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冬の狼  作者: CANDY
欺瞞の章
116/355

Act106 特技

 ACT106


 侯爵は霊廟の外へ出ると、回廊に控えていた者を呼んだ。


「イエレミアスも共にあらねばな。喰わせるにしろ、我共々でなければならぬだろう」


 侍従を二人ほど呼ぶと、霊廟から遺骸を運び出す。


「何、墓所は城の中だ。奥になる故、化け物が喰いに来るまでそこにいるのも良い。」


 そのまま、城の広間に向かう道に戻った。


「墓所は、城の広間から見える中庭に入り口がある」


「城ごと燃やすと言いますが、どのようにして」


「何もかもを開け放ち、化け物が中に入り次第、再び門を閉じる。広間にて、我ら親子が餌となり、奥深く入り込んだところを、内側より順次破壊する。」


「簡単に言いますが、この城を壊すにも、それ相応の力がいるでしょう」


「城が落とされた時の仕掛けよ。城そのものが内側に倒壊崩落するようになっておる。今回は、よく燃えるように、堀の水もせき止め、油と火薬もふんだんに使う」


 今までになく、侯爵は朗らかであった。


 広間にたどりつくと、遺骸は領主の椅子に置かれた。その姿を侯爵は直すと、侍従達を下がらせた。


「準備が整い次第、教会の鐘を鳴らす手はずになっている。

 鐘が止まれば、勝手に城は崩れ始める。

 ライナルトには、鐘が鳴り始まると共に、兵士の撤退を指揮するように伝えてある。

 もし、ここで化け物が死ぬ様子が無いなら、フリュデンにて交戦するようにもだ。

 まぁ、それでも収まらぬようなら、氏族の者をたらふく喰わせろともな」


 愉快ともとれる表情で、侯爵は広間の横手から中庭へと出た。

 小さな中庭には、手入れの行き届いた草木が茂っている。

 ちょうど、四角く天を切り抜いたように、空が見えた。

 城の中心部にあるこの小さな空間は、四方を壁で囲まれている。

 その空は、雲が忙しなく流れ、重苦しい光をはしらせていた。


 その小さな世界には、花と小鳥と石の扉があった。


 地中に埋もれるように、両開きの石の扉がある。

 石の扉には、美しい花の彫刻が為され、生きているかのように愛らしい鉄の小鳥が置かれていた。


 鉄の取っ手には幾重にも鎖がかけられ、錠前がつけられている。


 侯爵は、腰の剣を鞘ごと引き抜き、細い鎖に差し入れると引きちぎった。


「鍵などとうに無いのでな」


 私の顔を見て、侯爵は言った。


「我の父は、戦にて戻らなかった。母は遠き地にて果てた。妻達も、ここに入ることは無かった。」


「何故です?」


 扉を開くと、冷気と湿気が顔をうった。


「神の国への扉には思えぬからだろう」




 三段程の階段を下りる。

 すると、石棺が並ぶ簡素な部屋がある。

 北向きに小さな明かり取りの小窓があり、その下には、神の紋章が飾られていた。


 中央大陸で、一般的な神聖教会は唯一神を奉じ、神の姿を造形する事を禁じている。

 この世の全てが神の力であり、

 偶像を崇める偶像崇拝を(一応)否定していた。


 だが、そんな神聖教も神の与えた文字、紋章を象ったものについては、それを神の力の一端として崇める事を許している。


 その神の文字が刻まれた、小さな板が壁から下がっていた。


 本来、領主である侯爵家の墓なのだから、様々な装飾が施されてしかるべきの所、見る限り長年開ける事無く放置された様子が伺われ、ただの廃墟に見えた。


 鍵さえも無くなるほど、この場所は放置されていた。


 何故という疑問がわく。


 そして、小さな部屋には、何も無い。


 誰かが入り込んだ様子も、エリの何かを示す物も。


「他に部屋は無いのですか?」


 私の問いに、侯爵は肩を竦めた。


「特に聞いてはいない。」


「随分と小さな墓地ですね」


「必要が無かろう。一握りの砂の山を納めるだけだ。」


 そう、普通の死に様では無いのだ。死とは彼らにとっては遅き訪れであり、その後に遺骸が残る訳でもない。


「で、これからいかがするのだ?」


「この場所以外、墓は無いのですね」


「墓自体、元々は作られるのは稀だ。」


 シュランゲは遠い。あそこではない。

 フリュデンは力場を失った。

 あの者は、同じ事をしようとしている。

 なら、このトゥーラアモンにいる。

 力を使うのに、特別な血が必要なように、特別な場所がなくてはならない。


 それとも、別の場所なのか?


 早く、しなければ。


「ここは前室ではないでしょうかね」


 その時、サーレルが壁を叩きながら告げた。


「空気はそれほど濁ってもいない。壁も薄い。」


 私も壁を叩き表面をなぞった。


「ほら、この場所、継ぎ目がありますよ。大体、組み木と同じような作りに」


 サーレルは壁の表面を叩き、軽い音をたてる部分に力を加えた。


「ほら」


 唖然とする侯爵の前に、小さな動きが次々と壁の表面に現れた。波紋が広がるように埃を被った壁が組み代わり、あっという間に入り口ができた。


「いやぁ、古い建物ってこういうのが多いんですよね」





 隠し扉を見つけたのは幸いだが、この男の特技が伺えて何やら不安になった。



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