表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/134

第39話/99話 「続ける アタシは蛹」②

 〇


 午前のレッスンは、基礎を少なめに、曲練習を多く。土曜にたっぷり基礎をやったからね、という話だった。

 午後は基礎を多めに。

 午前で指をつったアタシへの配慮(はいりょ)だと思う。

 曲練は、基礎よりも変則的(へんそくてき)箇所(かしょ)が多いから、どうしても指への負担もかかる。

 基礎練習をみっちりやった後、曲練へ。

 が。

 

「――――づぅっ!!―――くっ、ふっ――っ……」

 

 小指がつった。本日2回目。

 音が止まる。頬がべったりと管を押す。手と頬がフルートを(はさ)み込む。

 素早くアタシに駆け寄った師匠が、フルートを奪い取り、そっとそばに置いてくれる。

 

「限界ね。はい、腕出して」

 

「あう……ふっ……ふっ……ぐううう」

 

 師匠の言葉に(したが)い、出した腕を伸ばされ、ほぐされ、マッサージを受ける。

 

「……フルート、落とさないの、立派よ。めちゃくちゃ痛いでしょうに。……こんなやり方で……。……いや、大丈夫、大丈夫」

 

 ぼそっと、真剣な口調で師匠は言う。

 

「へへ。これしかないので」

 

 痛みの中、とっさに腕と頬でフルートを(はさ)み込んだ根性を()められ、うれしくなる。

 まあ、何度もやっているからね。

 

「これしか……? ……ああ、そう言うことね。何本持ってても、楽器は落としちゃダメよ。大事にしなさい」

 

「……はい」

 

 そりゃそうだ。落としていいわけがない。

 アタシの手を、腕をほぐしながら師匠は言う。

 

「今日はもう曲練はやめときましょう。基礎を少し……倍音(ばいおん)でもやって終わりにしましょうか。喉は痛くない? 今日はそこまで高音吹かせてないから大丈夫だと思うけど。腕は壊れてもそのうち治るけど、喉は壊れたらお仕舞いだからね、気を付けるのよ」

 

「はい。痛くないです。まだやれます」

 

 腕も壊れたらお終いな気がするのだが。

 

「だいたい、クライシーヴァの作ってくる楽譜が悪いのよ。ジブリをあんな意地悪アレンジするやつ、みたことないわ。吹きづらさ、イコール、良い曲だって勘違(かんちが)いしてるのかしら。ソビエト人らしいわね。……まあ、おかげでテクニックつけさせるにはぴったりで助かってるけど。本来(ほんらい)、小学生に吹かせたい楽譜じゃないわよ、これ」

 

「アタシ、難しいのでも大丈夫って、師匠に言われた通り、伝えたからです。……でも、たぶん、アキは同じレベルの楽譜でもあっさり吹けるんです……」

 

 アタシのレッスンで、曲練に使っている楽譜は、主に2つ。

 1つは、楽器クラブの小牛田先生が用意してくれる、優しめの合奏用の楽譜。優しめと言っても、楽譜の音符やアーティキュレーションがシンプルなだけで、ビブラートの効かせ方や音楽記号の解釈(かいしゃく)でいくらでも、難しく吹ける、と師匠は言う。

 もう1つは、去年からずっと続いている、不定期なアキとの合奏をするための楽譜。アキの先生、リーニャ先生――クライシーヴァ――が用意する、いろんな曲のアレンジ。クラシック、ポップス、アニメのオープニング……。最近は、そのままメロディーを吹けば、難しくないはずの曲でも、クセの強いアレンジがやたらと入っている。連符(れんぷ)で突然オクターブ飛ばしてみたり、高音なのに、弱く小さい音を指定されたり。

 

「まあ、向こうは全国1位だから、そりゃね。……やめなさい、その顔。本性(ほんしょう)出てるわよ。……そう言えば眼鏡(めがね)やめてから、人相悪いの、さらに分かるようになったわねえ」

 

 アタシの本性。劣等感(れっとうかん)の塊。

 時々、師匠に注意される。

 眼鏡? ……ああ。最近、眼鏡をやめて、コンタクトにした。

 複数の女子に奪われ、返してもらえずに殴られた、4月の経験から。

 アタシが放送委員になれなかった事件以降、その子たちはちょっかいを出してこないけれど、トラブルの原因は少しでも取り除いておきたかった。

 人相が悪いと言われても、アタシの性根(しょうね)は変わらないので仕方がない。師匠はそれでいいと言っているのだし。

 

「はっ。いかんいかん。気が抜けてました」

 

「……あんた、本当に気が抜けてる時なんてないんだけどね。……はい腕オッケー? やるわよ、倍音。言っとくけど、指を動かさないからって、意識は指から抜くんじゃないわよ。指先に目がついて、自分と笛を見てるつもりでやりなさい」

 

 動かない指でも出来る練習。指の形を変えずに、息の吹き方で音を変えていく倍音練習。

 つった手に、そこまで負担をかけずに出来る。

 アタシはこの練習は効果をとても実感している。音質の改善(かいぜん)に一番寄与(きよ)しているのではないだろうか。


 

 フルートを吹きながら、アタシはちらと考える。

 指を動かさない倍音練習の手はまるで、(さなぎ)だ。

 直接、細かい技巧(ぎこう)を身につけるわけではないけれど、体の内側で、上達のための、将来羽ばたくための力を蓄える。

 午前中、師匠から蛹に例えられた、今のアタシにぴったりだ。

 そう、思った。


 〇


「疲れたでしょう。ちゃんとお風呂入るのよ。はい、ココア」

 

「シャワーじゃだめなんですか。あ、いただきます」

 

 ママの迎えを待つ間、アタシと師匠は、テーブルに並んで座ってそんな話をする。

 ときどき出してくれる、あったかいココアはアタシのお気に入りだ。

 

「ダ~~メ。疲れてるから、ちゃんと体あっためてから寝るのよ。あんたもほんと、よくやるわ。やめたくなったら、いつでもやめていいからね。あんたの言ったとおり、楽器が上手いなんて大したことじゃないんだから」

 

「最近、ずっと、やめたいですぅ~~。お腹も指も痛いしぃ~~」

 

 正直に話す。師匠の元へ通い始めてしばらくは楽しかったフルートの練習は、このところ、ずっと辛くてしんどい。

 今日みたいに指をつる日もあるし、ビブラートを()かせると、やり方を間違えると喉は痛くなるし、お腹も負担がかかって普通に痛い。

 やはりもう少し体力が欲しい。大きな手も体も。

 アタシの甘えた声に師匠は軽い調子で答える。

 

「おっと、そう? じゃあ、言葉を変えるわ。『やめたい』が『上手くなりたい』『見返したい』より強くなったら言いなさい」

 

「……次の水曜日もレッスン、よろしくお願いします」

 

 最近、わかってきた。

 続けたくない気持ち、芽生えたそれを押さえつけて前に進む。

 それが多分『頑張る』の正体だ。

 

「そ。あんた、やっぱりかわいいわ」

 

 師匠は、そう言って、抱き寄せたアタシの額にキスをする。

 

「……ココア、つけないでください」


 〇


 第39話/99話 「続ける アタシは蛹」 終

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