Act106 特技
ACT106
侯爵は霊廟の外へ出ると、回廊に控えていた者を呼んだ。
「イエレミアスも共にあらねばな。喰わせるにしろ、我共々でなければならぬだろう」
侍従を二人ほど呼ぶと、霊廟から遺骸を運び出す。
「何、墓所は城の中だ。奥になる故、化け物が喰いに来るまでそこにいるのも良い。」
そのまま、城の広間に向かう道に戻った。
「墓所は、城の広間から見える中庭に入り口がある」
「城ごと燃やすと言いますが、どのようにして」
「何もかもを開け放ち、化け物が中に入り次第、再び門を閉じる。広間にて、我ら親子が餌となり、奥深く入り込んだところを、内側より順次破壊する。」
「簡単に言いますが、この城を壊すにも、それ相応の力がいるでしょう」
「城が落とされた時の仕掛けよ。城そのものが内側に倒壊崩落するようになっておる。今回は、よく燃えるように、堀の水もせき止め、油と火薬もふんだんに使う」
今までになく、侯爵は朗らかであった。
広間にたどりつくと、遺骸は領主の椅子に置かれた。その姿を侯爵は直すと、侍従達を下がらせた。
「準備が整い次第、教会の鐘を鳴らす手はずになっている。
鐘が止まれば、勝手に城は崩れ始める。
ライナルトには、鐘が鳴り始まると共に、兵士の撤退を指揮するように伝えてある。
もし、ここで化け物が死ぬ様子が無いなら、フリュデンにて交戦するようにもだ。
まぁ、それでも収まらぬようなら、氏族の者をたらふく喰わせろともな」
愉快ともとれる表情で、侯爵は広間の横手から中庭へと出た。
小さな中庭には、手入れの行き届いた草木が茂っている。
ちょうど、四角く天を切り抜いたように、空が見えた。
城の中心部にあるこの小さな空間は、四方を壁で囲まれている。
その空は、雲が忙しなく流れ、重苦しい光をはしらせていた。
その小さな世界には、花と小鳥と石の扉があった。
地中に埋もれるように、両開きの石の扉がある。
石の扉には、美しい花の彫刻が為され、生きているかのように愛らしい鉄の小鳥が置かれていた。
鉄の取っ手には幾重にも鎖がかけられ、錠前がつけられている。
侯爵は、腰の剣を鞘ごと引き抜き、細い鎖に差し入れると引きちぎった。
「鍵などとうに無いのでな」
私の顔を見て、侯爵は言った。
「我の父は、戦にて戻らなかった。母は遠き地にて果てた。妻達も、ここに入ることは無かった。」
「何故です?」
扉を開くと、冷気と湿気が顔をうった。
「神の国への扉には思えぬからだろう」
三段程の階段を下りる。
すると、石棺が並ぶ簡素な部屋がある。
北向きに小さな明かり取りの小窓があり、その下には、神の紋章が飾られていた。
中央大陸で、一般的な神聖教会は唯一神を奉じ、神の姿を造形する事を禁じている。
この世の全てが神の力であり、
偶像を崇める偶像崇拝を(一応)否定していた。
だが、そんな神聖教も神の与えた文字、紋章を象ったものについては、それを神の力の一端として崇める事を許している。
その神の文字が刻まれた、小さな板が壁から下がっていた。
本来、領主である侯爵家の墓なのだから、様々な装飾が施されてしかるべきの所、見る限り長年開ける事無く放置された様子が伺われ、ただの廃墟に見えた。
鍵さえも無くなるほど、この場所は放置されていた。
何故という疑問がわく。
そして、小さな部屋には、何も無い。
誰かが入り込んだ様子も、エリの何かを示す物も。
「他に部屋は無いのですか?」
私の問いに、侯爵は肩を竦めた。
「特に聞いてはいない。」
「随分と小さな墓地ですね」
「必要が無かろう。一握りの砂の山を納めるだけだ。」
そう、普通の死に様では無いのだ。死とは彼らにとっては遅き訪れであり、その後に遺骸が残る訳でもない。
「で、これからいかがするのだ?」
「この場所以外、墓は無いのですね」
「墓自体、元々は作られるのは稀だ。」
シュランゲは遠い。あそこではない。
フリュデンは力場を失った。
あの者は、同じ事をしようとしている。
なら、このトゥーラアモンにいる。
力を使うのに、特別な血が必要なように、特別な場所がなくてはならない。
それとも、別の場所なのか?
早く、しなければ。
「ここは前室ではないでしょうかね」
その時、サーレルが壁を叩きながら告げた。
「空気はそれほど濁ってもいない。壁も薄い。」
私も壁を叩き表面をなぞった。
「ほら、この場所、継ぎ目がありますよ。大体、組み木と同じような作りに」
サーレルは壁の表面を叩き、軽い音をたてる部分に力を加えた。
「ほら」
唖然とする侯爵の前に、小さな動きが次々と壁の表面に現れた。波紋が広がるように埃を被った壁が組み代わり、あっという間に入り口ができた。
「いやぁ、古い建物ってこういうのが多いんですよね」
隠し扉を見つけたのは幸いだが、この男の特技が伺えて何やら不安になった。




