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 海沿いの堤防に腰かけ、拓海はぼんやりと海を眺めていた。

 そういえば小さい頃もこうやって、何時間も座っていた。雫と一緒に。

 そして雫は時々、拓海に手紙を見せてくれた。会ったこともないという、雫の父親からの手紙だった。

「私いつかきっと、お父さんの所に行く」

 大事そうに何通もの手紙を読み返しながら、少し寂しそうに笑った雫の顔を、なぜか今ごろ思い出す。

 そんな雫が、妊娠していると遼二から聞いたのは数日前。その途端、頭の中がぼうっとして、すぐに大輔に対する怒りが沸いてきた。

 だけど遼二は拓海に言うのだ。

「兄貴には言うなよ?」

「何でだよ。相手はあいつしかいないだろ」

「雫が言わない限り、俺たちが口を出すわけにはいかねぇよ」

 ぎゅっと右手を握り締める拓海の前で、遼二が小さく息を吐く。

「俺だって腹が立ったよ。あんたの兄貴を殴ってやろうかと思ったよ。だけどあんな家族の姿を見たら、何にもできねぇじゃん」

 拓海の頭に、大輔と水紀、そして翔太の笑顔が浮かぶ。

「それに雫だって、そんなの望んでない。だからあんたが、雫を大事にしてやれって言ったんだ」

 唇を噛みしめ、遼二から顔をそむける。雫の気持ちを想像して、どうしようもなく胸が痛くなる。

「しっかりしろよ、拓海」

 遼二の声を聞きながら考える。

 自分はそんな雫に何ができるのだろうか。何をしてあげればいいのだろうか。


 夕方のチャイムが鳴る。あたりは夕陽の色に染まり、どこからか豆腐屋のラッパの音が聞こえてくる。

 だけど雫は、まだ帰ってこない。

 ――雫が戻ってくるまで……俺、ここで待ってるから。

 待つよ。いつまでもここで待つよ。だから……だから早く帰ってこいよ、雫。

「拓ちゃん!」

 名前を呼ばれて振り返る。薄闇の中を、水紀が大きなお腹を抱えて駆け寄ってくる。

「大変なの……お義父さんの具合が急に悪くなって……早く、家に戻ってあげて」

 蒼ざめた水紀の顔を見て、父の容態がずいぶん悪いのだということがわかる。

「拓ちゃん、早く!」

 水紀に腕を掴まれる。だけど拓海はぼんやりと突っ立ったままつぶやく。

「兄貴は……父さんのそばにいるの?」

「ええ」

「じゃあ俺は行かない。俺はここにいなくちゃならないから」

「何言ってるの? 今行かないと……もうお父さんに、会えなくなるかもしれないのよ。それよりも大切なことが、あるっていうの?」

 それよりも大切なこと……。

「……うん」

 答えた瞬間、頬に鈍い痛みが走った。目の前で涙を流す水紀の顔を見て、自分が彼女に殴られたことに気づく。

 水紀は何か言いたげに唇を震わせていたけれど、すぐに拓海に背中を向けて、小走りに今来た道を戻っていった。

「ごめん……水紀さん」

 水紀の姿が、拓海の前から消えていく。

「父さん……ごめんな」

 薄暗いこの町が、闇に包まれる。明るい照明も、騒がしい音もない。ただ真っ暗な中に、波の音が聞こえるだけ。

 水紀が消えた道路の向こうに人影が見えた。

 朝と同じ姿の雫が、そこにぽつんと立っていた。

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