第14話:異能力『すってんころりん』
玄関ホールには、彬子、日本松、有島の3人しか立っていなかった。
『風神』から発射された銃弾は、彬子と日本松だけを避けて、大雷班を圧倒して葬ってしまっていた。
ホールの有様を見渡し、有島の顔が呆れた表情を浮かべる。
「甲斐荘重工がその座を堅持し続けられるわけだな…。守る対象と攻撃対象を、自動で識別できるとは」
「わはははは。ガキの頃から発明が大好きでな。鎖国が解かれて色んな発明品やらなにから流れ込んできただろう。それを片っ端から学んできたのよ」
冷却のために蒸気を吐き続ける『風神』を、愛おし気に撫でる。
「俺の大事な傑作の一つだ。見知り置いてくれ」
「フッ…、あなたを相手にするのは骨が折れる」
感情を抑えながらも、有島の声に楽し気な音が滲んでいた。
「しかし、お嬢様を直秀様に会わせてはならないと、林太郎様からの御命令があります。何としてでも阻止させていただきます」
「有島…」
懐から小さな笛を取り出すと、有島は何度か吹き鳴らした。
すると、少しずつ大きくなっていく足音と共に、黒装束の男たちが玄関ホールに雪崩れ込んできた。
「……生死は問わない、お2人をここで御留めしろ」
「ハッ!」
玄関ホールに入りきれない程の『建御雷神』に紛れるように、有島は踵を返して奥にさがっていった。
「有島!!」
それに気づいて彬子は声を上げたが、有島は振り返らなかった。
「社長、有島が」
「ああ、もしかしたら、直秀を連れ去るつもりだろうな」
「それはダメです!」
「へへっ、そうだな」
今にも駆けだしそうな彬子に、日本松はニヤリと笑いかける。
「彬子、俺の後ろから一歩たりとも前に出るなよ。巻き込まれたら、暫くとんでもない状態になっちまうからな」
「は、はい?」
また『風神』の攻撃でこの場を乗り切るのだと彬子は解釈して、言われた通り日本松の後ろについた。
「これをお披露目するのは初めてだな。――いくぜ、異能力『すってんころりん』!」
日本松はすっと一歩前に踏み込み、腰を沈め、ボウリング玉を放るように腕を大きく振り出した。
すると、
「うわああ――」
「ひっ」
「ドーンッ」という音がしたかのように、黒装束の男たちが並んでひっくり返る。まるで将棋の駒が弾け飛ぶように、一斉になぎ倒されたようだった。
「まあ!」
まさに、絵に描いたような奇麗な転びっぷりだった。
彬子は目を瞬きながら、愉快で理想的な絵面に、持っていたキャメラ子を急いで前に向ける。
「な、なんで立てねえ!?」
「手が、足が、すべる…!」
黒装束の男たちは慌てて起き上がろうとするが、身体を支える手も腕も、つるんと滑って起き上がれずにいた。
仰向けにジタバタ転がる姿は、まるで虫か亀のようだ。
「小豆畑みてーな異能力だと、見栄えがいいんだがなあ。俺の異能は笑いしかうまなくて、かっこつかねえ」
そう言いながらも、日本松の顔はニヤニヤと笑っている。
「でも、受けた人たちは、笑えない状況ですわね」
「がはは、ちげーねえ」
転ぶことから逃れた黒装束の男たちは、日本松の射程から逃れようと下がり始めた。しかし、許容数を超えている玄関ホール内は、ギュウギュウ詰めになっていて身動きが取れない。
「『すってんころりん』は前方範囲って限定付きなんだ。1時間くれーはそのまんまだな。さあ、亀のようにじたばたしてろや」
日本松は無事な黒装束の男たちの方へ身体を向けて、腕を振り上げた。
* * *
文月の用意した朝餉を食べていると、屋敷内が騒然として、直秀のいる部屋にまで筒抜けていた。
「なんなの? この凄い音」
スプーンを口に入れたまま、直秀は室内を不審そうに見回した。
屋敷を揺らすほどの激しい音が、ひっきりなしに轟いている。
「騒がしゅうございますね……」
傍に控える文月も、眉を寄せて身をすくませた。
くぐもった人の叫び声や、爆音のようなものが不安を掻き立てている。
「もう、落ち着いてご飯も食べられない」
そう言いながら、直秀は出汁巻き卵を口に入れた。
それから少しして、荒い靴音がして、乱暴に扉が開かれた。
「まあ、なんですか有島さん!」
文月が抗議の声を上げるが、有島は無視して直秀の前に跪いた。
「直秀様、本宅へお送りいたします」
「え、いきなり?」
直秀はきょとんとして有島を見つめた。
「お急ぎを。すぐにでも――」
うわあああっ、という喚き声が開けっ放しの扉の向こうから飛び込んできた。
肩越しにチラリと後ろを見て、有島はひっそりため息をついた。
「時間がありません。――お許しを」
有島は腕を伸ばし、直秀の細い首を圧迫した。
「なに――くぁ」
カランという音を立ててスプーンが落ちると、直秀は有島の腕の中にドサッと倒れた。
「直秀様!」
頬を押さえて文月は小さく悲鳴を上げる。
「お前は後から本宅へ戻れ。先を急ぐ」
直秀を肩に担ぐと、有島は速やかに部屋を後にした。
* * *
「おし、こんなもんか」
日本松は両手を腰に当て、満足げに頷く。
玄関ホールに集った『建御雷神』は、全てひっくり返っていた。
「怪我をさせるより、このほうが良いですわ。見栄えがちょっと悪いですけど」
彬子は苦笑しながら、でもキャメラ子でしっかりと撮影していた。
「今度劇場で上映会でもするか。小豆畑が嬉々として編集してくれるだろう」
「ふふっ」
「さあて、直秀を探しに行くぞ」
「はい!」
日本松は彬子を脇に担ぐ。そして、床を埋め尽くしひっくり返っている黒装束の男たちの胸や腹を踏み台にし、ぴょんぴょん跳ねるように階段を上っていく。
「ぐえっ」
「ぅぐがあ」
踏まれた男たちは、ひしゃげたような情けない声を上げていた。
「あいつが消えていったのは、こっちのほうだったな」
2階に上がってようやく床が出てくると、彬子を下ろして日本松は顎をしゃくった。
「ええ、こっちで良いと思います」
キャメラ子を腕にかけると、彬子は有島の消えたほうへ走り出した。




