アクアの過去と葛藤
実技テストは一時中断となった。
演習場から教室へ戻る途中も、教室に入ってからも――
1年1組の話題は、ただ一つだった。
「……見たか、さっきの」
「いや、あれ1年の魔法じゃないだろ……」
「空が夜になったぞ……?」
興奮と困惑が入り混じった声が飛び交う。
中には、まだ現実を受け止めきれていない者もいる。
「ブラックって……あんなのなのかよ……」
誰もが落ち着かない様子だった。
エドワード・ダグラスでさえ例外ではない。
いつものように悪態をつくこともなく、無言のまま席に座り込んでいた。
その表情には、わずかな苛立ちと――認めたくない“差”が滲んでいた。
一方で――
アクアは、保健室にルカを預けたあと、一人で教室へ向かっていた。
廊下を歩く足取りは、ゆっくりと重い。
(……すごかった)
ルカの魔法。
あの星の光。
あの圧倒的な力。
目を閉じると、今でも鮮明に浮かぶ。
(でも……)
胸の奥が、ざわつく。
(あんな力……もし、暴走したら……)
無意識に、手を握りしめていた。
(……その時、俺は――)
守れるのか。
止められるのか。
――ルカを。
足が止まる。
静かな廊下に、自分の呼吸だけが響く。
そのとき、不意に記憶がよみがえった。
幼い日のこと。
まだ何もかもが、今よりずっと小さかった頃――
アクアは、両親を事故で亡くした。
突然の別れ。
理解も追いつかないまま、世界が崩れた。
それからは祖父母に引き取られたが、心の中の空白は埋まらなかった。
そして――
魔力が、暴走した。
制御できない重力。
周囲のものが浮き、砕け、壊れていく。
家の中も、庭も、何もかも。
「やめて……やめて……!」
止めようとしても、止まらない。
恐怖と混乱で、自分自身すら制御できなかった。
そのとき。
ルカの両親が駆けつけてくれた。
強引に、しかし優しく――魔力を抑え込んでくれた。
崩れかけた世界が、ようやく静まる。
でも。
一番、覚えているのは――
「大丈夫だ……大丈夫だから……!」
泣きながら、必死に抱きしめてくれたルカのことだった。
自分の暴走した魔力にさらされながらも、離れなかった。
震えながら、それでも腕を緩めなかった。
その温もりだけが、確かに残っている。
あのとき。
初めて、呼吸ができた。
初めて、“戻ってこれた”。
(……ルカが、助けてくれた)
それからだ。
ルカは、ただの幼なじみじゃなくなった。
自分にとって――
何よりも大切な存在になった。
(……だから)
アクアはゆっくりと目を開く。
(今度は、俺の番だ)
さっきの光景が、胸に蘇る。
あの圧倒的な力。
届かないかもしれない背中。
(……でも)
わずかに、唇を噛む。
(遠くに行ってしまいそうで……怖い)
正直な気持ちだった。
けれど――
それ以上に。
(それでも、支える)
決意が、静かに固まっていく。
(何があっても……俺が支える)
守るだけじゃない。
隣に立てるように。
並べるように。
必要なら――止められるように。
アクアは顔を上げた。
その瞳に、もう迷いはなかった。
(……強くなる)
一つの決意が、胸に刻まれる。
静かな廊下の先へ――
彼は、まっすぐに歩き出した。




