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冬の狼  作者: CANDY
欺瞞の章
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Act92 夜明け

 ACT92


 壁を破壊すると、呪陣は動きを止めた。


 呪の破壊より、展開場所を壊す。場所をより所とする呪陣の弱みだ。


 手抜きともいう。


 数人がかりで罅を得物で叩き壊す。すると、閉じられていた四方の水路が開いた。

 当然、大量の水と共に吸い出される。

 手抜きのお陰で、私達は押し流された。天井に吸い上げられるよりはいい。


 溺れ死ぬかと思ったが。


 それぞれに押し流されて、私は一人、暗い通路にいた。

 誰もいない。

 ただ、濡れて、半ば凍えて歩く。




 力を使わないのか?




 私の中の、ワタシが問う。


 暗闇の中で、歯の根があわないというのに、私は笑った。


「お前は誰だ?」


 ワタシはお前


 それが更に滑稽に感じ笑った。


「違う。ふっ..お前、何故?」


 お前がワタシを拒むから、ワタシがお前であると認めないから。


「そう..か」





 私は両手を体に巻き付けて歩き続けた。

 すると、あのエリの教えてくれた出口とは違う光が見えた。

 薄い灰色の光。

 もう、夜明けなのだろうか?

 私は目を細めながら、先を急いだ。


 私が抜け出してきたのは、フリュデンの用水抗の一つだった。


 一つだけ、良い変化があった。

 水の色が、薄くなっていた。

 這いだし振り返ると、水は濁りが消えて薄い色になっていた。



 良いこと、なれど

 頭の隅で、それがフリュデンに限る。と、付け加えた。



 狭い建物の間の小さな穴で、背の低い立ち木に隠れて通りからは見えない。

 当然、這いだす私の姿も通りからは見えない。

 建物の間から見える空は、薄暗い灰色だ。

 もうすぐ夜が明けるのだろう。

 ともかく、衣服を変えて火に当たらねば凍える。否、もう凍えている。

 凍えた身を何とかしようと、私は近くの建物に忍び込んだ。


 石作りの家は、簡素な建物で容易に出入りできた。


 中の住人は見あたらない。

 机に残る食器にも、乾いた食事の跡があるだけだ。

 建物は三部屋と狭く、水場は外のようだ。小さな戸棚も調べて誰も潜んでいないことを確かめる。それから、出入り口に椅子を立てかけ、扉を塞ぐ。

 気休め程度の守りを固めると、乾いた布地を探した。

 少し黄ばんでいるが、綿の手拭いを二枚借りる。濡れた衣服を全て脱ぐ。

 躊躇っている場合ではない。

 手拭いで体を拭き擦る。震え固まる体を動かす。それから、奥の寝室から布の覆いを持ち出し体に巻き付けた。

 そのまま音を立てないようにして、戸棚を漁る。そうして、漸く目当ての物と覚しき濁った瓶を見つけた。飲めるかどうか怪しいが、においを嗅ぐ。

 腐ってはいないようだ。

 噎せないように少量含む。

 辛い。

 焼け付くような酒だ。これならば、体温も戻る。

 私は更に家捜しを続けた。

 乾燥した固い焼き菓子を見つける。それを匂いを嗅いでからかじる。

 多分、黴びてはいない。

 水の代わりに酒を飲みながら、火を興すことを断念する。

 今、火を使えば、外に気配が漏れる。

 諦めて衣類を拝借することにした。

 それらしき衣装箱を開ける。


 私は少し、ぼんやりとした。

 多分、酒が効いてきたのだろう。震えは止まった。


 この家の主は、女性だったようだ。


 衣類は全て女性の物である。

 人様の物を拝借しておいて何だが、簡素な家にしては、派手な衣服だった。


 私の体型は、子供の物なので、大人の女性が身につけるような物は無理がある。

 仕方がないので、シャツと毛織物を数枚を頭から被り、下は二枚ほど厚手の靴下を履いた。

 シャツは膝下まであるので、毛織物と一緒に胴を帯で縛る。

 もし、ここの家に何かが入ってきても、最低限着込んだので、逃げ出せるだろう。

 私は、寝台の毛布を引き剥がし頭からかぶる。

 そのまま、出入り口と外側が見える部屋に移動すると部屋の隅に座った。

 脱いだ物は椅子や机に広げてある。せめて靴が乾くまでは、この家にいるつもりだ。


 酒瓶を煽りながら、他の者はどうなったかと、人心地ついてやっと思い出した。





 少し、眠ったのか、頭痛で目が覚める。

 酒の所為か凍えたからか。

 誰も、この家の者は現れなかった。

 陽が薄い光を室内に運んでいる。


 静かだ。


 私は、扉に立て掛けてある椅子を動かした。

 そっと外を見る。

 フリュデンは、静かだった。

 通りの石畳に、燃え尽きた松明が転がっているのが昨夜の名残だ。

 頭上には赤い輪などどこにもない。


 私は扉を閉じると、暖炉に火を入れることにした。

 良く乾かして、館へ引き返す傍ら、他の者を探すのだ。


 改めて家捜しをし、食料を探す。

 少し湿気った小麦粉を見つける。塩と油もあった。床下の小さな収納に、瓶に詰められた果実の砂糖漬けを見つける。


 殊更、何も考えないようにしていた。

 家の横に小さな水場があり、そこから井戸水を汲み上げる様だ。

 恐る恐る、水をくみ出す。

 透明な水だ。

 私は水を汲み、家の桶に溜めると体を流した。

 寒かろうが、体を染める毒を落とす事が先だ。

 それから洗える物は全て洗った。

 そして、改めて水を汲むと、食事の支度をした。

 もちろん、たいした料理になるわけもない。

 こねて、焼き、塗る。

 それでも、お湯を沸かして飲めば、やっと目が覚めたような気がした。

 その頃になると、広げていた衣類が乾いてきた。

 革の装備は酷いが、他の物は何とかなりそうだ。

 水で流しただけだが、衣類の赤みは消えていた。

 ただ、靴と外套の毛皮などが使い物にならない。

 靴は履き潰すとして、外套はもう一度着るには酷すぎた。

 乾いた衣類を着直す。

 透明な水を飲み干すと頭痛が薄れた。


 それから、借りていた衣類を洗い、寝具を戻す。食器類を洗い終え、暫く火にあたってから、暖炉を落とした。


 食料を拝借し、無断で寝泊まりしたのを謝りながら外へ出た。

 この家は、レイバンテールの館から大分離れている。出入り口から見れば南側で、住宅地といった感じだろうか?

 見回しても、人の気配が無い。

 火を興していれば、見えるだろう煙もない。

 よく見れば、家の窓が開いていたり、扉が細く開いていたりしている。

 何となく、シュランゲの家々を思い出した。

 つい今し方まで、そこで誰かがいたような気配だけが残り、跡には何もない。

 私はぞっとして、通りを静かに歩き出した。

 身構えて足を進ませながら、誰とも会わない事が、不安だった。



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