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スモークキャットは懐かない?  作者: 白い黒猫
イタリアン・ロースト
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愛と呼ぶには穏やかで……

 結婚は勢いというが、込み上げてきた激情のままプロポーズしたものの、その気持ちはいたって真剣で、本能からの行動だけに純粋で本気な想いだった。結果に満足と喜びと安堵の気持ちしかなかった。これ程人を欲した事はあったのだろうか? 初芽にも求婚した事はあるものの、あの時は壊れかけた関係をなんとか繕う為のモノで、今度はさらに深め絆を強くするための言葉。初芽にあっさり断わられたのも当然だろう。そういうのを見透かされていただろうから。

 俺が人から可愛げがないと言われまくる理由が煙草さんのお蔭で分かった気はする。そこに気が付いたからと俺が可愛くなったか? というと難しい。相変わらず澤ノ井さんとも口論をしているし、生意気な口をきいて佐藤部長や白鶴部長らを苦笑させ、鬼熊さんに溜息をつかれる。

 とはいえ、俺がずっと商品開発部の異動を望みそれがやっと叶ったと思ったら、知らないうちに異動先が広報戦略企画部に変更させられていたのだから、可愛げもなくなるというものである。つまりは佐藤部長と白鶴部長の間での部下をトレードした結果。白鶴部長が俺に企画書の書き方などを、さりげなく指導してくれていたのも、単に自分の部署に来たときに即使えるようにしただけのようだ。部外者でないから重要な書類も見せてもらえていた。まんまと狸オヤジ達に踊らされたそれだけである。高清水部長に『君がウチに来たがっていたのは理解しているけど、あの二人と俺に闘えというの? 無理! あの二人が【こうすべき!】と言い切った事に反対出来ないよ!』と逆に泣きつかれた。

『白鶴部長や澤ノ井さんよりも君の方が考え方コチラよりだから話しやすそうだ』と久保田さんまでも、俺が広報戦略企画部に行くことを喜んでくる始末。頑張るしかないだろう。

 また、あの時俺の発言から生まれた案は『これからは明確にマメゾンカラーというものを作り世間に打ち出すべき』というコンセプトの企画となり、そのまま新部署での俺が担当し動かしていく仕事となった。入る時は文句言いっていたものの、広報戦略という仕事も刺激も多くそれなりには楽しんでいる。


 煙草さんに対しては俺にしては前より甘えを見せられるようになったとは思う。しかし何故か煙草さんはそれを大喜びしているわけではないようだ。『嬉しいけど、恥ずかしい……甘さというかエロさ増すんだもの……』といった事を言われ、時々異様に照れられてしまっている。男が己の気持ちに素直に晒せば、そうなるのも当然だと俺は思う。


 プロポーズから一年半後、俺達は同棲中の婚約者から夫婦となる。そして新居での結婚生活をスタートさせた。新居にて新婚旅行の荷物を解いている俺の横で、妻となったばかりのわかばがPCに向かい、頂いたお祝いのお礼を返す為のリストを作っている。そこまで楽しい作業だと思わなのだが、お祝いをもらった人の顔を一人一人思い浮かべながら入力しているのだろうか? 何故かニコニコしている。ずっと根を詰めて作業し続けたせいで身体が強張ったのか、ノビをして身体を解しているのを見て俺は休憩を呼びかけた。珈琲を淹れてテーブルで改めて向き合う。俺の淹れた珈琲の香りをクンクンと楽しみそれからゆっくりと味わうように飲んでくれる姿が小動物っぽくてカワイイ。珈琲を飲んでホッとしたのか、俺を見て二コリと笑ってきたので、俺も笑い返す。こんな普通の事が楽しいって結婚っていいのかもしれない。婚約してから俺の部屋に呼び込み同棲していたのだが、やはり二人で探し二人でこれから作り上げる家だけに、やっと二人の生活がスタートしたという喜びがある。それを口にすると、煙草さんは元気に頷く。

「なんて言ったって清酒家という家族の本格スタートですものね!」

 今までそんなに気にしていなかった家族という言葉が、特別な言葉に思えてくる。

「そういう事でこれからも末永く宜しくお願いします! 奥様」

 そう挨拶すると煙草さんは珈琲を飲もうとして途中で止めて、テーブルに置くという不思議な動作をする。照れたらしい。そして二マニマする顔を必死で我慢し、真面目な顔を作る。

