第22話 進級
騒動があったものの、上海公演は大成功で終わったと言える。あの件で僕達のグループは世界中に知られ、英米や台湾からもオファーを受けて公演が決まった。
それとは別に、僕は中国ドラマの撮影の為に電影視城と日本を往復するハードスケジュールを組まれた。8億のギャラだからキツいのは当然だ。ギャラは事務所が4割、僕は6割なので実質は4億8千万円だ。所得税で半分近く持っていかれるが、少なくとも2億円は手にする事になる。
しかし僕のスケジュールは10月いっぱいまで埋まっているので、クランクインはそれ以降になる予定だ。今のうちから、中国語の勉強を始めて備える。
「瑞稀、中国に行っちゃうんだ。寂しくなるね」
「まだ7ヶ月以上先の話だよ」
「7ヶ月なんて、あっという間よ」
「先ずは、その前に進級だね」
今日は4月6日。あと2日で僕達は中学2年生になる。見た目の華やかさとは違って僕達のプライベートは、華やかさとは掛け離れたものだった。春美は彼氏と別れた。別れた理由は、あの昏睡レイプ事件が原因だ。
春美は被害者なので悪くは無いと理解しつつも、他の男に抱かれた事が耐えられなくなったのだ。これを聞いて僕は、この彼氏が許せ無かった。
確かに自分以外の男性と性行為をしたと知ったら苦しむだろう。僕だって美春と付き合っていたのに、美春のマネージャーに寝取られた時はどれほど苦しんだ事か。僕が女子になると、そんな苦しみからは解放されたのだけど、この彼氏も苦しんだに違いない。その気持ちは分からなくは無い。
だけど、春美の場合は浮気では無い。薬で眠らされて犯された不可抗力なのだ。しかもこの彼氏はそれを知って、「処女じゃ無いなら俺にもヤらせろ。彼氏じゃ無い奴とヤったんだから、彼氏の俺にはヤる権利がある」とか言って、強引にセカンドバージンを奪ったのだ。
それなのに、今更それを持ち出して別れるなんて卑怯過ぎる。春美はヤられ損だ。思い起こせば僕だって男子だった時に、春美とヤりたかったのだ。言いたくは無いけど、僕達は世界中にファンを持つトップアイドルだ。
「はぁ~あ。表向きは不自由無い私達が、こんなにも男縁が薄いなんて、誰も想像しないわよね?」
「本当に、そう。ロクでも無い男しか寄って来ないわ」
「皆んなは良いよ。男性経験もあるんだから。僕なんて彼氏すら出来た事が無いよ」
美春が、「春美のお兄ちゃんと付き合っていたでしょう?」と言おうとして、春美が袖を引っ張って首を振った。
瑞稀には、過去の男性の記憶が無いからだ。記憶を失くすほどのショックを受けたのだ、万が一にも記憶を取り戻してしまった場合、正気では居られなくなるだろう。
「瑞稀は可愛いんだから、直ぐに彼氏なんて出来るわよ」
「まぁでも、そんな時間は無いしね」
「付き合ったとしても、会える時間に限りがあるから直ぐに身体を求められるわよ。こっちも付き合ってるんだから、Hするのは当然だと思ってるしね」
「うん…やっぱり、付き合ったらHしなきゃダメなのかな?」
僕はHした事が無いのでHに興味はあるけど、初めては痛いって聞くので怖いが勝っていた。
「そりゃあね。男の人は、Hしたいから女の子と付き合うんでしょう?Hしてあげないと、浮気されちゃうわよ」
「Hしても浮気する奴はするわよ」
美春と春美は、浮気について言い合いを始めた。僕はそれを聞きながら、男性と付き合うのはもっと先の話だなと考えた。
ワールドツアーが始まり、僕達はイギリスで2日間の公演を終えて帰国し、進級してからは初めての登校をした。
「RINKAさんだ。すげぇ大人っぽい。綺麗、素敵きです!」
「HALさん、何て美しいんだ。僕と付き合って下さい!」
僕達の久しぶりの登校に級友だけで無く、先輩後輩達が取り囲んで声を掛けて来た。春美(RINKA)を取り囲む男子の9割の視線が、胸に集まっているのが分かる。
「春美を、エロい目で見ないで変態!皆んな、あっち行って!」
「Mizukiがやっぱり、1番可愛いよな」
「えっ?」
僕も男子達に囲まれて、口々に口説かれると恥ずかしくて高揚した。
(めっちゃ心拍が上がってる…)
「もう!授業が始まるから、皆んなクラスに帰って」
