Act104 反魂
ACT104
あれを人は祟り神と考えた。
悪霊の集まったモノだと。
悪霊は夏至の晩に、極光と共に現れて人を喰らう。
人を喰らえば、再び夜に消え、次の夏至までは何処かで眠る。
「生け贄は、女、子供を捧げるとある。数にして十四人から二十人程」
「その幅はなんです?」
「七つの頭が満足するまで喰わせれば、大人しく帰る。満たされなければ、見境無くたいらげるとある。そして、この数の幅が、祭司の言う弱点だ。」
分厚い内隔壁を軋ませる音が響く。砲弾も使われているようだ。
侯爵は物音が大きくなると、少し、面白そうな顔をした。
「昔は、火薬を使うような戦いではなかった。さぞや、あのような化け物をみて途方にくれたであろう」
「石壁を溶かす溶解液を吐くようですが」
「内隔壁は分厚い。もう少し時間がかかろう。さて、生け贄の喰う数に開きがあるのは、捧げた者によって満たされる度合いに違いがあることと、人で言う食い合わせがよくないと、あの悪食も様子がおかしくなると言う」
私達の顔を見て、侯爵は今度こそ笑った。
「そうだ。我ら、長命種を喰らうと、あの化け物は弱るのだ。だから、先祖は、氏族の子供を七人、あの七つの頭に喰わせたのだ」
「病没の子供たちですか」
「そうだ。惨いが子供を捧げ、弱った所を祭司と共にシュランゲにある、神の石に入れた。村に行ったのなら見たであろう。蛇の鱗のような巨石だ。
夏至の祭りの起源は、そこからだったようだ。
だが、それも長い年月にその意味も忘れられたがな。
祭司が祭る神は、もちろん外にいる悪食ではない。神の子である羽の生えた白蛇だ。その蛇が化け物に喰われた子供と一緒に、あの神の石にて化け物を閉じこめているという。
それでも夏至になると、あの石から悪食の毒が流れる。それを溜めて金属と溶かしあうと、固まりになる。
それが、シュランゲの毒の元だ。
毒の中和には、特別な血が薬になる。」
「エリのような子供ですね」
「最初の約定通り、血を混ぜた。そして、彼らの中で生まれる我らと同じ者の血が、解毒になる。
解毒の血を毎日、毒の固まりに注ぐと特別な物になる。
薬であり、毒であり、また、それは力を得るという。
死者をも語らせ、蘇らせると。」
「誰が、そのような世迷い言を」
「この覚え書きに、その物に語りかけると、答えを得られるとあった。」
私は、元の羊皮紙の中から、侯爵が指し示した物を手に取った。
もちろん、私に古代文字の素養はない。
「読めるのですか?」
「ええ、ワタシなら」
典雅な文字を追ううちに、その意味が頭の中に溢れた。
「侯爵様、これは続きがあるはずです。」
「どう言うことだ」
「男は、こう、書いているのです。
死者をも語らせ、蘇らせる。と、奢る者には..
と、ここで文が途切れています。先があるのでは」
侯爵は書棚に向き直ると、探し始めた。
「で、どうやってお使いに?」
「あの固まりを、イエレミアスの側に置いた。」
「それだけですか?」
「それだけで、固まりは解けるとイエレミアスの体に消えた。」
遺骸をのぞき込む。
傷はすべての血が抜け落ちて、今は固まっていた。
同族で争い血を流すことで、最初の約定が破られた。
そしてシュランゲにおいての虐殺と略奪。
私はそっと嫡子の胸に手を置いた。
すると、冷たい体に力がこもるのが分かった。
確かに、薬は効いたのだ。
書棚を漁る侯爵と羊皮紙に目を落とすサーレルは気がついていない。
「うむ、どうやら、抜け落ちた部分が数枚あったぞ。」
私は嫡子から離れると、羊皮紙をのぞき込んだ。
「このあたりからですね。」
「何と書かれています?」
「蘇らすこと叶わず、いずれ力は消え答えもむなしく土に還る。賢き者は使うべからず。」
そして次の文面からは警告であった。
「これ祟り神の血肉なり。血肉を約定なくして使えば祟りあり」
「確かに、祟ってますね」
気の抜けたサーレルの呟きに、侯爵は肩を竦めた。
「我の血肉で購おう」
問題は、そこではない。
「エリは、その神の血肉を持ったまま誰かに呼ばれて消えました。私は、侯爵の所の玉に呼ばれたものと思っていました。早く迎えに行かねばなりません。エリの居場所を知りたい。何よりも、最初の目的を果たしたいのです。」
「目的とな」
「エリの暮らし、明日も子が何事もなく、迎える暮らし。落ち着く場所を与える事です。これほど大人がいて、未だに何も決まらない。ましてや、今、生きているかも。
侯爵様は死んで償うと申される。ならば、今一度問いかけて頂きたい。貴方の身の内にある神の血肉と同じ物は、今どこにあるかと。」
「答えぬぞ、我は幾度も呼びかけた」
「血肉の在処を問うのです」
その手を冷たい胸へと導いた。
そして、父は子へと問いかけた。