「コチラこそ よろしくお願いします! 旦那様!」

 二人で向き合って頭を下げてから同時に吹き出してしまう。

「でも、私もコレで煙草ではなく、清酒になったのよね~嬉しい♪」

 マグカップを両手で持ちわかばはフフフフと笑う。

「それは、俺と結婚した事が嬉しいの? それとも煙草の苗字辞められたのが嬉しいの?」

 態とそんな事聞くと、首を少し傾け考えニッコリ笑う。

「両方♪」

 自分の苗字を本当に嫌がっていたのを知っているだけに笑ってしまう。

「しかし、それほど良い苗字になったとは思えないけれど」

 何故かドヤ顔で笑うわかば。

「煙草なんて文字ズラも微妙だし、意味も悪い! 

 清酒とは雲泥の差! それに清酒は素敵なモノですよ! 私大好きですし」

 俺は目を細める。

「アルコール楽しむのは良いけど、この名前になったからと調子のって、飲みすぎないようにね。俺もこの名前で無理やり酒進めてくる人も多かったから」

 わかばは姿勢を正し、真面目な顔で『はい!』と良い子な返事をする。そんな他愛ない会話を楽しむ。コレが結婚生活というものだろうか? なんでもない事が楽しい。

「リストの方は、作り終わったから後で正秀さんもチェックしてね」

 俺はその言葉に頷きテーブルの上のノートPCを手繰りよせる。そして上からリストに目を通していく。そんな俺をジッと見ていると何かを思い出したのかハッとした顔をする。


「そういえば、ハイノハツメさんってどなた? マメゾンの方?」


 俺はわかばの口から出てきた言葉に一瞬固まってしまう。その【ハイノハツメ】という言葉で浮かんでくる人物は一人だけである。それが何故わかばの口から出てきたか分からない。

「え?」

 わかばは、俺にそっと一つの御祝儀袋の中袋を差し出す。久しぶりにみる『灰野初芽』という文字があり、その文字を見入ってしまう。

「……これはカイノハジメって読むんだ……俺の取引先にいた人で鬼熊さんの大学時代の友人で……」

 俺の言葉にわかばは、納得したのか二コリと笑う。

「だから鬼熊さんの袋と一緒に入っていたのね。住所が書かれていなくて。どこにお返ししたらいいのかと思って」

 初芽からのお祝い、俺は別の意味で悩んでしまう。鬼熊さんから聞いたのだろうし、鬼熊さんが託されてきたという事は初芽の純粋な気持ちだろう。

「今アメリカに住んでいるから……鬼熊さんと相談してみるか……」

 疚しさではなく、嬉しいのだがその気持ちをどう整理して良いのか分からず、冷静を装ってそう応えておく。あまりにも意外過ぎる人物からのお祝いだったから。それを隠しリストのチェックを続ける事にした。

 夜、わかばに先にお風呂に入ってもらい、俺はfacebookをひらく。新婚旅行とか引っ越しでしばらくチェックできていなかった事もあり、俺の結婚報告に対して溜まっていたお祝いの言葉に返事をいれていく。

 その中に初芽のからのお祝いの言葉も見つける。

「結婚おめでとうございます。

 遠くアメリカからお二人の幸せをお祈りしています」

 短い簡潔で初芽らしい言葉。別れてから初めて書かれたコメントが結婚のお祝いだとは、妙な気持ちである。もう初芽からのリアクションに切なさとか痛みはもう感じない。初芽の声でそのまま聞こえてくるその言葉を心の中で聞き素直に喜びをかみしめる。

 ふとスカイプをみると初芽がオンラインである事に気が付く。別れた直後はその表示をドキドキしながらそれを見続けていたが、今は冷静にそれをみている自分に気が付く。俺は通話ボタンをクリックする。もしかして出てくれないかなとも思ったが、意外な程すぐに反応はあった。ディスプレイに現れた初芽は、髪も伸びていて柔らかい感じになっていた。着ている服も日本にいるときよりも華やかなものとなっていて、ニューヨーカーらしいお洒落を楽しんでいるようだ。ディスプレイの中で初芽が二コリと笑う。

