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ルカ・マーフィーは夜魔法の継承者  作者: 如月


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サラの暴走

翌朝——


まだ朝靄の残る訓練場には、張り詰めた空気が漂っていた。昨日途中で中断された実施試験の続きを行うため、1組の生徒たちが一堂に集められている。


その中央には、静かに佇むアルク先生の姿。


「昨日の続きだ。順番に来い」


短く、しかし圧のある一言。


生徒たちは緊張した面持ちで前に出ては、それぞれの魔法を放つ。炎、風、雷——多彩な攻撃がアルクへと向けられるが、そのすべてが軽くいなされていく。


直撃すら叶わない。


決定打など、影すら見えなかった。


「次」


淡々と進む試験。焦りと悔しさが、場の空気を重くしていく。


そして——


「サラ、お前の番だ」


その名が呼ばれた瞬間、周囲がざわめいた。


「ブラックのサラか…」

「アクアとルカがあれだけやった後だぞ…」

「どれくらい強いんだ…?」


期待と緊張が入り混じる中、サラは静かに前へと歩み出る。


表情は落ち着いているように見えたが、その瞳の奥にはわずかな揺らぎがあった。


ゆっくりと杖を掲げる。


「——ウォータースラッシュ」


放たれた水刃は、一撃では終わらなかった。


二発、三発——いや、それ以上。


連弾。


鋭く研ぎ澄まされた水の刃が、途切れることなくアルクへと襲いかかる。


「……ほう」


アルクがわずかに感心したように呟く。


命中こそしない。しかし、その連続性と精度は明らかに他の生徒とは一線を画していた。


だが——


そのとき、異変が起きる。


(……え?)


サラ自身が、最初に気づいた。


体内の魔力が、異常なほど膨れ上がっている。


止まらない。


制御しようとしても、流れが言うことを聞かない。


「っ……!」


それでもサラは、無理やり魔法を紡ぐ。


「——大津波グランド・ウェーブ!!」


上級魔法。


本来であれば、ここまでの魔力は必要ない。


だが今——


放たれたそれは、明らかに“異常”だった。


轟音とともに、巨大な水の奔流が出現する。


ただの津波ではない。


暴れ狂うようにうねり、膨張し、制御を失ったそれは——まるで災害そのものだった。


「なっ……!?」


周囲の生徒たちの顔が一斉に青ざめる。


「避けろ!!」


誰かの叫び。


だが、遅い。


「や、やだ……止まって……!」


サラは必死に抑え込もうとするが、魔力は完全に暴走していた。


恐怖で手が震え、呼吸が乱れる。


パニック。


その隙を逃さず、アルクは動く。


「——そこまでだ」


一瞬で距離を詰め、サラのもとへ向かう。


だが——


「くっ……!」


視線の先には、逃げ遅れた生徒たち。


全員は間に合わない。


その瞬間——


「——星空結界」


静かな声が響いた。


ルカだった。


淡く輝く光が広がり、まるで夜空のような結界が生徒たちを包み込む。


次の瞬間、津波が激突する。


轟音。


衝撃。


だが——結界は、びくともしない。


「全員、そこから動くな!!」


ルカの声が響く。


その背後で、もう一人が動いていた。


「……全部、飲み込む」


アクア。


その目は、昨日とは違う鋭さを帯びている。


手をかざし、静かに呟く。


「——ブラックフォール」


空間が歪む。


黒い穴のようなものが出現し、荒れ狂う水流を次々と吸い込んでいく。


飲み込む。


削る。


消し去る。


やがて——あれほどの津波が、跡形もなく消えた。


静寂。


残ったのは、荒れた地面と——震える生徒たち。


その中心で、サラは膝から崩れ落ちていた。


「……あ……」


視点が定まらない。


呼吸も乱れたまま。


そこへ、アルクが静かに手をかざす。


「落ち着け」


流し込まれた魔力が、暴走していた力を強制的に抑え込む。


サラの体から、力が抜けた。


そのまま——その場に座り込む。


放心。


何も言えず、ただ震えていた。


周囲では、泣き出す者、怯えて動けない者、呆然と立ち尽くす者——混乱が広がっていた。


さっきまでの試験の空気は、もうどこにもない。


ただ一つ確かなのは——


これは、ただの“実技試験”では済まない出来事だったということだった


サラは、そのまま数人の教師に支えられながら、静かに保健室へと運ばれていった。

意識はあるものの、焦点の合わない瞳は何も映していないようで、ただ力なく揺れているだけだった。


取り残された訓練場には、重苦しい沈黙が落ちる。


「……本日の試験は中止だ」


アルクの低い声が、場を引き締めた。


誰も反論する者はいない。ただ、その言葉を受け入れるしかなかった。


「全員、教室へ戻る」


促されるまま、1組の生徒たちはゆっくりと歩き出す。

先ほどまでの緊張や高揚は消え失せ、代わりに胸の奥に残るのは、恐怖と無力感だった。


——教室。


席に着いても、誰一人として口を開こうとはしなかった。

机に視線を落とす者。手を震わせたまま固まる者。遠くを見つめる者。


その空気の中で、アルクは教壇に立つ。


しばしの沈黙のあと、ゆっくりと口を開いた。


「……お前らは、まだ一年。入学したばかりの“ひよっこ”だ」


静かだが、鋭い声だった。


「自分の魔力すら、まともに扱えない者も多い。制御もできない。今のままでは——ただの未熟者だ」


その言葉は、容赦なく胸に突き刺さる。


誰も顔を上げられない。


「だが、それで終わるつもりはない」


アルクの視線が、教室全体を見渡す。


「これから、お前ら一人一人に課題を与える」


淡々と、しかし確かな重みを持って続ける。


「自分の弱さと向き合え。逃げるな」


短い言葉だった。


だが、その一言には、逃げ場のない覚悟を突きつける力があった。


「……以上だ」


それだけ言い残し、アルクは踵を返す。


教室の扉が開き、静かに閉じられる音が響いた。


——残されたのは、沈黙。


誰一人として言葉を発さない。


サラの暴走、あの圧倒的な津波、そして自分たちの無力さ。


それぞれが、それぞれの形で受け止めていた。


拳を握りしめる者。

唇を噛み締める者。

ただ俯いたまま動けない者。


誰もが——考えていた。


自分は、このままでいいのか、と。


静まり返った教室の中で、確かに何かが変わり始めていた。

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