【収納】を引いた五歳の俺が笑った理由
神殿の白い床が、幼い足には冷たかった。
五歳の誕生日。バルトス伯爵家の子供として、俺はスキル発現式に臨んでいた。
「次、レイン・バルトス」
神官の声が響く。俺は祭壇の前に進み出た。
周囲には父と母、そして四人の兄たち。父の表情は無関心そのもの。五男の儀式など、形式的な義務でしかないのだろう。
(まあ、そうだろうな)
俺は内心で肩をすくめた。
長男は【剣聖】。次男は【槍術】。三男は【強化】。四男は【風魔法】。いずれも戦闘向きのスキル。戦争中のヴェルデン王国では、それこそが価値だ。
五男の俺に、誰も期待していない。
「では、始めます」
神官が祈りを捧げる。光が俺の体を包み、何かが芽生える感覚がある。
そして——
「【収納】」
神官がそう告げた。
◇
「収納か」
馬車の中で、父がつまらなさそうに言った。
「まあ、商人にでもなるんだな。伯爵家の五男としては、悪くない道だろう」
兄たちが笑う。
「収納って、荷物持ちってことだろ?」
「戦場じゃ役に立たないな」
「まあ、五男だし」
俺は黙って頷いた。
(好きに言ってろ)
怒りはない。むしろ好都合だ。期待されないということは、監視されないということ。自由に動ける。
「レイン、気を落とすな」
母が小声で言った。父の側室である母は、この家での立場が弱い。俺を気遣う余裕があるだけマシだろう。
「大丈夫です、母上。商人も悪くないと思います」
「そう……強い子ね」
母は少し悲しそうに笑った。
(悲しむ必要はない。これは、むしろチャンスだ)
◇
屋敷に戻り、自室に入った。
ようやく一人になれた。俺は早速、スキルを試してみることにした。
「【収納】」
意識を集中すると、目の前に半透明の空間が現れる。なるほど、これがスキルの基本機能か。
試しに、机の上にあったペンを入れてみる。
ペンが空間に吸い込まれ——
「……ん?」
違和感があった。
普通の収納空間なら、ただ物が入るだけのはず。だが、俺の目の前には、奇妙な「表」が浮かんでいた。
半透明の板に、文字が整然と並んでいる。番号が一。名前はペン。種類は文具。数量は一。取得日は今日。まるで帳簿のように、項目ごとに整理されている。
「なんだ、これ」
俺は他のものも試した。本、コイン、小石。
入れるたびに、表に行が追加されていく。自動的に分類され、整然と並ぶ。
「これは……」
記憶が蘇る。いや、「記憶」というのは正確ではない。
俺には、前世の記憶がある——というわけではない。だが、この「表」を見た瞬間、なぜか理解できた。
これは【収納】ではない。
「データベース……」
口にした瞬間、スキルが反応する。
脳内に情報が流れ込んでくる。
【データベース】データを格納する「表」がある。表の各行を「レコード」と呼び、各列を「フィールド」と呼ぶ。機能は段階的に解放される。
「段階的に解放……」
つまり、今はまだ基本機能しか使えない。だが、これだけでも分かる。
このスキルは、ただの【収納】ではない。
情報を整理し、管理する力。それが【データベース】の本質だ。
「面白い」
思わず口元が緩む。
周囲は【収納】だと思っている。戦闘では役に立たない、地味なスキル。
だが、違う。使い方次第で、これは——
「化けるぞ、これは」
俺は机に向かい、紙を取り出す。インクの匂いが鼻をくすぐる。
まずは、このスキルで何ができるか。何を準備すべきか。どうすれば、この家を出て成功できるか。
計画を立てよう。時間はある。成人まで十年。
(見てろよ、兄貴ども)
五歳の夜、俺の計画は始まった。




