Act107 森の人
ACT107
丸くくり抜かれた通路は、奥の闇へと続いていた。
微かな空気に水気がある。
水の流れを感じ、私は目を凝らした。
闇から、ひそひそと囁きが漂う。
「私は奥へ参ります。侯爵様はいかがなされますか?」
私の問いに、侯爵は暫し沈思した。
「一緒にいらしたらいい。何もそう死に急ぐ事もありますまい?いや、むしろこちらの方が危険かな」
サーレルは明かりが無いことを確認すると、外へと取りに戻った。
私と侯爵は暫し、闇のとば口に取り残された。
気まずい沈黙が降りる。
この人は、本気で自分を喰わせるつもりなのだろうか?
闇の奥を見たまま、私の中の者が皮肉を言うのを聞いていた。
今となっては、我が身の中にいる私が誰であるかなど、本当は分かり切っていた。
これは私であり、ボルネフェルトという少年であり、そして、今までグリモアに喰われてきた、生け贄なのだ。
つまりは、先ほど嫡子の遺骸に宿った悪霊と同じである。
悪霊の名は何であったか?
ふと、私が思うと、私の中の者が答えた。
我が名は‥
「汝は祭司なのか、森の人よ」
静かな問いかけに、私は侯爵を仰いだ。
「森の人?」
「知らぬのか?森の奥深くに暮らす者で、獣人でもなく、人族でもない者だ。昔は大勢が、北に生きていた。だが、戦の後、山々が凍り付いて後、中々姿を見なくなった。」
「捨て子でしたので、我が身の祖は分かりかねます」
「そうか?森の者は、何れも知識深く、汝のような外見をしている。入れ墨は珍しいが」
なるほど。
「昔は何処にでもいた。だが、人族が増えるにつれ、見なくなった。」
「何故ですか?」
「人が、森の人を狩ったとも、戦を嫌ったとも、色々言われておる。が、多分」
侯爵は闇に目を向けた。
「この大陸の主勢力は二つ。我のような人族の者と、汝が連れの男のような獣族だ。それ以外に属する者は、中々に政治や社会の表に出ることは難しい。その主勢力以外の一番上にいたのが、森の人よ。故に、今は中々に見かける事はない」
「粛正されたのですか?」
「それは無い。森の者を殺すというのは、ある意味、神の意志に背くという事だ。」
「神の意志とは」
「それも知らぬのか?神の文字を伝えたのは、他ならぬ森の人だ。彼らが如何に邪魔者であろうと、それを狩り殺す事ができる人族は先ずいない。
できたとしても、表だっては無理であろうし、森の人という存在を殺めるとは、狂信者を敵に回すことだ。何しろ、愛国者と狂信者は同じなのだ。だからこそ、彼らはいなくなったのかもしれぬがな。」
消化できぬ話に、私が沈黙しているとサーレルが戻ってきた。
「もうすぐ、あの化け物が内隔を喰い破るそうですよ。時間もないので、さっさと行きましょうか」
「準備は滞りなく進んでおったか?」
「中々に皆さん御健闘されていますよ。化け物も体中が針山のようになってましたし」
私達は、燭台の明かりを頼りに闇へと進んだ。




