プロローグ
突然吹き抜けた風に身体が浮き上がる感覚がした。
次の瞬間、いきなり眩しい光に覆われた空間に放り出された感じがした。
それを感じた次の瞬間アリサは知らない場所にいた。
身体に感覚も何だかはっきりとしない。ふわふわした気持ちのままいきなり声が飛び込んで来た。
「「「おおー!!成功だ!遂に聖女様が!これは女神アフロデア様の祝福に違いない!!おおー!」」」
たくさんの人のどよめきがアリサの耳孔に響く。
目の前にはお話の中でしか知らない中世の聖職者のような衣装や貴族のような衣装を身に纏った外国人の風貌をした男達がいる。
白く艶やかな円柱。高い天井にキラキラのシャンデリア。床は多分大理石だと思われ何かの写真で見た事のあるような神殿のような場所だった。
頭がぼんやりとしてこれが夢なのかどうかもわからないままアリサはその人達を見ていた。
(私‥ここはどこ?やだ、これって夢だよね?でも、それにしてはやけに現実的って言うか‥そう言えば、虎太郎は?あれ?確かさっきまで一緒にいたはずなのに‥)
「アリサ?あの、俺分かる?」
いきなりすぐそばで茶トラの髪色で頭の上に耳のある男が声をかけて来た。おまけに裸で後ろには尻尾がばっさばっさと揺れている。
視線が股間に‥
「きゃー変態!!あなた?誰よぉ」
「あ〝どへっ!まずっ。ちょ!誰か」
男の尻尾が股間に巻き付く。
彼は誰かが差し出した大きな布を慌てて体に巻き付けた。
「すまん。それより‥ああ、そっか。だよな。やっぱりそうだよな」
ひとりごとを呟き納得したように首を何度も振った。
アリサは恐る恐る尋ねる。
「あの‥ところであなたは誰?」
「ああ、そうだった。すまん。どうやらアリサは俺のいた世界に来たみたいなんだ。あっ、俺はこの世界ではアンドリューって言うんだけど元捨て猫の虎太郎だって言えばわかるか?アリサが公園で拾った猫。分かるよな?」
(そんな事言われても‥エメラルドの瞳、人懐っこそうな顔。とは言っても物凄く整った顔で間近で見るのも照れるくらいなんだけど。
そんな男がいきなり飼っていた猫だと言われたって。確かに三ヶ月前の雨の日に捨てられていた猫を拾ったのは事実だけど。でも、あれは確かに猫だったはず‥それが今は人間のような姿で喋っているなんてあり得ないでしょ!)
「はっ?虎太郎ってあの猫があなただって言うの?うそ!そんなの嘘よ!」
「いや、いいかよく聞いてくれ。ここはアリサの住んでいた日本じゃなくてガルシア国って言う国なんだ。住んでいるのは主に獣人で、俺みたいな虎獣人や獅子獣人。馬や羊、鷲にうさぎ獣人なんかもいて、もちろん人族もいる」
「じゃ、ここは日本じゃなくて全くの別の世界って事?」
「ああ、俺は三ヶ月前召喚術の途中の事故で日本って言う国に転移したんだ。で、気付いたら俺は猫になっていた。それがどうしてかまたここに戻って来れた。きっとアリサを召喚したせいで戻って来れたんだと思う。おかげで身体も元に戻った。でも、アリサがここに来たってことは多分アリサが聖女だからだ。どうしてかってこれは聖女を呼ぶ為の召喚術だからだ。俺はたまたまアリサと一緒にいたから帰れたんだと思う。そう言う事なら俺って結構運がいいのかもな。だってそうだろう。元々アリサが聖女でこの国に来る予定だったって事で、そのアリサが俺を拾ってくれたから俺はこの国に戻って来られた。じゃなきゃ、俺はまだ日本にいたままだったはず。だろ?」
嬉しそうに話す虎太郎は何だか猫の時のような気やすさだが、そんな事信じれるはずもない。
「そんなの、きっと違うわよ。私はただ虎太郎の、ううん、アンドリューの転移に巻き込まれただけよ。ねぇ、悪いけど帰れるよね?」