「久しぶり。いきなりの電話びっくりしたわよ」

「俺も、いきなりのお祝い驚いたよ。

 でも嬉しかった。ありがとう」

 そう応えると初芽は目を見開き俺を面白そうに見ている。別れてから五年も経つと、意外と気楽に話せるようだ。俺の弱さダメさを自分で受け入れられた事で、初芽を思い出した時に陥っていた自己嫌悪ももうない。そして画面の向こうには、日本にいた時の悩み思いつめていたような様子はなく、さっぱりと明るく笑う初芽がいる。俺と付き合っていたときの寂し気な色の目もしていない。

鬼熊さん(キグ)に結婚の話を聞いたの。余計なお世話かなとも思ったんだけどね、やはりお祝いをしたくて立て替えてもらったの。だから実はまだ私の懐からは出ていないのよね。だからお礼言われるのも変な気持ち」

 フフフと茶目っ気のある顔で笑う。アメリカにいったせいか、表情がかなり豊かになったように見える。初芽はアメリカに行き、転職して完全にアチラを拠点として生活している。日本より、アチラの空気の方があっていたのだろう。

「ならば、お祝返しは、本当の意味でお金の移動があった後でしばらく待った方が良いかな?」

「別にそれはいいわよ。貴方が結婚する。しかもすごく幸せそうだと聞いて、嬉しくて。その気持ちだけだから」

 俺はその言葉に、照れくささを感じ少し目を逸らしてしまう。鬼熊さんはどう俺の事を初芽に話したのか? それを聞くのも怖い。

「色々醜態も晒しただけに、ご心配おかけしたようで……。そのお詫びも含めてお返しさせて欲しいかな」

 初芽は顔を横にふり苦笑する。その苦笑の意味がなんとなく分かり俺は小さく深呼吸する。

「相変わらずそういうところ生真面目なのね」

 俺は肩をすくめる。

「あとさ、今電話したのは、初芽に謝りたくて、そしてお礼言いたくて」

「謝る?」

 不思議そうに顔を傾ける初芽に俺は頷く。

「わか、いや妻に怒られてやっと分かったんだ。初芽が俺に対して不満に思っていた所」

 俺の言葉に初芽は慌てて否定しようと口をひらく。

「いや、不満では、それに私も同じだから。馬鹿みたいに意地はって素直になれないで……自分の世界に引き籠っていた」

 そう俺が初芽に感じていた不満を、初芽はそのまま感じていたのだろう。今だから理解できる。二人でいながらお互い一方通行の愛に苦しんでいた。

「それは俺も同じだったから。つくづくチッチャい男だったと思うよ」

「そんな事はないわよ、チッチャクはないわよ。細かいけど。私こそつくづく面倒くさい女だったと思うわ」

 自分の方が悪いと言いあって二人で笑ってしまう。

「……というか私達似過ぎていたのね」

 簡単に言ってしまうとそうなのだろう。俺は素直にその言葉に頷く。似ているから惹かれて、似すぎているから別れた。

「確かに。

 ならば姉さんって呼ばせていただきますか? 考えてみたら精神的な姉弟みたいなものだろ?」

 俺がそう言うと、初芽は思いっきり顔を顰める

「いやよ、自分ソックリで可愛くない弟なんていらない」

 そう速攻に返されて笑ってしまう。そうしているとリビングの扉の開く音がしてわかばが入ってくる。

「正秀さん? 誰かとお話しているの?」

 そう不思議そうに聞いてくるので、俺は頷く。

「さっき話をしていた灰野さんとスカイプでお話していたんだ」

 ハッとしたような顔をするわかばを俺は手招きして呼ぶ。わかばは咄嗟に髪を整えてからパタパタとコチラに近づいてくる。

「紹介するよ、俺の妻わかば」

 わかばはPCの前でペコリと頭をさげて挨拶をしてお祝のお礼をする。そんな様子を初芽は少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑みを浮かべ『友人の灰野初芽です』だと挨拶を返してくる。そのまま当たり障りのない会話を続ける。アメリカでの事、清瀬くんと鬼熊さん夫婦の話など……。それをわかばはニコニコしながらただ聞いていた。俺はそんなわかばに時々視線を向けながら初芽との会話を楽しむ

