【2】つくづく都合のいい舞台
そこはいつものように中世のような街並だった。もちろん史実に沿った世界ではなく、魔法とか強さのレベルという概念があり、明らかにゲームの設定が混じった安っぽい舞台だった。文明の遅れた愚民を現代社会の落ちこぼれが啓蒙するのに都合がいいからだろう。
今日も古いアパートには一人きりだ。いつものマットレスを蹴飛ばし、眠る前に斜め読みした小説の世界に恢復は入り込んでいた。
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宿屋では冒険者の男女のパーティが酒を手に盛り上がっていた。
「わたしたちのパーティも強くなったわね」
「レベルは150。向かうところ敵なしだ」
「宿は無料。武器や防具を安く売ってくれる。どの町でも歓迎してくれるわ」
「このまま俺たちは魔王を打倒して、富と名声を手に入れるぞ」
パーティの男女が乾杯で調子に乗った。
しかしその視線が隅っこにいる、瘦身の魔法使いに向いた。
侮蔑の視線だ。
「最強の俺たちの中で、一人だけ場違いな奴がいる」
骸骨のような体で魔法使いは、おどおど俯いた。
「攻撃力もない。防御力もない。強力な呪文が使えるわけではない」
「そういうのを何て言うか知ってる?」
役立たず。
「それは酷いだろ。穀潰しって言ってやれよ」
パーティは爆笑だ。
「そんな。俺はみんなのために働いてきたのに」
一人だけまるでレベルが上がらない男を認める者はいない。
「というわけでお前には出て行ってもらう」
「これは退職金がわりだ」
金貨十枚で魔法使いはクビになった。
「くそう。どうして俺が。どうして俺が」
魔法使いは恨みながら去っていった。
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冒険者一行に新しい仲間が入った。凄腕の魔法使いという触れ込みだった。
しかし戦闘を重ねるにつれパーティの顔が曇ってゆく。
「なんか強い敵ばかりに遭遇してないか」
「前なら簡単に倒せたモンスターなのに今は逃げるしかない」
「こんな苦戦は初めてよ」
夜闇の草原で、焚火を囲む男女のパーティは疲労困憊していた。
「いったいどうして」
炎に照らされるのは新入りの凄腕魔法使いだった。
パーティは疑念をぶつけてきた。
「あのさあ。強敵を避ける魔法とか使えないの?」
「弱くて経験値の多い敵を見抜くのなんて当たり前でしょ」
「戦闘のときに弱点を探すくらい出来るよな」
しかし魔法使いはおどおどするばかりだ。
「そんなこと普通の魔法使いに無理だよ」
当然と思っていたのに、驚く一行。
「魔法はものすごく精神力を使うんだ。一か所に留まって何時間も瞑想しないと実力を発揮できない。ましてや戦闘中に弱点を察知なんて。そんなの超人でも不可能だ」
「……だったら、いままでうまくいっていたのは」
全員が青い顔をする。
「あいつは、もしかして」
常に強敵を避けながら経験値の高い『おいしい』敵を探し、パーティのレベルアップに貢献していたのは誰だったのかといまさら気がついた。
絶望のパーティが周囲の異様な気配に気づいた。
いつの間にか夜闇をモンスターたちが取り囲んでいた。
炎に照らされるのは今のレベルでは勝てるはずのない化物ばかりだ。
「こんなことって」
奴らは牙をむきパーティに襲い掛かってきたのだ。慌てて彼らは逃げ出した。
周囲でそれを観戦する連中――数万人の読者が歓喜に沸いた。
「いままであいつを蔑ろにしてきた罰だ」
「見る目のなさを思い知れ」
「全滅しろ」
パーティには聞こえない野次と同時にモンスターが襲い掛かる。
真っ先に魔法使いが牙に体を貫かれた。
凄惨な光景に顔面蒼白になる。
「助けて。助けて」
「やかましい。足手まといだ」
足の遅い女二人が縋りつくのを男のパーティが足蹴にする。
「お前が囮だ」
男二人が見捨てると、パーティの女二人が追いつかれたちまち餌食になった。
絶叫とともに惨殺される女たち。その死にざまに溜飲を下し精神的に絶頂を迎える読者があとを絶たなかった。おぞましい光景に恢復は驚愕した。
なろう小説では女は男たちの都合のいい道具でしかなかった。従順で我欲を捨て、ときには命がけで男を守る存在。ただ文章の通りに行動するだけの人形だった。
ストーリーや人気取りのためだけに、どんな恥辱も受け入れることは、それを望む読者を含め品位を貶めることだと恢復はかねてからSNSで指摘していた。もちろん底辺の読者はそんな考えを袋叩きにしていた。
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辛うじて町にたどり着く男たち。ハリボテの壁だけの宿屋でランプの下、ここまで来たらもう安全だと酒を煽った。
「女なんかいくらでも補充出来る」
「俺たちは最強だからな」
そう粋がる男たちの部屋のドアが開いた。驚き剣を抜く男たち。
するとかつてクビにしたあの魔法使いがニヤニヤしながら部屋に入ってきた。
数万人の読者が、壁のような夜空に突き出した踊り場でその様子を鑑賞する。
まるでここは劇場だった。
「お前がいないばかりに俺たちが死にそうになった」
「どうしてくれる」
襟首を掴まれる元パーティの魔法使い。しかしそいつは平然と言い放った。
「さあ。俺はパーティをクビになったから、もう関係ないな」
「なんだと」
「行けよ。お前が行ってあの化物を倒して来い」
「それが人にものを頼む態度か」
クスクス笑うと、そいつは指一本で二人を弾き飛ばした。
見えない力で壁に叩きつけられ苦しみ倒れる男たち。
「お前のどこにこんな力が」
驚く二人が見上げるのは、枝のような体でありながら別人のように不敵なそいつだった。
「お前らのような泡沫の冒険者には解らないだろう。俺は伝説の勇者に実力を認められ、そのパーティで活躍している。一流の勇者は俺の能力を最大限に活かして、すぐにレベルはカンストしたよ」
「お前のような役立たずが」
「信じられない! どんなチートを使った」
「一か月前に廃墟の城のドラゴンを倒したのは、俺と勇者のパーティだと言えば?」
「まさか」
男たちが驚きの声を上げる。痛む体でどうにか上半身だけ起き上がるが、圧倒的な実力で見下すそいつがいて二人は震えた。
そいつは魔法の力を集めた掌を向けた。
「身代わりにされた女は生き返らせて俺の奴隷にしてやる」
反撃する間もなく、男たちは腕を足を体を切り刻まれる。情けない悲鳴を上げる二人をそいつは笑った。そして部屋には血塗れの肉片が積み上げられた。
オープンセットのような宿屋のすぐ外は、さっきの草原だった。
無残に死んだ女性たちを強力な魔法で生前の姿に蘇生させてゆく。
一糸纏わぬ女性が恐ろしい死の記憶から泣き崩れる。命を救ってくれたそいつに何度も土下座する。今までの償いにと、この心も体も全てそいつに捧げると誓う。そいつがいやらしい笑みを浮かべると読者が歓喜に包まれた。
そいつと同じ姿にコスプレした読者は、女性のもとに我も我もと突撃した。欲望の言いなりになる女性が読者の数だけその姿を増やし、この世界の熱狂は頂点に達した。
「そこまでだ」
自らの服を脱ぎ始めた読者を恫喝する声が響き渡った。
折れそうなほど細い剣を下向きに構えるのは、戦士の姿をした恢復だった。