僕は席に座って、顔を机に伏せた。モテるのは嬉しい。僕達はアイドルなのだ。アイドルはファンあってのものだ。だから僕達もファンを大切にする。
(でも今は良いよね?だって、すっごく眠くて…ファンサービスするゆとりが無い…)
せっかく久々の授業なのに、僕は寝ていた。英語の先生は、わざと僕を当てて起こした。僕は寝ぼけ眼で目を開けて、スラスラと英語で答えて見せた。
僕達はイギリスとアメリカで公演があり、インタビューにも英語で答えた。事務所も将来、ハリウッドからオファーが来た時の為だと言って、歌やダンスのレッスンの他に英語も習わされているので、このくらいは余裕だ。
恐らく英検1級も受かるだろうと言われたけど、まだ検定は受けておらず3級の資格しか持っていない。僕の流暢な発音に、クラスメイト達は驚いて感嘆の声を上げた。
「ふふん」
僕は得意げに微笑んで着席した。春美と目が合うと、ピースされて笑った。
僕的には授業を受ける余裕が無いのだ。何故、中学の授業で中国語が無いのだろう。僕は今、ドラマの為に中国語を習っているのだけど、全く分からないし発音も出来ない。
日本語は50音だけど、中国語は組み合わせで約1300音以上もある。その発音の中でも特に難しいのが、日本語の発音には無い舌歯音だ。
舌歯音とは、口を左右に引いて、息を舌先と歯の間から出して発音するやり方だ。それが更に無気音、有気音、摩擦音の3つの音に分かれて発音するのだ。
日本語に無い発音である為に、先ず聴き取る事さえ難しいので、耳で聴いた通りに発音したつもりでも、「違う!」と先生に注意されるのだ。
他にも最も多く使用する事になると言われた「是」は、文章としての役割は「~は~です」で、英語で言う所の「is」「am」などに相当するけど、違う使い方もするので一概には言えない。
単独で「是」と言う時は、相手の言葉に対して肯定(同意)したり、相槌を打つ役割もある。
しかしこの発音が、「反り舌音」と言う独特な発音方法である為、日本人が発音するには難易度が跳ね上がる。
舌先を上顎にくっつかない程度に近づけて、舌と顎の間から空気を出す様にして発音する。その為に日本人の耳には、「シー」とか「スゥー」とか、1番多いのが「シュー」と言っている様に聴こえるのだ。
それを聴こえたままに発音しても、先生には通じない。何度やっても上手くいかず、フラストレーションが溜まって仕方がない。これに比べれば、英語の発音など優しいものだ。
学校の授業は楽しくて新鮮に感じ、芸能活動をしていると、学生生活を謳歌している皆んなが羨ましくもある。単位を取得しなければならないのに授業に出られない時は、オンラインで授業を受けている。
「またね!」
「バイバイ!」
「次はいつ来れるの?」
「う~ん、いつかなぁ」
「海外で公演って凄いよね」
「うん、次はアメリカに行くんだ。ロスとニューヨークとサンフランシスコの3ヶ所で」
「頑張ってね」
「有難う」
級友達に見送られて校門に来ると、待っていたマネージャーの車に乗り込んだ。
「着替える前にシャワーを浴びれそう?」
「ごめんなさいね。時間ギリギリだから、無理ね」
「そう…」
用意されていた香水を身体に振り撒いて、体臭を誤魔化した。汗の匂いは気になる。特に男性には、自分の汗の匂いなど嗅がせたくは無い。だから汗をかいている時に男性に近付かれると、不機嫌な態度を取りがちだ。
「汗の匂いは一種のフェロモンだから、嗅ぐ事が許されるのは彼氏だけね。Hしてると汗だくになるから仕方ないよね」
美春と春美も、笑いながら同じ事を言っていた。
僕達3人は、別々の車で同じ目的地に向かっていた。バラエティー番組のゲストとして出演する為だけど、それぞれにマネージャーが付いているから3人一緒に車で移動出来ないのは仕方が無い。
美春は、「いつもいつも一緒だと疲れるだけじゃん。1人になりたい時だって、あるじゃない?」と言ったので、まぁそんな時もあるかなと納得した。
「もう着くから、急いで着替えてね。共演者の楽屋を挨拶を忘れずにね」
「是(はい)、我知道了(分かりました)」
「クスッ。まだまだね」
扈マネージャーは、僕の発音に及第点を点けてくれなかった。




