第15話:思いがけない再会
(あともう少しで会える、この部屋の扉を開ければ、そこに直秀がいる――)
再び会える喜びに鼓動が早まり、だが居ないのではと不安が押し寄せて心が落ち着かない。
手あたり次第扉を開けるが、誰もいない空室が続いた。
「どこにるの、直秀!」
大声を張り上げながら扉を開けた。そこに――
「……文月?」
驚いた顔をしている老婦人と目が合う。
「おぉ……、あ、彬子お嬢様!」
「文月なのね…」
一瞬で涙が浮かび、鼻が詰まった。
「文月!」
彬子は駆け寄り、2人は抱き合った。
「文月、文月」
名前を口走りながら、涙が途切れることなく流れていく。ふくよかな文月の身体を、ギュッと抱きしめた。
8年ぶりの文月の身体は、少し小さくなっただろうか。
無言で労わってくれる、優しく背中を叩くふっくらした手。乳母として育ててくれた安らげる温もり。
変わらぬ文月の心が感じられて、嬉しかった。
しばし甘えた後、彬子は文月から身体を離した。
「立派になられましたね。こんなにハツラツとした職業婦人におなりになって……。さぞ、ご苦労なさったことでございましょう」
「色々な方々に支えていただいて、何とかここまで成長出来たわ。――それより、直秀はどこへ行ったの?」
文月が片づけているのは、恐らく直秀が食べていたものだろう。それに目をやり、彬子は文月の肩を掴む手に力を込めた。
「赤坂の本宅へ、有島さんがお連れになりました」
「……本宅」
8年前に追い出された実家。今度はそこに、直秀が連れ去られてしまった。
「本宅へお戻りください、お嬢様」
文月に手を力強く握られる。
「…文月?」
「どうか、灯紫喜の家を、灯紫喜に取り戻してくださいませ。――今の灯紫喜は林太郎様に取って替わられてしまいました。御当主様は病床に就かれ、お家のことは林太郎様に任せきりでございます」
文月は辛そうにため息をついた。
「使用人たちも半数以上が入れ替わってしまい、かつての灯紫喜の面影が薄まってしまいました」
「そう…、そうだったのね……」
「それに、直秀様への扱いもぞんざいすぎるのです。――見ていられませんわ」
その言葉に、心の中にカッとした怒りが込み上げた。
直秀の扱いの酷さを、文月の言葉で改めて思い知らされた。
文月の言葉が胸の奥でぐっと重くなる。――直秀が受けてきたぞんざいな扱いを思うと、血が沸騰するように腹が立った。
勘当されてからの8年間を、文月から色々訊きたかった。だが今は――
「積もる話はたくさんあるけれど、私は直秀を取り戻しに行くわ。また後でお話ししましょうね」
「はい。お気をつけていってらっしゃいませ」
2人はもう一度強く抱き合った。
「社長、赤坂の灯紫喜本宅へ向かいましょう」
「判った」
それまで黙って部屋の隅に控えていた日本松は、周りを警戒しながらもと来た道を戻る。
「じゃあね」
小さな笑みを残し、彬子も後に続いた。
2人を阻む者はおらず、再び玄関ホールへ戻ってくると、いまだ滑って立ち上がれない黒装束の男たちを、警官たちが四苦八苦お縄にしていた。
「おやっさん、じゃじゃ馬!」
ちょうど玄関扉から斎部刑事が入ってきた。
「一体何をやったんだこれは! 油もねーのにつるつる滑ってしょっ引けねえよ」
顔を見合わせた日本松と彬子は、
「そりゃあおめえ、企業秘密だ」
「企業秘密です」
ニヤニヤと言われて、斎部刑事の頬が引き攣る。
2人の態度で詰問するだけ無駄だと悟り、さらに顔が引き攣った。
「じゃあ、一緒に署まで来てもらおうか」
「それはダメよ」
彬子はきっぱり言う。
「直秀を取り返しに行かなくちゃならないの」
「なんだ、ここに居なかったのか?」
「居たようだけど、赤坂の本宅へ連れ去られてしまったのよ……」
悔しさに下唇を噛む。
「だったら俺も一緒に行くわ」
「え?」
「主犯を逮捕せにゃならん」
「だったら早く『風神』に乗れ。急ぐぞ」
すでに運転席に座ってエンジンを温めていた日本松に急かされ、2人は慌てて『風神』に乗り込んだ。
* * *
室内が暗くなるほど窓の外が白み、広々とした執務室内にデスクを叩く音が木霊する。
「日本橋の戦力が全滅しただと!?」
「申し訳……ございません」
有島は目を伏せ、深々と頭を下げた。その横で、桜島が軽く頭を下げる。
林太郎の怒りの矛先が、2人の身体を棘のように苛む。
「どうもサキガケ堂の社員共は、揃いも揃って異能力者たちで構成されていたようです」
「異能力……」
険しい表情を浮かべていた林太郎は、異能力者という言葉に、酢を飲んだように押し黙る。
異能力者が厄介な存在であることは、林太郎自身よく判っている。
灯紫喜がそうだ。
そして異能力者たちは一見しても判らず、能力を奮って初めて発覚する。しかも個性があるから、対処法がすぐに見つからない。
常々異能力者を抱き込みたいと考えていたが、都合よく見つからないものだ。それがサキガケ堂に揃っているとは、盲点だった。
「いかが、なさいますか?」
遠慮がちに言う桜島に、林太郎は一瞬噛みつきそうな顔をしたが、すぐに改めた。
「『建御雷神』の兵力は?」
「屋敷に残していた数名ほどしか」
「チッ」
林太郎の舌打ちに、有島は再び頭を下げた。
あらゆる武術を叩きこまれた精鋭たちでも、異能力者の前では本領すら発揮できない。永露や日本松などの、一見ふざけたような能力でも、簡単にあしらわれてしまう。
次々ともたらされた報告に、有島は脳震盪を起こした様に感じた。
「直秀様を取り返しに、お嬢様たちが乗り込んでくると思われます。どこか、安全な場所へ」
「――直秀を使おう」
ハッとしたように、林太郎は有島を見た。
林太郎の双眸に危険な光が走ったのを、有島は見逃さなかった。
「催眠士を今すぐ呼べ。直秀に『虚実綴り』を使わせて、彬子たちを始末しろ。警察局の介入を許すな」
その言葉に、有島はほんの僅か躊躇うように拳に力を込めた。しかし目を伏せ頷いた。
「……手配致します」
一礼すると、有島は執務室を速やかに退室した。
「どんな異能力を使うか判らないが、直秀の『虚実綴り』を使えば問題なかろう」
デスクの上で両拳を握り、肩を震わせ林太郎は笑った。
「『虚実綴り』――それこそが灯紫喜だ。対抗手段など存在しないに等しい。この家の為だ、灯紫喜の異能は存分に使わねばな」
「ご随意に」
桜島は表情を消して、林太郎に頭を下げた。




