第21話 上海公演
あの悍ましい事件から1ヶ月が経ち、待ちに待った上海公演の日となった。
「Mizukiー!」
「HALー!」
「RINKAー!」
瑞稀は他のメンバー達とも比べて、その愛らしいルックスで圧倒的な人気を誇っていた。それはあくまでも、ここ中国での話しだ。
扈マネージャーのアドバイスで、meiboに拙いけど一生懸命に中国語で投稿を続けたのだ。その甲斐があって、瑞稀の中国での知名度は高く、知らない外国人よりも知っている外国人に親近感が湧いて応援するのは、日本も中国も同じである。
「すっかり、元気になって良かったわ」
瑞稀は産婦人科で目覚めた時、自分に関わった全ての男性の記憶が消えていた。付き合った翔馬(菜月)も、山根Pだけでなく、社長や自分の父親の顔も名前さえも分からない状態だった。
精神科医によると、ストックホルム症候群で加害者を愛していると思い込んで精神の安定を図っていたが、それをも周囲に拒絶され、行き場の無くなった強烈なストレスは自身を攻撃し、男性の記憶を失くす事で正気を保つ道を選んだのだろうと診断した。
幼い頃に虐待を受け続けた子供が記憶障害を起こしたり、解離性同一障害(多重人格)になってしまう事が知られている。
「全部忘れた方が、幸せな事もあるわ」
扈マネージャーは、瑞稀のキラキラした笑顔を見て、そう感じた。初日の公演で10万人を動員し(10万人しか入れない為)、沿道には入り切れなかった瑞稀のファン達が押し寄せていた。
会場内の10万人よりも沿道に集まった30万人の方が多く、交通障害などを起こした為に運営委員会が事情聴取で連行され、同行していた事務所の役員も逮捕された。
僕達は子供である為に事情聴取だけで済み、扈マネージャーが警察に事情を話すと、直ぐに全員が釈放された。
僕達は、扈マネージャーがマフィアのボスの娘だと知ったのはずっと後の事で、この時に扈家の力と金の力が働いた為に釈放された事は知らなかった。本来であれば全員逮捕されて、日本に帰れ無かったかも知れない。
公演は一時中止となったが、ファン達が警察署を取り囲んで抗議した為に、報道陣も詰め掛けて世界中にこの様子が配信され、SweetStarsの名前は一躍世界中に知れ渡った。
ファン達は暴動を起こす手前だったけど、僕達がマイクで呼び掛けて収まった。日本語で呼び掛けても聞いてくれないのでその場で歌い始めると、抗議活動を止めて耳を澄ませてくれた。
持ち歌の3曲を歌い終わる頃には、抗議など忘れて僕達に夢中になっていた。集まったファン40万人に惜しまれながら、警察署前から去った。
翌日の新聞やニュースでは、『暴動を歌で止めた!』と報道されて、僕達に興味が無かった人達にも注目される事になった。
「小姐(お嬢様)、ボスがお呼びです」
扈マネージャーは、上下黒スーツの男に声を掛けられていた。
「Mizuki、すぐに戻るから心配しないでね。さっきの人は父の会社の人なの。父に呼ばれたから行くわね」
そう言って、さっきの人と一緒に車に乗り込んでいた。扈マネージャーを守る様に、会社の人だと言う黒い車に前後挟まれて走り去った。
「ねぇ、あれ。本当にお父さんの会社の人なのかな?」
「何だか怖そうな人達だったよね。お父さんの会社、土建屋さんとかなのかな?」
何となく土建屋さんには、強面の人が多いイメージがあるので、声を顰めて言った。その日は扈マネージャーは戻っては来ず、連絡も取れなかった。
翌日、何事も無かったかの様に戻って来て、「久しぶりに父と飲んだわ」と言っていた。
色々あったけど、結果的に上海公演は大成功に終わった。デビュー1年にも満たないSweetStarsが、3日間の観客動員数100万人を超えたのだ。これは人口の多い中国と言えども、異例中の異例だった。
帰りの上海浦東国際空港には大勢のファン達が詰め掛けて、僕達の帰国を見送ってくれた。およそ2時間50分少々で成田国際空港に到着すると、僕達を待っていたのは多くのファンと報道陣だった。
そのまま空港の一室に設けられた記者会見の場で、上海公演でのファン達の暴動について聞かれた。
「貴女達の公演の不手際によって、暴動が起こった事に対しては、どう思われていますか?」
好意的な記者もいれば、僕達の様なデビュー1年目の新人アイドルに対して批判的で、どうせ身体売って手に入れた地位だろう?と勘繰って、攻撃的な質問を投げ掛けて来る者もいる。
「その件に関しましては、改めて説明と謝罪の言葉を述べさせて頂きたいと思いますが、この度は世間をお騒がせ致しまして、誠に申し訳ございませんでした」
