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冬の狼  作者: CANDY
欺瞞の章
109/355

Act99 神ではない

 ACT99


 胴体と尾の動きは、まさしく蛇であった。


 ただ、尾は蛇の物にしては鋭く尖っている。

 時折、その尾が地面を叩き、左右に動いて物を壊していた。

 太い胴体から七つもの首が伸びている。

 それぞれに、ゆらゆらと頭をくゆらせ、辺りを見ては鳴いている。

 そうしてゆっくりと腹をくねらせ、街の中へと入り込もうとしていた。


 独特の動きだ。口から何かを吐き出す時の動作に間がある。それならばと距離を取りながら、私達は蟒の後ろに回る事にした。


 街の住人はどうしてるのだろうか。

 出入り口は、川と外郭によって街道沿いかフリュデンへの道の二カ所に絞られている。

 普段なら安全である守りが、これでは逃げ場所をふさがれた囲いである。

 女子供、年寄りに外郭を登って逃げるという事は無理だ。

 たぶん、フリュデン側の門を開放して逃げ出す事になる。

 城は城門を閉じて、戦う事になるのだろうか?



 私達は押し黙ったまま、生焼けの木々を縫うように進む。


 風に乗って、笛と号令が聞こえた。


「領兵が出たのでしょう。攻撃命令の笛です」


「武器が通じますか?」


「急ぎましょう」



 振動で馬が少し興奮し、鼻を鳴らした。

 尾の動く範囲から逸れるように、少し横に回る。

 外郭壁に体を乗り上げた蠎は、鳴き、そして歯むき出しにする。


 前面に歩兵、そしてその後ろから弓兵が矢を射る。

 領兵の装備は、軽歩程度であった。


 射られた矢は、鱗の表面を滑って落ちた。


「威嚇にもなりませんね」


 それでも統率がとれているので、鎌首の位置を確かめては、少しづつ下がっては射るを冷静に繰り返していた。


 それに蠎は動きを止めた。


 痛手を受けたからではない。

 不思議そうに、領兵を見やる。


 それから大きく首を引き。


「吐きますね」


 兵士は一斉に後退し距離をとった。


 今回は炎だった。


 外郭内の建物に火がうつる。

 一端歩兵は後退。

 内郭から重歩兵と多数の大型弩砲が引き出された。


「あれは?」


「槍を射出する据え置き型の兵器です。古い時代の物で単純ですが、硬い敵には威力を発揮します。投石機より狙いもつけやすい」


 槍と言ったが、弩砲に設置された物は、柱の様な、太く鋭い金属だった。


「あれで仕留められないと、厄介ですよ」


「厄介?」


「動きを封じる事ができないで、傷だけ負わせたら、一瞬で決着がつきますよ。兵士達のね」



 固唾を飲んで見守る。


 数台の弩砲は、距離をギリギリまで引きつけて放たれた。


 鈍い金属音と振動。


 数本の槍は地面に尾を縫いつけた。





 そして、予想通り、外郭の西側は火の海になった。


 私とサーレルは、蠎の鳴き声で馬から振り落とされた。

 サーレルは馬を押さえようと手綱を取りに行き、私は、蠎がどうなったのか、痛みを堪えて木の陰から覗いた。



 尾は未だ地面に縫いつけられている。

 体表の他の部位とは違って、そこは比較的鱗が柔らかだった様だ。


 兵士はどうなったろうか。


 炎が渦を巻き、天を焦がしている。

 見えない。

 無事だといいが。


 その炎によって、激しい空気の流れができていた。


 体を捩らせ蠎が暴れている。


 今の内に、この物が出てきた原因を始末しよう。



 始末だね。それはいい。

 原因を殺せば、こいつは自由だ!



「うるさい。戻すだけだ。盗人から、卵を戻す」



 戻したって無理さ。

 これはもう、眠らない。

 古の約定は断たれた。


「賢しらに何も知らないくせに、口を出すな」



 わかるよ。

 ワタシは知識

 ワタシは集める

 ねぇ、聞いてごらんよ

 答えてあげる



「黙れ」



 答えてあげる。

 可哀想な供物の女。

 同じ生け贄を助けたいんだろ?

 だったら、聞くんだよ。

 あれはナーヴェ「黙れ!」





「あれはただの獣だ。人を害する獣に過ぎない。欲をかいた人が呼び込んだ獣だ。聞いているか亡霊め。」


 自分に言い聞かせながら立ち上がる。


「古の約定が反古になるなら、この地の人の前に現れるというのなら、すでに、この世の理の中にある。ならば、何を恐れるか。今、人が負けたとて、槍が通るなら死にもしよう。」


 ぶるぶると震える体を叱咤して、私は足に力を込めた。


「断たれたのなら、エリも自由だ。化け物が自由なら、エリも生け贄ではない」


「生け贄ですか」


 サーレルは馬を宥めたようだ。


「足止めはされたようです。エリの所へいきましょう」


 私は知識を得ると同時に、ボルネフェルトが食い尽くされた理由をも知った。

 私はグリモアに喰われかかっている。

 有用な知識を受け取ると少しずつ私が削られていく。

 そして、喰われて何も残らないのではない。

 新しい何かで埋め尽くされるのだ。

 それは憎しみや怒りといったもので、美しくも優しくもないものだ。

 どんどんと利己的に凝り固まっていく私自身に、幻滅を覚える。


 だが、エリを救うには、グリモアの知識は必要だった。


「エリの行き先で可能性の高いのは、盗まれた卵を持っている者の側です」


「侯爵のところですか?」


「もう一度大回りになりますが、城に向かいましょうか」



 馬上に引き上げてもらいながら、振り返る。

 炎にのたうつ姿は神ではない。

 あれは悪食な獣だ。



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