「いや、それはどうかな。召喚術は滅多に使われないし、俺がガルシアに戻れたのだって奇跡みたいなものだから‥」
どうやら何かの事情でアンドリューは日本に転移していたらしい。そして召喚術でアリサはこの国に召喚された。一緒にアンドリューもいたから二人共転移した。そう言う事らしいのだが、そんなの信じれる訳もなく。
それに自分が聖女だと言われても信じられるはずもない。
「おい、いつまでぶつぶつ言ってるんだ。アンドリューはお前どうやってここに帰って来れたんだ?いや、今はアンドリューの事より、聖女様ようこそガルシア国に。私はこの国の王太子のレオンハーク・ガルシアと言う。いきなりあなたを呼び出した事をお許し頂きたい」
眩いほどの金髪と濃い青色の瞳の男性がアリサの前に跪き頭を垂れた。恐ろしいほど美しい顔をした男性で彼にも頭の上に三角に耳がある。そして髪は獅子のように長い金色の髪が背中の方にまで流れていてアンドリューと同じように尻尾があった。
「あ、あなたも虎獣人ですか?」
「いえ、私は純粋な獅子獣人です。この国の王族は獅子が多いのです。あなたの国にはこのような容姿の獣人はいないと言う事ですか?」
「殿下、日本という国には人間しかいません。だからアリサは驚いているんだと思います」
アンドリューが説明をする。
「そうか、聖女様、驚かせたようで申し訳ない」
アリサはガルシア国と言う国に来て、この国には色々な獣人がいて獅子獣人が王族に多い事までは理解した。
「いえ、でも、ちょっと待って。聖女って言われても‥きっと、何かの間違いです。きっと私はここにいる。ほら、虎太郎。いえ、アンドリューに巻き込まれてここに来たんです。だから」
アリサは顔を引き攣らせて思わずアンドリューを指差した。
だが、レオンハークは顔色ひとつ変える事なく至極冷静に言った。
「戸惑われるのはよく分かります。ですが、我々が行ったのは聖女の召喚術です。あなたは聖女様だと言う事は間違いありません!」
「でも、そんな事信じれません」
「まあ、それは無理もない事。ですが今はあなたを保護する義務があります。幸い、あなたのそばにいるアンドリューは私の異母弟です。あなたが良ければ彼をあなたの護衛としてそばに置くことにしましょう。さあ、一緒に王宮に行きましょう。転移でお疲れでしょう。すぐに休めるように手配しますのでご安心下さい」
「いえ、そんなの困ります。私、日本に帰りたいんです」
「あなたのお気持ちは分かりますが、帰ることはかなり難しいのです。どうか、このままガルシア国に滞在して力を貸して頂きたい。お願いします聖女様」
レオンハーク殿下が困った顔をしてまた頭を下げた。
「聖女様、私は大神官のシャルマートと言います。聖女様のご不安は理解いたします。ですが、王太子であるレオンハーク殿下もここまで言われているのです。どうか安心して我が国で過ごして頂きますようお願い申し上げます」
白い長衣を着た銀色の髪に髭の年配の男性までもが頭を下げた。
「「「聖女様、どうかご安心下さい。我々はあなたを歓迎しています」」」
さらにその後ろに控えていた神官を思われる人達までアリサに頭を下げた。
流石にアリサも恐縮した。
「わ、分かりました皆さん。取り敢えず一緒に行きますから。でも、聖女だって言うのはきっと間違いだと思いますよ。多分‥」
西野アリサ、25歳。商社の総務で働いていて万年多忙な仕事。両親は他界していて天喜孤独の独り身。恋人とは数ヶ月前に別れた。
着ている服はパーカーとジーンズ、そしてスニーカー。
とんでもない世界に迷い込んだ。
私が聖女だなんて。これってまるでラノベの世界じゃない。こんなの絶対夢に決まってるわよ!絶対そうに決まっている。
アリサは心の中でそう呟いた。