謝罪の言葉で僕達は一斉に立ち上がり、深々と頭を下げた。その間、シャッター音とフラッシュが焚かれ、およそ1分半ほどして頭を上げた。
僕達に攻撃的な記者は、「チッ!」と聴こえる様に舌打ちをした。
(チッって何だよ、チッって)
僕はムッとして美春を見ると、笑顔だったので驚いた。僕達の中で、1番気が短いのは彼女だ。その彼女が営業スマイルを見せ続けていたので、見習わなくっちゃと思った。
「HALさんに質問します。今、貴女は笑顔でしたが、反省の色が見えないのですが、そこら辺をどう捉えられていますか?」
「はい、私達の公演でこの様な事になったのは事実で問題ですが、私達は運営でも無ければ管理する側の人間ではありません。責任を転嫁するつもりはございませんが、それは私達に非があるのでしょうか?先程、私が笑顔だった事を責められましたが、暴動が起こる前に私達の歌に聴き入って頂いて止める事が出来ました。初日の事を抜いても結果的には、公演自体は大成功だったと考えています」
美春は相変わらず、ハキハキとモノを言うタイプで、「凄いな本当に同じ歳なの?」と感心して聞いていた。
僕達に批判的な質問をして来たのは、あの2人くらいで、他の記者達は好意的な質問をしてくれた。
記者会見は警察が来て中断された。中国で起こった事を、日本の警察でも取り調べると言うのだ。僕達はウンザリしながら、パトカーに乗り込んだ。
取り調べ室には、1人ずつ入って話を聞かれた。僕達3人だけでなく、扈マネージャーや会社役員2名も取り調べを受けて、おそらく同じ答えだった為に虚偽を述べていないと判断されて解放された。
「何なのよ、カツ丼くらい食べさせてよね」
「うふふふ何、食べたかったの?」
「春美、ドラマでよく見かけるカツ丼ってね、実は自腹なのよ。警察が奢ってくれるんじゃなくて、自分でお金を出して食べるのよ。食べたいって言ったら注文してくれるけど、お金を払えって言われるわよ!」
「そうなの!?てっきり、お腹が空いてたら話すものも話す気にならないだろうから、これ食べたら正直に話せって言う意味だと思ってたわ」
「あははは、可愛いわね」
扈マネージャーが笑うと、春美は不快感を表して言った。
「子供扱いして。もう子供じゃないもん!」
「そうだよ、春美は僕達の中で1番胸が大きいんだから」
僕が背後から春美の胸を触ると、悲鳴を上げた。
「キャア!止めてよ」
春美は胸の大きさもあって、同じ13歳には見えない。僕は10歳でCカップなんて言う嘘のネーミングを付けられたけど、春美はDカップはあり、スタイルの良さが羨ましかった。
「まぁ私も、瑞稀よりはあるけどね」
美春も僕よりは大きく育っていた。僕なんて、ようやくBあるか無いかだ。「胸は揉めば大きくなるよ」と言われたのに、思ったほど大きくなってない。
あれ?そう言えば誰にそう言われたんだっけ?そう言われながら、誰かに胸を揉まれていた気がする。僕が記憶を失くしていた時の事かも知れない。僕が記憶を失くしていた間の事を尋ねると、2人とも口をつぐんだ。
「知らない事の方が、幸せな事もあるのよ」
美春に、困った顔をされながら言われた。言いにくそうにしている2人を見て、聞くのを止めた。
空港での記者会見が、ニュースで流れると炎上した。僕達が炎上したのでは無い。僕達に対して、暴動が起こった責任を追求する様な質問をして来た記者に対してだ。
中国のファン達が猛反発し、日本のファン達も僕達が悪い訳では無いのにと弁護した。記者と出版社には、抗議の電話やメールが殺到した。
更には某国のハッカー集団によって、出版社のサーバーが攻撃され、一時休刊に追い込まれた。それがまた報道され、良くも悪くも僕達SweetStarsの名前は日本全国に轟いた。
それからは、メンバーそれぞれがバラエティーやドラマに引っ張りダコとなり、テレビで見ない日が無いほど忙しくなった。
「Mizuki、やったわよ!遂に来たわ、オファーが」
それは、華流(中国)ドラマに出演のオファーだった。僕は女主人公の妹役で、要所要所に登場する重要な役柄で、全48話のほぼ全話に登場する。
しかしその驚くべきは出演のギャランティーで、4千万人民元(およそ8億円)もの高額ギャラだった。
「は、8億円!!!」
こんな高額なギャラは、中国ドラマでは珍しくも無いらしい。主演女優なら10億円を軽く超え、僕の役柄がサブ主人公なのに加えて、僕の中国での人気を考慮されたものだと言う。
「ひぇ~、嬉しいけど、そんなギャラを聞いたら緊張しちゃうよ。それに見合う演技をしなきゃって…」
「頑張りなさい、応援してるわよ」
扈マネージャーは、嬉しそうに微笑んだ。




