Act97 血にて誓う
ACT97
「どういうことだ?こんな」
何の痕跡も見あたらない地面を指さして、ライナルトが怒鳴る。
私は自分の荷物を探しに、館に向かい歩き出した。
「何処に行く!」
「もちろんエリを探しにですよ」
噴火山の山鳴りのような音と振動が体を揺らす。
ライナルトは血相を変えた兵士達に囲まれ、連れて行かれた。私を尋問したいのだろうが、今はそれどころではない。トゥーラアモンのアレを兵士も見たのだろう。
「あてはあるのですか?」
「サーレルの旦那、いいですか。アレは人間を喰う」
私は荷物のある部屋に小走りに向かいながら、ついて来たサーレルに耳打ちした。
「アレは一応、シュランゲの呪陣によって理の内にいるはずです。」
「アレとは何です?」
「あぁ、見てないんでしたね。今、トゥーラアモンはシュランゲにいたモノに襲われている」
「もっとわかりやすく言いなさい」
小部屋までたどり着くと、自分の荷物の中から弓と矢筒を取り出だした。
「村には化け物がいたんです。それが盗人を追いかけてトゥーラアモンを襲っている」
「化け物ね、で、エリは何処へ」
「化け物の側でしょう。誰が呼んだにせよ、化け物に働きかけるにはエリが必要です」
「何故です」
「井戸で生きていたのは、偶然ではないと言うことです」
「頭痛がしそうだ。化け物ね」
「シュランゲは、青馬の王、つまり、この地方の祟り神を封じていた祭司の一族なんでしょう」
「青馬は比喩表現の昔話でしょう」
「えぇ、ただし、この地方には、人を喰う神がいた。それを呪によって封じていた。だからこそ、この地の侯爵、青馬候は、彼ら祭司の一族とつき合いがあった。」
バリバリと窓が震える。
「昔話です。実際は、昔の慣習にしたがい貴重な金属、それも物騒な金属を加工する一族を庇護していただけでしょう。」
私が忙しなく支度を整える間、サーレルは窓際に立った。
空に黒煙が見える。
トゥーラアモンの森が燃えているのだ。
「その貴重な金属は、たぶん、その化け物の一部なんです。だから、奥方が外に出ても良かった。ただし、エリやエリの一族はダメだった」
「何故ですか?」
「彼女は特殊な血を持っていた。だから、呪術師の祭司に隠されて育てられた。推論になりますが、彼女の姉や家族も同じように特殊な血を持っていた。短命種の突然変異、先祖返り、そして、たぶん、侯爵と同じ一族です。」
侯爵家の紋章は、毒と病と汚れた神を押さえるという意味だ。
昔々、この血には青馬がいた。
病と争いを呼ぶ神がいた。
領主は、家族を犠牲にし、先住の民は神を見張る役目を負った。
長い年月が、それを全て過去とした。
過去となるはずだったのに、小さな争いが大きくなり、昔々の約束が破られた。
サーレルは振り返ると、準備の整った私を見て首を傾けた。
「トゥーラアモンに行くのですね」
私達は厩に向かった。
「昔話によれば、この地の新しい領主は家族を殺した。解釈を広げれば、この地に来た事による、何らかの犠牲を払ったのです」
絶え間なく空気に奇妙な揺れが走る。
「君の馬では駄目でしょう。私と一緒に乗りなさい」
厩舎の馬達は、怯えと興奮で浮き足立っていた。
その点、軍馬は落ち着いている。
鞍をつける間、私は、自分の装備を確認した。
「で、何が暴れているんです?心構えが必要ですかね」
いつもの調子に、私は手袋に堅く革紐を巻きながら答えた。
「旦那は、竜退治の経験はお有りか?」
サーレルは私の顔を見てから、暫し考えこんだ。
そして、馬を外に引き出した。
「竜ね、竜、..世も末ですね。仕事の選択を間違えましたね。ほんと」
走り回る兵士、隊列を整え、トゥーラアモンに戻るのだろう。
絶え間なく響く地鳴りと咆哮。
私達は馬首をトゥーラアモンに向けた。




