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第52話/99話 「叫ぶ 白銀の中で祝福を」

 〇

   12月19日(月)

「おはよう!」

 

「おはよ」

 

 朝5時。いつもと変わらぬアキの調子。

 暗い。慣れているから平気だけど。

 夜明けまではあと1時間半以上。

 街灯が、コンクールで桜山(さくらやま)を離れている間に積もった雪に反射して、キラキラ光っている。きれいだ。アタシは嫌いだけど。


「シオリもわかってきたね」

 

「ふん。アタシだってバカじゃない」

 

 アキの言葉は、アタシが履いている長靴のこと。

 ひざ下くらいまで積もっているので、今日は走れない。

 耳のカバーもついたキャップ。軍手も二重。長靴。今日もビビッドなアタシの防水ジャージ。


 ざすざすと。ずぼずぼと。がりがりと。

 走れない雪の中を街はずれまで歩く。

 1年前は行くだけでへとへとだったな……。

 そんなことを思う。

 雪の積もった町は静かだ。アタシたちの足音すら響かない。


 アタシは切り出す。

 少しの覚悟、少しの承認欲求(しょうにんよっきゅう)、少しの不安、少しの期待。

 

「アキ」

 

「うん?」

 

「どうせ、アンタからは言わないだろうから、アタシから言う。アタシは昨日9位だった」

 

 言わないだろうから、と言うよりは、アキの性格上、自分の方が、結果が上で間違いない場合、『言えないだろう』が正しいのだが。コイツはいつも気を(つか)いすぎるくらい(つか)う。

 隣にいて苦しいくらいに。

 

「ええっ、おめでとう! すごいね! 全国1桁かあ!」

 

「うん、ありがとう」

 

「すごいなあ、へえ~~。出られるだけでもすごいのになあ」

 

「で」

 

「ん?」

 

「ん? じゃないでしょ、アンタの結果を言いなさいよ」

 

 少しの不安、少しの祈り、直後に、特大の信頼、特大の確信。

 アタシは知っている。

 コイツの結果を知っている。知らないけれども知っている。

 

「……へへ。優勝。最優秀賞」

 

 はにかんだ笑顔で、アタシと並んで歩くアキは笑う。

 バン!

 

「いたあっ!」

 

 アタシは全力でアキの背中を叩く。

 

「おめでとう! もっと喜びなさいよ! 優勝したんだから!」

 

 笑顔で、大声で、アタシはそう言う。

 信じてたぜ。信じてたぞ。

 なぜか今は嫉妬(しっと)なく思える。ずっと劣等感(れっとうかん)にまみれていたはずなのに。

 なんでだろう。

「あ、ありがとう……」

 

「だいたい、去年、結果発表の時は、リーニャ先生と抱き合って喜んでたじゃん。なに、アタシの前では喜べないの? そうだ!」

 

 アタシは、足を止める。口に軍手の両手を当てて。

 両足を広げて踏ん張って。

 すう~~~~っ

 アタシは、全力で息を吸い込んで

 

「ばんざあああああああい!!!!」

 

 両手をラッパにして、アタシは全力で叫ぶ。

 雪で響かない街でも、響くように。

 

「な、なにそれ、いくら何でも古すぎるよ」

 

 アキがめちゃくちゃ焦っている。

 すう~~~~~っ、と。

 大きく息を吸い込んで。

 

「ばんざあああああああい!!!! みくもあきたかくん!!! おめでとう!!!」

 

 アタシはもう一度、叫ぶ。大きな声で。フォルテシシシモで。

 大声を出すと、師匠とのレッスン前みたいで、気持ち良い。

 

「やめてよ、名前呼ばないで。朝早いし、近所迷惑(めいわく)だよ」

 

「雪があるから平気でしょ。いっしょにやったらやめてやるから。はい、せ~の」

 

「わかった、やるよ、やるから、1回でやめてくれよ」

 

「はい、せ~の!」

 

「「ばんざあああああああああああああいい!!!!!!!!」」

 

 アタシとアキの声が響く。

 暗い町に、積もった雪で響かない町に、トランペット1位とフルート9位の声が響く。

 


「みくもあきたかくん!!! おめでとおおおおう!!!!」

 

「名前言わないでよ!」

 

 うるさい。

 今、この町で、一番アンタの価値を知っているのがアタシだ。


 〇


「初鳥さん、すまん、ちょっと」

 

