第39話/99話 「続ける アタシは蛹」②
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午前のレッスンは、基礎を少なめに、曲練習を多く。土曜にたっぷり基礎をやったからね、という話だった。
午後は基礎を多めに。
午前で指をつったアタシへの配慮だと思う。
曲練は、基礎よりも変則的な箇所が多いから、どうしても指への負担もかかる。
基礎練習をみっちりやった後、曲練へ。
が。
「――――づぅっ!!―――くっ、ふっ――っ……」
小指がつった。本日2回目。
音が止まる。頬がべったりと管を押す。手と頬がフルートを挟み込む。
素早くアタシに駆け寄った師匠が、フルートを奪い取り、そっとそばに置いてくれる。
「限界ね。はい、腕出して」
「あう……ふっ……ふっ……ぐううう」
師匠の言葉に従い、出した腕を伸ばされ、ほぐされ、マッサージを受ける。
「……フルート、落とさないの、立派よ。めちゃくちゃ痛いでしょうに。……こんなやり方で……。……いや、大丈夫、大丈夫」
ぼそっと、真剣な口調で師匠は言う。
「へへ。これしかないので」
痛みの中、とっさに腕と頬でフルートを挟み込んだ根性を褒められ、うれしくなる。
まあ、何度もやっているからね。
「これしか……? ……ああ、そう言うことね。何本持ってても、楽器は落としちゃダメよ。大事にしなさい」
「……はい」
そりゃそうだ。落としていいわけがない。
アタシの手を、腕をほぐしながら師匠は言う。
「今日はもう曲練はやめときましょう。基礎を少し……倍音でもやって終わりにしましょうか。喉は痛くない? 今日はそこまで高音吹かせてないから大丈夫だと思うけど。腕は壊れてもそのうち治るけど、喉は壊れたらお仕舞いだからね、気を付けるのよ」
「はい。痛くないです。まだやれます」
腕も壊れたらお終いな気がするのだが。
「だいたい、クライシーヴァの作ってくる楽譜が悪いのよ。ジブリをあんな意地悪アレンジするやつ、みたことないわ。吹きづらさ、イコール、良い曲だって勘違いしてるのかしら。ソビエト人らしいわね。……まあ、おかげでテクニックつけさせるにはぴったりで助かってるけど。本来、小学生に吹かせたい楽譜じゃないわよ、これ」
「アタシ、難しいのでも大丈夫って、師匠に言われた通り、伝えたからです。……でも、たぶん、アキは同じレベルの楽譜でもあっさり吹けるんです……」
アタシのレッスンで、曲練に使っている楽譜は、主に2つ。
1つは、楽器クラブの小牛田先生が用意してくれる、優しめの合奏用の楽譜。優しめと言っても、楽譜の音符やアーティキュレーションがシンプルなだけで、ビブラートの効かせ方や音楽記号の解釈でいくらでも、難しく吹ける、と師匠は言う。
もう1つは、去年からずっと続いている、不定期なアキとの合奏をするための楽譜。アキの先生、リーニャ先生――クライシーヴァ――が用意する、いろんな曲のアレンジ。クラシック、ポップス、アニメのオープニング……。最近は、そのままメロディーを吹けば、難しくないはずの曲でも、クセの強いアレンジがやたらと入っている。連符で突然オクターブ飛ばしてみたり、高音なのに、弱く小さい音を指定されたり。
「まあ、向こうは全国1位だから、そりゃね。……やめなさい、その顔。本性出てるわよ。……そう言えば眼鏡やめてから、人相悪いの、さらに分かるようになったわねえ」
アタシの本性。劣等感の塊。
時々、師匠に注意される。
眼鏡? ……ああ。最近、眼鏡をやめて、コンタクトにした。
複数の女子に奪われ、返してもらえずに殴られた、4月の経験から。
アタシが放送委員になれなかった事件以降、その子たちはちょっかいを出してこないけれど、トラブルの原因は少しでも取り除いておきたかった。
人相が悪いと言われても、アタシの性根は変わらないので仕方がない。師匠はそれでいいと言っているのだし。
「はっ。いかんいかん。気が抜けてました」
「……あんた、本当に気が抜けてる時なんてないんだけどね。……はい腕オッケー? やるわよ、倍音。言っとくけど、指を動かさないからって、意識は指から抜くんじゃないわよ。指先に目がついて、自分と笛を見てるつもりでやりなさい」
動かない指でも出来る練習。指の形を変えずに、息の吹き方で音を変えていく倍音練習。
つった手に、そこまで負担をかけずに出来る。
アタシはこの練習は効果をとても実感している。音質の改善に一番寄与しているのではないだろうか。
フルートを吹きながら、アタシはちらと考える。
指を動かさない倍音練習の手はまるで、蛹だ。
直接、細かい技巧を身につけるわけではないけれど、体の内側で、上達のための、将来羽ばたくための力を蓄える。
午前中、師匠から蛹に例えられた、今のアタシにぴったりだ。
そう、思った。
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「疲れたでしょう。ちゃんとお風呂入るのよ。はい、ココア」
「シャワーじゃだめなんですか。あ、いただきます」
ママの迎えを待つ間、アタシと師匠は、テーブルに並んで座ってそんな話をする。
ときどき出してくれる、あったかいココアはアタシのお気に入りだ。
「ダ~~メ。疲れてるから、ちゃんと体あっためてから寝るのよ。あんたもほんと、よくやるわ。やめたくなったら、いつでもやめていいからね。あんたの言ったとおり、楽器が上手いなんて大したことじゃないんだから」
「最近、ずっと、やめたいですぅ~~。お腹も指も痛いしぃ~~」
正直に話す。師匠の元へ通い始めてしばらくは楽しかったフルートの練習は、このところ、ずっと辛くてしんどい。
今日みたいに指をつる日もあるし、ビブラートを利かせると、やり方を間違えると喉は痛くなるし、お腹も負担がかかって普通に痛い。
やはりもう少し体力が欲しい。大きな手も体も。
アタシの甘えた声に師匠は軽い調子で答える。
「おっと、そう? じゃあ、言葉を変えるわ。『やめたい』が『上手くなりたい』『見返したい』より強くなったら言いなさい」
「……次の水曜日もレッスン、よろしくお願いします」
最近、わかってきた。
続けたくない気持ち、芽生えたそれを押さえつけて前に進む。
それが多分『頑張る』の正体だ。
「そ。あんた、やっぱりかわいいわ」
師匠は、そう言って、抱き寄せたアタシの額にキスをする。
「……ココア、つけないでください」
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第39話/99話 「続ける アタシは蛹」 終




