対人訓練
1年1組の教室には、重たい疲労感が漂っていた。
アルクによる試験結果の説明が終わったあとも、授業は容赦なく続いた。魔法理論、属性相性、魔力循環学、戦闘時の判断論。入学したばかりの一年生たちには難解な内容ばかりで、皆ノートを取る手も徐々に鈍くなっていく。
ルカは机に頬杖をつきながら小さく息を吐いた。
「……さすがに疲れたな」
「ルカ、顔死んでるぞ〜?」
隣でアクアがくすくす笑う。だが彼自身も机に突っ伏しかけており、かなり限界そうだった。
後方ではサラが無言で窓の外を眺めている。彼女の周囲だけ未だに妙な緊張感が残っており、近くの席の生徒たちはどこか距離を取っていた。
――あの暴走。
誰もが脳裏に焼き付いて離れないのだろう。
そしてようやく昼休み。
食堂へ向かった一年生たちは、そこでようやく張り詰めていた空気を少し緩め始めていた。
巨大な食堂には多くの生徒が集まり、賑やかな声と食器の音が響いている。
ルカ、アクア、サラの三人が席についていると、不意に一人の少年が近づいてきた。
「隣、失礼しますね」
柔らかな声と共に現れたのは、学級委員のルーク・デイビッドだった。
黒髪に眼鏡で整った顔立ち。真面目そうな雰囲気を纏う彼は、どこか緊張した様子でルカたちを見る。
「あなたたちの魔法、本当に素晴らしかったです」
ルークは真っ直ぐな瞳でそう言った。
「特にルカさんとアクアさんの連携……あれだけ魔力を扱えるなんて、正直驚きました」
「えへへ……そうかな?」
アクアが照れたように頭をかく。
だがルークは少し視線を落とした。
「僕は逆でした。威力不足を指摘されて、実技試験の評価もあまり良くなくて……」
その声音には悔しさが滲んでいた。
「課題が沢山見つかりました。もっと強くならないと、皆をまとめる学級委員なんて務まりませんから」
真面目すぎるほど真面目な言葉に、ルカは思わず苦笑する。
「でも、ちゃんと周り見えてるじゃん。そういうのって結構すごいと思うけど」
ルークは一瞬驚いたように目を瞬かせ、やがて少しだけ笑った。
「……ありがとうございます」
そのやり取りをきっかけに、周囲のクラスメートたちも少しずつルカたちへ話しかけ始めた。
「お前の夜魔法、すげぇよな!」
「アクアの重力魔法もめちゃくちゃ強かったよ」
「ルカって意外と話しやすいんだな」
最初は恐る恐るだった生徒たちも、次第に打ち解けていく。
ただ――。
サラの周囲だけは違った。
話しかける者はいても、どこか怯えたような空気が混じる。
「あ……えっと、その……すごかった、です……」
「……ありがと」
サラは短く答えるだけだった。
だが、それでも以前よりは確実に変化していた。
彼女へ話しかけようとする者が少しずつ増えている。
サラ自身も拒絶はしない。
ほんの少しだけ、クラスの空気が変わり始めていた。
――その様子を。
食堂の奥で腕を組みながら、鋭く睨みつけている男がいた。
エドワード・ダグラス。
「……チッ」
露骨な舌打ち。
周囲の取り巻きたちも空気を察して黙り込む。
エドワードの視線は、ルカたちへ向けられていた。
気に入らない。
入学早々、注目を集める存在。
自分より目立つ連中。
そして――自分が見下していたはずの者たちが、クラスの中心になり始めていることが。
その苛立ちを隠すことなく、エドワードは冷たい目を細めた。
そして午後。
次の授業は――魔法対人実践訓練。
訓練場へ集められた生徒たちの前で、アルクが腕を組みながら告げる。
「今日はペアを組んで模擬戦を行う」
その言葉に、教室内の空気が一気にざわついた。
「対人戦だって……!」
「いきなりかよ……!」
「誰と組むんだ?」
緊張と期待が入り混じる中、生徒たちは次々とペアを決めていく。
だが――。
「……」
サラの周囲だけ、誰も近づかなかった。
皆、視線を逸らしている。
あの暴走を見た直後だ。無理もない。
するとアルクが小さくため息をついた。
「サラ、お前はアクアと組め」
「え、俺!?」
突然名前を呼ばれたアクアが目を丸くする。
だがサラは静かに頷いた。
「……よろしく」
「お、おう! こちらこそ!」
アクアは少し緊張しながらも笑顔を向ける。
一方で。
「ルカ、お前は俺とやる」
「……はい?」
ルカは思わず間抜けな声を漏らした。
周囲がざわつく。
「アルク先生と!?」
「いきなりハードすぎないか!?」
アルクは不敵に笑った。
「お前の力を見ておきたい。遠慮はするな」
「いや絶対無理だろ……」
ルカは頭を抱える。
そんな中、別の場所では。
「……よろしくお願いします…」
おどおどとした小柄な少年が、小さな声を出していた。
ミカイル・アーヴィング。
影魔法を扱う、気弱そうな少年。
その相手として立っていたのは――エドワードだった。
「はっ……よりによってこんな陰気な奴とかよ」
エドワードは露骨に不機嫌そうな顔を浮かべる。
ミカイルはびくりと肩を震わせ、小さく頭を下げた。
「ご、ごめんなさい……」
「謝ってんじゃねぇよ」
吐き捨てるような声音。
その瞬間、ルカは眉をひそめた。
対照的なペアたち。
不穏な空気を孕みながら――。
1年1組、初めての対人実践訓練が幕を開けようとしていた。