 いつもどおり早めに登校して、宿題を済ませていたら、教室に来た獅子戸(ししど)先生に呼ばれる。

 廊下の(すみ)の壁を背にする形で、獅子戸先生と話をするアタシ。

 先生は背が高くて、体が大きいから、アタシの体が廊下からすっぽり隠れるような感じになる。

 

「その、学校に、昨日のフルートの大会結果がきてて」

 

 へえ。もう来たんだ。大人の世界の連絡は早いんだな。

 そういえば去年は、朝の会で、アキはみんなの前で立って、拍手を受けていたな。

 そんなことを思い出す。

 

「金賞って聞いてるし、すごいんだろ? それでその、初鳥さん、どうだ? みんなの前で、発表してもいいだろうか」

 

 ……ああ。

 つまり、みんなの前だと固まるアタシへの配慮(はいりょ)と確認だ。

 

「先生、すみません。まだ少し怖いので、発表もやめてください」

 

 素直に言えるのが、多分成長だと思う。

 

「そうか、残念だな。ああ、そうだ。先生は詳しくないんだけど、職員室で詳しい先生たち、みんな騒いでたぞ。快挙(かいきょ)なんだってな。おめでとう!」

 

「ありがとうございます」

 

 その『騒いでいた』『快挙』の半分以上は同日のアキのことじゃないだろうか。アタシも、添え物くらいにはなってるのかもしれないが。

 

「あ~~~っ!!!」

 

 突如(とつじょ)、甲高い女子の叫び声が響く。

 

「先生が、シオリをナンパしてる!」

 

 登校してきたユミちゃんだ。

 

狐塚(きつねづか)さん、そういうのは……」

 

「ダメだよ、先生! 奥さん、妊娠(にんしん)中だからって、歳下(としした)の子に手を出しちゃ」

 

 朝からテンションの高いユミちゃんは、いたずら笑顔でそんなことを言う。

 ……こういうの、いったいどこが情報源なんだろう。


 〇


 コンコン、ガラ。

 

「5年1組の初鳥です。小牛田先生に呼ばれて来ました」

 

 休み時間、楽器クラブの最高顧問(こもん)たる小牛田(こごた)先生に呼ばれたので、職員室へ。


「ああ、初鳥さん。フルート、全国金賞、おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

 金賞が、祝福すべき対象でない場合もあるのは、音楽に詳しい小牛田先生なら理解している。

 そのうえで、「おめでとう」と言っているのだから、アタシの結果は祝福すべきことなのだろう。あるいは、アタシが「祝福されたい」と思っている、と小牛田先生は判断しているのだろう。

 いずれにしても、アタシのやることは、それを受け入れることだけだ。

 

「それで、どうだろう? 学校で()れ幕を作ろうと思うんだ。『祝 全国楽器コンクール 全国本選 金賞 初鳥シオリさん』みたいな形で。どうかな? 冬休みの間に作って、新年から、どーんと」

 

 ……。

 少し、アタシは葛藤(かっとう)する。

 

「……先生、それ、……アキのも作りますよね」

 

 昨年、同様の『文部大臣賞』のアキの垂れ幕がかかっていたのをアタシは覚えている。

 

「もちろん! 最優秀賞を作らないわけにもいかないだろう? 美雲くんにもこれから話をするよ」

 

 ……なんか、嫌だな。

 

「……先生、すみません。アタシは、あまり目立つのが好きではなくて……。みんなに注目されても困るし……。だから、垂れ幕はやめてください」

 

「あ、そう? 楽器クラブの実績アピールにもなるから、作りたかったんだけどなあ。ダメかい?」

 

「……すみません」

 

 本当は、アキの『最優秀賞・文部大臣賞』の横にアタシの『金賞』を並べて欲しくなかっただけだ。

 お互い一人だと、素直に祝福できるのに、並べて置かれるのはすごく嫌な気持ちになる。

 なぜかは知らない。わからない。

 なお、アキは年明けに自分の垂れ幕を見て「ねえ、なんでシオリのはないの? 全国の9位なんだよ? こんなのおかしいよ」と悪意なく発言し、聞いていたアタシは不機嫌になる。

 

