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冬の狼  作者: CANDY
欺瞞の章
112/355

Act102 羊皮紙

 ACT102


「天罰であろう」


 侯爵はそういうと、氏族の男達に、これからの手順を簡単に説明した。

 撤退しつつ城ごと化け物を燃やすというのだ。


「餌は我だ」


 いっそ楽しげに侯爵は告げると、私とサーレルを促した。


「ついてまいれ」


 氏族の男達は、途方に暮れた目をしていた。

 侯爵は、良い悪いは別にして、アイヒベルガーという一族そのものなのだ。

 その彼が死ぬと言うことは、心のより所を失うと言うことだ。

 絶対的な何かを失うという恐怖は、人を簡単に弱らせる。


 ざわつき動かない彼らに、侯爵は振り返った。


「ライナルトが時間を稼いでいるうちに、すべてを終わらせるのだ。あれを死なせたら、終わる。化け物の思うつぼだぞ。アレは、我が一族を根絶やしにきたのだ。」


 後継者を生かさねば自分たちもすべてを失うと男達も理解していた。彼らは次々に立ち上がった。






 案内されたのは、城の中に水を引き入れている場所であった。

 川の流れがそのまま城の中に引かれており、美しい流れに点々と飛び石が置かれている。

 青白い光に満ちた室内は、美しい大理石の壁に天井には色硝子が填められていた。


 飛び石をつたい、その奥へと進むと、螺旋の階段があった。

 それを上がると小さな扉がある。その扉を潜ると壁にはぎっしりと書物が置かれた部屋だった。

 部屋には丸い窓があり、落ち着いた色合いの家具と絨毯に光を当てていた。

 一見すると蔵書の部屋にも思える。

 だが、奥に据えられた物は、ここを霊廟と示していた。


「ここにおられたのですね」


 奥の光が射す場所に、青年が一人横たわっている。

 その首は無惨にも切り裂かれていた。

 だが、その死に顔は穏やかでさえあった。


「古の約定を今一度確かめた。神の恩恵の一つに反魂なるものがあった」


「何をするつもりだったのです」


「聞きたかったのだ」


「殺した者をですか」


「それもある。だが、これの話を聞きたかったのだ。だが、これは答えなかった。アレを使い、聞いてみたが、答えなかった」



 横たわる姿に近寄った。

 眠っていると見えるほど、そこに朽ちる様子はない。

 だが、朽ちない理由はなんだ?

 魂は、既に、婆様達と共にある。

 では、何故、他の者のように朽ちない?

 短命種なら、砂にはならずに腐る。

 だが、これは腐らない。

 村での蛮行によって皆死んだ。

 多分、イエレミアスを止めようとした。

 グーレゴーアが喉を切り裂き血を。


 血だ。

 彼の血は流れた。

 特別な血だ。


「古の約定に、侯爵の御先祖様はどういう関わりを」


 私の問いに、侯爵は側の書棚から古い羊皮紙を取り出した。


「古語でかかれているが、当時の記録だ。記録といっても、覚え書き程度のものだ」



 古い卓には美しいモザイクが施されている。その上に脆い羊皮紙が広げられた。


 文字は古語で書かれており、独特の波打つ波紋のような象形文字が綴られていた。


「私の曾祖父に仕えていた者が書いた。曾祖父の時代は、丁度この地にアイヒベルガーの氏族が移り住んだ頃になる」


 そして、もう一つ、美しい金箔の装飾された羊皮紙を取り出した。


「これが、当時、シュランゲの祭司と交わした約定だ。」


 土地の大きさ、税の単位、年間の労働による生産物、井戸の位置や、様々な事がかかれている。

 そして最後の数行に、この文面の本意があった。



 血と血を混ぜ、この地に平和と繁栄を誓う。

 この約定は、同じ血を持つ者が争わねば破られること無し、と。



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