表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/33

20

 防波堤の上で携帯電話を耳に当て、遼二は何度目かのコールを聞いていた。

 出るわけない。最低と言われた自分からの電話に、莉奈が出るわけない。

 それでももう一度だけ話せるなら、莉奈にちゃんと伝えたかった。

 自分が間違っていたって、気づいたことを。

 今さら謝っても、どうにもならないとは、わかっていたけれど。

 突然コール音が途切れて、懐かしい声が耳に響く。

「……はい」

 莉奈の、ちょっとかすれがちな声。

 遼二の頭に、午後の教室の、けだるい授業風景が浮かぶ。

 英語教師に名前を呼ばれて、立ち上がる莉奈の背中を、後ろの席からいつも見ていた。

 教科書を読む、控えめな声。

 自分だけに見せてくれた、はにかんだ笑顔。

 キスをする瞬間の、目を閉じた表情。

 白くて柔らかい、肌の感触。

 そんな莉奈の全部が、好きだった。

「遼二くん?」

「うん……」

 電話越しの莉奈の声に、何も答えられない自分がいる。伝えなければならないことが、あるはずなのに。

「どうして……」

 莉奈の声が途切れがちに聞こえる。

「どうして電話なんてしてきたの?」

「……もう一度、話したいって思って」

「私は話すことなんかない。もう切るから」

 はっと顔を上げて、電話の向こうの莉奈に言う。

「待って……切るな。莉奈……」

「私の名前を呼ばないで!」

 耳元の携帯をぎゅっと握りしめる。

「遼二くんに名前を呼ばれたら、付き合ってた時のことを思い出しちゃうでしょ? 私はもう忘れたいの。楽しかったことも、嬉しかったことも全部……思い出すと、もっとつらくなるから」

 莉奈の声を聞きながら、こんな想いをさせているのは自分だと思った。

「ごめん……莉奈」

「今さら謝ったりしないで」

「わかってる。謝ったって、どうにもならないって」

「だったらもう二度と、電話なんかしないで」

 深く息を吸い込んでから、それをゆっくりと吐き出す。潮の匂いが鼻先をかすめる。

「莉奈、俺さ……」

 目を閉じて、莉奈の笑顔を思い出す。

「俺、莉奈のこと、好きだった。本当に」

 もっと……もっと、大切にしてあげればよかった。もっと、「好き」って言っておけばよかった。

 女の子から付き合ってと言われて、付き合ったことは何度もあったけど、自分から告白したのは莉奈が初めてだった。

 自分の前で莉奈が小さくうなずいて、付き合い始めたあの日。

 二人で並んで歩いて、少しずつ相手のことを知っていった。

 初めて莉奈と手をつないだ時は、馬鹿みたいにドキドキして……女の子とは、とっくにセックスだって経験済みだったくせに。

「大事にしてあげられなくて、ごめん。莉奈のことも……俺たちの……子供のことも」

 莉奈は何も言わなかった。その代わりに、震えるような吐息がかすかに聞こえる。

 また自分が、莉奈を泣かせてしまった。

「悪いのは……全部俺だ」

 晴れ渡った夏空の下、港を出て行く船が見えた。そんな光景を見つめながら、いつか聞いた雫の言葉を思い出す。

 ――ここに立ってると、女の人の霊に引き込まれるのよ。

 馬鹿馬鹿しいと思っていた。そんなふうに一途に人を愛するなんて……いつまでも未練たらしく相手のことを想っているなんて……。

 それなのに今の自分は、ただの未練たらしい男じゃないのか?

「遼二くん?」

 莉奈のかすれる声を聞きながら、ゆらゆらと揺れる水面をのぞきこむ。

 頭の上から降る、強い日差し。波が水面を揺らし、眩暈がしてくる。

 ああ、そうか。ここに飛び込めば会えるんだ。

 死んでしまった、自分の子供に――。

「遼二くん!」

 莉奈の声にはっとする。体がぐらりと揺れて、コンクリートの上にしりもちをつく。

「何やってんだ……俺」

 手に持っていたはずの携帯がない。まさかと思って海の中を覗き込むと、小さな波紋が波に流されていくところだった。

「嘘だろ……」

 莉奈と自分をかすかに繋ぎ止めていた糸は、海の中へ引き込まれ消えてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 読み進めるたびに胸が苦しくなりますね。 でも読むのをやめられない。
2023/10/31 16:04 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