからね」


 意味の分からない彼らを連れて、先に進む。

 程なく、広い空間に出た。


 城の広間とひけをとらない大きさだ。

 四方の壁は岩盤のようで、それが三段の棚に掘り抜かれている。

 そして、三段の寝台程広さの棚には、ぎっしりと人の骨が積まれていた。

 体の骨が、それぞれに大きさや長さに分けられ、隙間無く詰め込まれている。

 頭蓋骨も人種や大きさによって整理されて積まれていた。

 これほどの骨にお目にかかるのは初めてだ。


 古い時代の骨は、黄ばみ人骨というより奇っ怪な装飾のように見えた。


 中央には太股の骨の部分だろうか、長く太い骨が放射状に並べられている。その中心には頭蓋骨が塔のように積まれており、何を考えて置かれたのか、不気味だった。


 何か言いたそうなサーレルを身振りで黙らせると、私達はそのまま奥に見える通路の続きに向かった。


 通り過ぎる時も骨達は身じろぎもせず、静かだった。

 ただ、これほどの骨が城の地下にあるのに、通路自体を知らないと言う。

 だとすると、少なくともこの場所は相当古い物だ。


 そして、骨の広間を抜けた先の通路は壁が岩盤をくり抜いた作りではなく、加工された煉瓦の石積みが表面を覆っていた。

 奥のこの場所の方が、人の手が入っているように見えるのは、ここが別の場所から城の下の墓場に繋げたからだろう。



 壁の煉瓦の一つ一つに、力が輝き、あたりには魅了する言葉が溢れていた。



 あの積み上げられた骨こそが、この力を防ぐ人柱の山であるのだろう。せき止められた力が一歩踏み出した先に渦を巻いていた。


 力と魅了する言葉、呪術があふれかえる場所は、言祝ぎならば空気は暖かく清浄になる。


 だが、この通路に入り込むと、急に体が重くなった。


 頭を押さえつけられるような感覚。

 そして黴の匂いが増した。

 水の匂いも近くなり、囁きは大きく怨嗟を含んでいた。


 やがて通路に扉見えた。


 古い文字で、礼拝堂と焼き印にて記された板がかかっている。

 燭台をサーレルに渡すと、私は扉に手をかけた。

 少しづつ力をこめて扉を開く。


 扉の先から明かりが漏れる。サーレルは蝋燭の炎を吹き消した。


 少しだけ開いた扉の隙間から、中をのぞき込んだ。


 すぐに見えたのは、篝火が焚かれた金属の大きな台座だ。


 徐々に扉を開く。


 中は小さな石の部屋。あの前室と同じ作りである。

 ただし、そこには石棺は無く、正面の壁に神の言葉は無い。


 代わりに、奇っ怪な神像が祀られていた。


 素材は青銅だろうか、三つの顔に六本の腕。下半身は触手のような物がたくさん生えている。


 顔は人面に鳥、そして馬。手にはそれぞれ武器が握られている。


 小さな部屋には人影が無く、通路もそこで終わっていた。


 だが、水の音も空気の流れもあり、ましてや、炎まで焚かれている。


 ここで終わりの訳がない。


 室内に入り中を調べるしかない。


 私達が中にはいると、床の上に文字が浮かんだ。


 埃の被った白っぽい石に、黒い文字。


 文字を三人とも驚いて見ていると、それが形を変えた。




(誰?)




 と、それは描かれていた。

 私はしゃがみ込むと、文字に触れた。

 チリチリとした力が残っている。


 私は燭台から蝋燭を引き抜くと、床に字を描いた。

 悪意無きモノか、それとも、わからない。

 だが、ここが嘗てのフリュデンと同じなら、過去は祝福に溢れていたはずだ。



 モーデンの民、ニガトの民、ヨルグアの民



 モーデンは長命種の過去の長である。

 ニガトは、獣人の過去にあった王朝。

 ヨルグアは流浪の者という意味だ。



 それに文字は形を変えた。



(目的は何?)



 暫し、考えて記す。



 モーデンの末裔を取り戻しに



 それに床の文字は揺らめいた。

 形を崩すと何かが浮かび上がる。



(胴体)



 文字が消えた。

 最後の文字に、私が首を捻ると、サーレルが肩を叩いた。

 そして、壁の神像に近づき、拳で軽く像を叩く。と、乾いた音と一緒にその腹部が開いた。

 ほらね、とばかりにサーレルが微笑む。


 差し出されたのは、奇妙な形の鍵であった。


 鍵の取っ手に硬貨程の硝子がついている。持ち手の部分は細長く曲がりくねり先端が銛のように尖っていた。


 開いた腹部には、他に錆びた鎖と、朽ちた何かがあったが、鍵以外は年月がたちすぎて判別できない。


 鍵が出てきたのなら、鍵で開くべき場所がある。


 サーレルと私は、小さな礼拝堂を探った。


 神像の前の小さな石の卓、多分、供物を置くのだろうそれの内側に、物入れの小引き出しがついていた。


 そしてそれを開けると、中に見覚えのある物が入っていた。


 それを取り出し、私は石卓の上に置いた。

 喋るなという言いつけを守る二人の顔を見る。

 それぞれに驚いていた。


 私も驚いている。


 それは真偽の箱と呼ばれる物にそっくりであった。


 考えてみれば、この鍵は、サーレルの持つ金属の手形に似ている。


 差し込むとすれば、この鏡張りのように辺りを映す小箱に他なら無い。


 何故、どうしてか?


 今更である。


 私は、歪な鍵をゆっくりと差し込んだ。

 世界が斜めになるような感覚に包まれた。



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