第28話 帰国
忙しい僕達の休暇は昨日の1日だけで、今日帰国する。搭乗手続きを済ませ、春美は周囲をキョロキョロと見回して、来るはずも無いチャックの姿を探していた。
春美に、掛けてあげられる言葉も見つからない。やはり春美は弄ばれただけなのだ。
「あの少女性愛者野郎、今度会ったら絶対に許さない!」
僕は、腑が煮えくり返るほど頭にきた。館内放送が鳴り、ファーストクラスの搭乗が始まった。
来る時に望んだファーストクラスに、帰りは乗せてもらう事になった。事務所から、頑張ったご褒美との事だった。
春美を見ると、目を赤くしていたので、見るに見兼ねて声を掛けようとした。すると春美のスマホが鳴り、電話に出ると目線を移して固まった。
僕がその方向を見ると、遠目にチャックが見えた。彼は超人気の有名人だから、来ているのがバレると大騒ぎになる。それにも関わらず、春美を見送りに来てくれたのだ。
「良かったね」
僕はやっとのことで、その言葉を振り絞った。美春が僕の肩を叩いて、「2人の世界にさせてあげましょう」と言って先に搭乗した。春美の喜びの感情が流れ込んで来て、僕は貰い泣きをした。
「良かったね、春美…」
春美は、搭乗時間ギリギリまで使って別れを惜しんだ。
「ふー、疲れたけど、アメリカ公演は大成功だったよね」
「皆んなフォロワー数が、爆上がりしたものね」
帰りの飛行機は、ファーストクラスでゆったり出来たのと疲れの為に、ほとんど熟睡していて揺れの怖さを忘れていた。
僕はシートを水平に倒してベッドの様にして眠っていると、肩を揺さぶられて起こされた。
「瑞稀、食事が運ばれて来るよ」
「うんぁ?あぁ、うん…」
寝惚け眼で、ボーッとしながら目を擦って身体を起こした。顔を洗いに行って戻ると、テーブルの上にはサラダ(一緒にサーモンのマリネが添えられていた)とスープが置かれていた。
「まさかフルコースなの?」
「そうみたい。飲んでみてよ、このスープ。有り得ないくらい美味しいよ」
スプーンを手に取り、ひと匙掬って口に運んだ。
「うわっ!」
声が出てしまい左手で口を押さえながら、恥ずかしくて周囲を見渡した。
「シーっ!」
「ごめん。美味し過ぎて声が出ちゃったよ。僕の人生でダントツでNo.1のスープなんだけど、何コレ?好吃(美味しい)!」
扈マネージャーは僕の発音に頷いて、クスリと笑いながらスープを飲んだ。
「瑞稀はこれで、中国ドラマに専念ね」
美春がサラダとサーモンを頬張りながら言うと、春美は僕の顔を見ながら言った。
「その前に、ビッグイベントが待ってるわよ?」
「何、ビッグイベントって?」
「ふふふ、瑞稀の誕生日よ」
「あははは、何それ?」
僕は、誕生日をお祝いしてくれると言う、春美の気持ちが嬉しく思った。
「乾杯!」
僕は大好きなジンジャーエールで、春美はアップルソーダで、美春はグレープフルーツジュースで乾杯をした。
ちなみにアップルソーダなんて物は無い。春美がアップルジュースに、ソーダを入れて欲しいと頼んだだけだ。
僕も最初はサイダーが欲しいと言うと、何なのか通じなくて、「sweet soda(甘いソーダ)」と言ったら、ソーダに砂糖とハチミツとシロップを持って来られ、どうやらソーダに入れて甘くてして飲むのかと思われたみたいだ。
後から知ったのだけど、サイダーなんて物は日本人が作ったジュースなので、国際線の搭乗員の人が知るはずも無かった。ソーダに甘い物を混ぜて飲む気も起こらず、ジンジャーエールを頼み直したのだ。
「うっわ!うっわ!」
それが運ばれて来ると、僕達は待ってましたとばかりに拍手で迎えた。シェフがステーキを運んで来て、目の前で好みの焼き加減に仕上げてくれるのだ。
エコノミークラスでは、ファーストクラスに乗っている人達が、こんなにも豪勢な食事をしているとは夢にも思わないだろう。エコノミークラスには、お弁当が配られているからだ。料金が違うのだから、待遇が差別化されるのは仕方の無い事だ。
帰りのロサンゼルスから日本へのエコノミークラスの料金が1人約30万円なのに対して、ファーストクラスは1人約160万円だ。社長の気前の良さに感謝しつつ、それだけ僕達が今回の公演で得たものは大きかったと言う証だった。
