向けられる悪意
午後——。
ブラック寮での説明を終えたルカたちは、学園へ向かうことになった。
寮から学園までは、徒歩で少し距離がある。
石畳の道を歩きながら、アクアが軽く伸びをする。
「いやー、ついにって感じだね」
「……うん」
ルカは短く答える。
サラは周囲を見渡しながら、小さく息を呑んだ。
遠くに見えるのは、巨大な学園の建物。
荘厳で、どこか圧迫感のあるその姿は、これから始まる日々を象徴しているようだった。
⸻
やがて学園に到着し、案内に従って教室へ向かう。
扉にははっきりと刻まれていた。
——1年1組
「ここだね」
アクアが扉を開ける。
中にはすでに何人かの生徒が集まっていた。
ルカたちが入った瞬間——
ざわっ……
空気が揺れた。
視線が、一斉に向けられる。
小さな声があちこちで囁かれる。
「……ブラックだ」
「なんで同じクラスに……」
「最悪なんだけど」
直接的な言葉ではない。
だが、はっきりとした拒絶の空気。
ルカはその視線を感じながら、自分の席を探した。
席には名前が記されている。
三人とも同じ列に近い位置だった。
「ここだね」
サラが小さく言い、席に座る。
ルカも静かに腰を下ろした。
——胸の奥が、少しだけ重い。
「気にしなくていいよ」
隣でアクアが軽く笑った。
「どうせすぐ見返すんだからさ」
その言葉に、ルカは少しだけ肩の力を抜いた。
⸻
しばらくして、教室の扉が開く。
重い足音。
入ってきたのは——
色黒で、がたいのいい男だった。
どこか無骨で、ぶっきらぼうな雰囲気。
教壇に立つと、周囲を一瞥する。
「……静かにしろ」
その一言で、教室が一瞬で静まり返る。
「お前らの担任をやることになった——アルク・フェゴールだ」
淡々とした声。
「よろしく」
それだけ。
誰も軽口を挟める空気ではなかった。
「——明日、魔法実技試験を行う」
ざわっ、と空気が揺れる。
「各々、準備してこい」
それだけ言うと、あっさりと話を切る。
「以上だ」
そして一拍。
「入学式は大講堂で行う。各自移動しろ」
それだけ告げると、教壇を離れた。
⸻
教室が一気にざわつく。
「いきなり試験ってマジかよ……」
「聞いてないんだけど……」
そんな声が飛び交う中——
ルカたちも立ち上がろうとした、その時。
「おい」
低く、しかしはっきりとした声。
ルカは振り返る。
そこに立っていたのは——
一目で分かる存在感。
大柄な体格で威圧感のある表情。
その隣には、静かに控える執事のような男。
ゆっくりと歩み寄ってくる。
「俺様は——レッドクラスの」
胸を張り、名乗る。
「エドワード・ダグラス様だ」
その言葉には、絶対的な自信と傲慢さが滲んでいた。
「ダグラス侯爵家の次男様だ」
教室の空気が変わる。
周囲の生徒たちが一歩引く。
——“貴族”。
その言葉が、場を支配する。
エドワードはルカたちを見下ろしながら、鼻で笑った。
「お前たちのような——ブラックの落ちこぼれが」
「同じクラスにいるのは迷惑なんだよ」
その言葉は、はっきりとした侮蔑だった。
アクアの表情が一瞬で変わる。
だが、ルカは何も言わない。
ただ静かに見返す。
エドワードは続ける。
「俺様の名誉に傷をつけるような真似をしたら——
タダじゃ置かないからな」
脅しではなく、“当然の事実”のように言い放つ。
しばらくの沈黙。
「……終わり?」
アクアが、軽く笑った。
その一言で、空気が揺れる。
エドワードの眉がわずかに動いた。
「僕たち、急いでるんだけど」
「入学式、遅れたら困るでしょ?」
軽い口調。
だが、その奥にあるのは——明確な拒絶。
エドワードは一瞬だけ睨みつける。
だが、すぐに鼻で笑った。
「……せいぜい、恥をかかないようにするんだな」
そう言い残し、踵を返す。
執事も静かに後に続いた。
⸻
残された空気の中で。
ルカは小さく息を吐いた。
「……すごいな」
「でしょ?」
アクアが肩をすくめる。
「でもさ」
少しだけ真剣な目で言う。
「こういうの、絶対いると思ってた」
サラも静かに頷く。
「……うん」
ルカは前を見た。
——ここは、そういう場所だ。
選ばれた者たちの中でも、
さらに“選別”される場所。
ブラッククラスというだけで、見下される。
でも——
それでも。
「……行こう」
ルカの一言に、二人は頷いた。
三人はそのまま、大講堂へ向かって歩き出す。
⸻
入学式。
そして、その先に待つ試験。
——物語は、確実に動き始めていた。