「キグの所もそうだけど、どこもラブラブでまいっちゃうわよね。仕事ではいけ好かない感じの顔でやっていた癖に、奥さんの前ではそんな甘い顔する人だったんだ……。

 ……私も……結婚って悪くないかな! と思っちゃうじゃない」

 初芽はクスクスと笑う。そして顔を少し真面目な表情に戻す。

「実はね、先日求婚されたの」

 そう言ってから少し照れた顔になる。

「アイルランド出身の人で、ビックリするほど大らかというか大ざっぱで、朝から肉料理を作って出してくるような人よ。クマみたいな体型で……。

 国際結婚だし、私と真逆な人だし、すぐにダメになるんじゃないかとか、色々考えてしまったりもして悩んでいたんだけど……なんか今の清酒くん見ていると私も踏み出しても良いかなと思えたわ。

 感じた事はストレートに言ってくれるから、それだけ気付かされる事も多いし、違うって事が楽しいのかもしれない――」

 そう恋人の事を語る初芽は俺と付き合っていたときにはしていなかった柔らかく穏やかな笑みを浮かべていた。俺の前では取れなかった固い鎧はもうない。それは俺も同じなのかもしれない。

 散々抱き合って傷つけあって……離れて時間をおいたことでやっと素顔で話せるようになったようだ。

「おめでとう」

 俺は素直な気持ちでその言葉を伝えた。初芽が俺にお祝いをしてきた気持ち、今良く分かった。かつて本気で愛した相手だからこそ、幸せになってもらいたい。笑顔でいてくれることが嬉しい。そこにかつてのような熱い感情はないけれど、自分にとって大切で愛しい相手だから。幸せになってもらいたい。


 スカイプを切り、俺も風呂に行き戻ってくると、わかばはジーと電源の落ちたPCのディスプレイを見つめている。俺に気付くと何か言いたげに見上げてきた。唇を尖らせて少し拗ねているような顔。

「灰野さんって素敵な方だね。美人だし」

 なんとなく俺と初芽の関係に気がついているようだ。俺は苦笑する。

「仕事も出来る分キツい面もあるけどね……。

 あのさ……確かに昔、付き合っていた事あるけど、わかばが心配するような事はもう全くないよ。先程の会話で分かるだろ? 互いに互いの結婚を素直に喜び会えるそんな関係だ。もう五年も前の話だし」

 わかばは俺を心配そうに見上げている。さすがに結婚直後、元彼女に連絡いれたのは不味かったかもしれない。俺が逆の立場だったとしても良い気はしない。

「さっき連絡したのも、そういった未練とか想いもないから出来たんだと思う。

 逆に。もう俺は誰よりも大切で愛する人と出会い、幸せになっている。だから心配しないでと報告はしたかったんだ」

 【愛する人】の言葉に煙草さんは照れ目を逸らす。

「やっぱり、まだ怒っている? 気分を悪くさせて。本当に悪かった」

 顔を赤くして見上げてくるわかば。もう怒ってはいないようだ。

「いえ、怒ってないよ。先程の会話の感じも、そういうベタベタした感じではなかったから分かるし。灰野さんも恋人の事も滅茶苦茶嬉しそうに話していたし。それを嬉しそうに正秀さん聞いていたし……。

 少しだけ……嫉妬しただけ。あんなに大人っぽい綺麗な人と……正秀さん色んな素敵な思い出を重ねてきたのかなと思うと悔しかった。それだけなの」

 嫉妬もこんなにストレートに可愛くしてくれると嬉しいものだ。

「思い出の量でいうと、もう既にわかばとの時間の方が長いし多い。

 それにこれから二人で更に様々な思い出重ねていくんだろ? 夫婦として家族として」

 煙草さんは真剣な顔で俺の言葉を聞き、感動したように目を潤ませる。

「そうですね。これからも二人でイッパイイッパイ楽しんでいきますか!」

 弾けるような笑顔は眩しさを覚えるほど輝いていて、俺は目を思わず細めてしまう。鼻腔をくすぐるシャンプーとボディーソープの香り。目の前には可愛い新妻。

「そうだね。二人で色々楽しもう」

 二人で楽しい事……良いね~。

 さてと、早速今からも二人で素敵な夜を過ごす事にするか。俺はニッコリと笑いわかばを見つめ頷いた。


これにて完結です。

ここまで清酒正秀にお付き合い頂きありがとうございました。


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