 〇


 放課後。

 音楽室で基礎練習を始めるとアキがやってきた。

 まあ、アタシのフルートは家でもできるけど、コイツのトランペットはできない。

 道路に雪があるので、コイツの縄張りである、ため池にも行けない。アタシのテリトリーであるコミュニティセンターへも行けないけど。

 つまり、アタシが音楽室から帰らない限り、コイツは練習場所がない。

 

「一緒に吹かない?」

 

 アキはそんなことを言う。

 

「いいよ、アタシ、家でやるから。ここ使いなよ」

 

「基礎でしょ。僕もやるよ。シオリはどうせずっと、ロングトーンと音階ゲームと倍音とビブラートでしょ」

 

 なんでだよ。曲練するかもしれないだろ。

 ……まあ、今日の気分は、ひたすら基礎だけなんだけど。

 

「……アンタの邪魔になるから帰る」

 

「基礎やってるそばで、同じ音吹くからさ」

 

「アタシ、基礎練の楽譜(がくふ)、全部暗譜(あんぷ)してるから、見せられないよ」

 

「大丈夫だよ、合わせるからさ」

 

「……意味あんの、それ」

 

 結局アタシが基礎を続けるそばで、アキは邪魔にならないように、あっさり合わせて吹き続けた。

 トランペットで出る音はそのまま。

 どうやっても出ない高音はハモるように。

 アタシの基礎の楽譜をちゃんと見たことないはずなのに。

 ……怪物め。


 〇


 ざすざすと。

 帰り道。すっかり暗い雪の中。

 

「シオリ、クリスマス、どうするの? 24日」

 

 なんだコイツ。

 去年は、アタシが誘ってやらなきゃ1人だったくせに。

 

「別に。何も」

 

「先生とお祝いするからさ、シオリも来ない? シオリの家で去年、みんなでご飯食べたこと、先生に言ったらさ、今年は先生の家でやろうって。友達も呼ぼうって」

 

「ふ~~ん」

 

 アキとリーニャ先生とか。

 なんか、……嫌だな。

 

「シオリの先生も呼んでさ、4人で、とかどう? 先生、いろいろ作ってくれるんだって!」

 

 師匠と、アキとリーニャ先生とか。

 いいな、それ。

 

「……師匠が、良いって言ったら行く」

 

「うん! 話聞いてると、絶対、話()うと思うんだよね。よろしくね!」

 

 ……師匠、リーニャ先生の話すると、闘争心むき出しだからなあ。

 いつまでたっても「クライシーヴァ」としか言わないし。

 ……一緒に行ってくれるかなあ。


 〇

 

「ねえちゃん、これ、はろうよ。……へんがお、やめてさ」

 

 寝る前の、いつもの表情筋トレーニング。

 筒から出した、昨日のアタシの賞状を見て、シュンが言う。

 変顔とは失礼な。大事なんだぞ。

 

「ああん? いいよ、そんなの。9位って書いてあんでしょ」

 

「きんしょうだよ。それに、ぜんこくの9い だよ。やきゅうだったら、ベストナインで、サッカーだったらフォワードだよ。にほんだいひょうだよ。ラグビーだったら……、ラグビーは、よくしらないけど」

 

 ……2年生って、ベストナインとか知ってるんだ。

 アタシ、知ってたかなあ。

 

「バスケットだったら、ベンチでしょうが」

 

「そんなことないよ、番号ならフクちゃんだよ。さいきょうだよ」

 

「だれよ、それ……」

 

 とはいえ、シュンの様子から、本当に貼りたがっているのは確かなようだ

 出来の良い弟から()められると、なんだか、すごいことをしたみたいで、誇っても良い気分になってくる。

 

「……じゃあ、貼ろっか。画鋲(がびょう)、ある?」

 

「ある! もう、じゅんびしてある!」

 

 ……いつもながら、そつがないよなシュンは。

 

 シュンのアニメのカレンダーの横へ、アタシの賞状を貼る。

 

『全日本』『9位』『金賞』『初鳥シオリ』

 

「よし!」

 

「よし!」

 

 なんだか誇らしいものに見えてくる。

 たまには、姉に対して良いことをするじゃないか。


 なお、貼った賞状は、翌日、ママに見つかり「ちゃんと額装(がくそう)しなさい!」と、アタシとシュンは叱られた。

 

 〇


 第52話/99話 「叫ぶ 白銀の中で祝福を」 終


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