「確かに、行きもファーストクラスだったら私達、天狗になっちゃってたわよね?」
「うんうん。帰りは絶対にファーストクラスに乗ろうって、頑張ったものね」
ふと視線を横にすると、見た事がある金髪のアメリカ人女性が見えた。
「ねぇ、あの人を見た事が無い?」
「あー、確かテニスの選手じゃなかったっけ?」
「あそこには、もっと凄い人がいるわよ」
春美に言われて覗き見ると、アリエッティだった。
「嘘!ヤバい、ヤバい、ヤバい」
アリエッティは僕が好きな洋楽の歌手で、彼女の歌にどれほど勇気付けられたことか。
「めっちゃテンション上がる。そう言えば、日本でコンサートをやるんだっけ。僕も行きたかったけど、一瞬でチケットが完売したんだよねー。サイン欲しいわ」
でも無理だろうな。話し掛けるのも、畏れ多い気がする。近くに屈強そうな体格をしたボディガードらしき人もいた。
僕達がアリエッティの話をしていると、話し声に気付いたアリエッティがこっちを見て、手を振ってくれた。手を振り返すと、アリエッティが立ち上がってこっちに向かって来た。
「Oh!RINKA?」
アリエッティが、春美に尋ねて来た。
「YES、RINKA」
春美は立ち上がって、差し出された手を握り返した。それを僕は羨ましそうに眺めていた。
「This is Mizuki.(こちらは瑞稀です。) I'm your biggest fan!(貴女の大ファンです!)」
春美が僕を紹介してくれて立ち上がると、ハグをしてくれたので感動した。
(ナイス、春美!ナイス、アシスト!)
僕は心の中でガッツポーズをして、春美に感謝した。やっぱりファーストクラスには、有名人が多く乗っている。
美春が気を利かせて、写メを撮ろうと言い出した。自分達のスマホで順番に撮影し、アリエッティとメールも交換した。
僕達に気付いたテニスの選手も混ざって来て、SNSに UPすると直ぐにリアクションが返り、総閲覧者数があっという間に400万回を超えた。
それに気付いたマネージャーから注意された。GOサインを出すまで、勝手に投稿するなと注意された。
アリエッティは僕達の事を、「小さな友人」と題してSNSにUPしてくれていた。
「ヤバいよぉ~。あのアリエッティとメル友だよ?」
僕は嬉しくて舞い上がっていた。それから、バーカウンターに行って話そうと誘われた。楽しい時間はあっという間に過ぎ、フライト中である事さえ忘れていた。
着陸に入るので、席に着いてシートベルトをする様にと機内放送が鳴り、渋々僕達は席に戻った。
「ひゃあ!」
高度を下げていると足下がフワッと浮いた感じがして我に返り、高所恐怖症が振り返して来た。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」
「あははは、またそれ?笑わさないでよ!お腹が痛い!」
美春は怖がる僕を見て、ケラケラと大笑いをしていたが、僕はそれに怒る余裕も無かった。
目を閉じて神様仏様と祈り続け、着輪した衝撃さえも感じさせずに着陸した。
「うわぉ!上手い!」
僕も心の中で思っていると、口に出して褒めた人がいた。あの人も見た事がある。超人気芸人で、数多くの司会も務める結城修だ。
彼が司会をするバラエティーにも番宣で出た事もあるが、撮影が終わって楽屋に戻る時にお尻を触られ、「う~ん、まだまだやな。もうちょっと育ってからおいで」と言われた。
その言葉の意味が理解出来ず、普通にお尻を触られてセクハラだと憤慨していた。後から知ったけど、彼の番組のレギュラー女性は全員が彼と寝ていて、抱かせない女は直ぐに降板させられていると耳にした。この手の噂はただの噂などでは無く、大抵が真実だ。
ゲートを抜けると、詰め寄せたファン達の歓声を浴びた。だいぶ前を歩く結城修が、振り返って僕達を見た。
「なんや、儂や無いんかぃ?ふうん、SweetStarsね」
僕はアリエッティと一緒に話しながら歩いていたので、結城修が僕達を見ている事には気付か無かった。




