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愛別離苦

この世界には魔力というエネルギーはあるが、それを自在に操る“魔法”という術を使用できる者が存在しない。

その日は、やけに静かだった。


いつもなら、どうでもいいことで言い合いをしているはずなのに。


「…」


レイは何も言わない。


『…』


セリシィも、何も言わない。


会話がないわけじゃない。


ただ、どちらも口に出さないだけだった。


セリシィも、絵の中で黙り込んでいた。


考えていることの方向は同じ。

でも、見ている先は少し違う。


「なあ」


レイが先に口を開く。


『なによ』

「やっぱさ、やるしかないよな」


セリシィはすぐには答えなかった。


『…なにを』


わかっているくせに、そう聞く。


「解呪だよ。」


短く言い切る。


その一言で、部屋の空気が少しだけ重くなる。


『……』


セリシィは何も言わない。


「このままってわけにもいかねえだろ」


『このままじゃ、だめなの?』


静かな声だった。


「だめとかじゃなくてさ」


レイは言葉を選ぶように、少しだけ間を置く。


「約束したし」


それだけだった。

理由は、それだけで十分みたいに。


『…そういうところよ』


小さく吐き出す。


「なにが?」

『なんでも、約束で片付けるところ』


少しだけ棘がある。

でも、強くはない。


「片付けてるわけじゃねえよ」

『じゃあなに』


レイは少し考えて、すぐに答える。


「守ってるだけ」

『……』


セリシィはそれ以上言い返せなかった。

だって、その言い方がずるいから。


『……ねえ』

「ん?」


少しだけ言い淀む。


『解呪して、私が消えたら』

「…」

『レイはどうするの』


レイは少しだけ目を細める。


「どうもしねえよ」

『へ?』

「どうもできねえだろ」


淡々とした声でレイは言う。


『なによそれ』

「消えるなら消えるで、それで終わりだろ」

『…っ』


一瞬、空気が張り詰める。


でも、レイは続ける。


「でも」

「それでもやるしかねえじゃん」


さっきよりレイの声のトーンがほんの少し落ちた。


『…なんで』

「約束だから」


同じ答えだったのに、さっきより少しだけ重い。


『…やっぱり律儀ね。』


ぽつりと、セリシィが呟くように言う。


「よく言われるよ。」

『そう。』


少しの沈黙。


時計の音が、やけに大きく聞こえる。


『ねえ』

「ん?」

『最後にさ』

「最後とか言うな」


食い気味に返す。


『いいから聞きなさい』


少しだけ強い声だった。


「…なに」

『私が消えるとしても、消えないとしても。』


言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。


『ちゃんとやってほしいの』

「ちゃんとってなんだよ」

『中途半端にしないでってこと』


『怖いけどね。』


少しだけ間が空く。


『それでも、最後までやってほしい』


レイは視線を逸らさない。


「最初からそのつもり。」


『ほんとに?』

「ほんとに」


即答だった。


『…そっか』


小さく息を吐くように言う。


『じゃあさ』

「ん?」

『約束さ、もう一個いい?』

「また増えんのかよ」

『いいでしょ別に』

「…まあ、聞くだけなら」


セリシィは少しだけ迷ってから、口を開く。


『最後まで、一緒にいて』

「は?」

『そのままの意味。恥ずかしいからこれ以上言わせないで。』


レイは少しだけ眉をひそめる。

「それくらいなら、言われなくてもするだろ」

『ちゃんと約束して』


「…」


レイは一瞬だけ言葉を止める。


「…わかった」


短く答える。


『絶対?』

「絶対。」

『絶対だからね。』


迷いはなかった。


『…ありがと』


今度はさっきよりもはっきりとした声だった。

また少し静かになる。

でもさっきまでとは違う。

どこか、決まってしまった後の静けさだった。



セリシィがわずかに微笑む


「それやめろよ。」

『いいじゃない。』

『泣きたくても泣けないもの。』



「……」


レイは何も言わない。

少しだけ、視線を逸らす。


『ねえ』

「ん?」


『もう、やるの?』

「…ああ」


短く答える。


『そう。』


それだけだった。


軽く言ったはずなのに、少しだけ重く言葉が落ちる。


「やめるなら今のうちだけど。」

『やめない』


即答だった。


「…っ」


レイは立ち上がる。

テーブルの上に置いてあった魔力収集機に手を伸ばす。


簡単なものだ。

調べて、考えて、寄せ集めた。

本当にこれでいいのかなんて、わからない。


でもやるしかないから。


『レイ。』

「なんだよ。」


『これ、魔力収集機なのよね。』

「そう…だけど。それが?」

『呪い集めれちゃったら魔力収集機じゃなくて呪い収集機とかそういうのじゃないの。』


意味不明だけど、セリシィにとってこの緊張を和らげるにはこれが精一杯だった。


『目、逸らさないで』

「逸らさない」

『最後まで?』

「最後まで」


『…そう。』


ほんの少しだけ、間が空く。


『ありがとう』


セリシィがそう言う。

それが合図みたいだった。

レイは小さく深呼吸をして、手を伸ばす。

絵に触れる。

冷たい。

それなのに暖かく感じる。


「……いくぞ」

『うん』


短い返事。

レイは緊張で目を逸らしたくても絶対に逸らさない。

セリシィも、逸らさない。

ほんの少しの距離。

触れられないはずのふたり。

レイの額に、うっすら汗が滲む。

それでも、

指先を近づける。


『…レイ』

「なんだよ」

『名前、呼びたくなっただけ』

「…そうか」


『ねえ』

「ん?」

『もし、よ。』

「……」

『もし触れたら、どうする?』


レイは少しだけ考えて、


「そのままにしとく」


そう答えるだけ。


『なによそれ』

「そのままがいいんだろ」

『…うん。』


小さく言う。

でも、少しだけ笑っているみたいだった。

レイは、そのまま手を止めない。

距離が、なくなる。

あと少し。



触れたのかもしれない。

触れていないのかもしれない。

だけど感触はある。少しあたかかった。


『やっとわかったわ。』

「なにがわかったんだ。」

『この変な気持ちの正体は―』


言い終わる前にセリシィが完全に消えた。


「最後まで言い切れよ。」


レイにはセリシィの言いたかった事は伝わっていた。

あの声はもう聞こえない。絵画はもう動かない。


だけど、動かないはずの絵画がほんの少し微笑んだ気がした。

それだけのことで、レイが我慢していたものが一気に溢れ出す。

たくさん泣いた。

たくさん泣き声を上げた。

魔力しかないせいで、こんなおかしな現象が起きていました。

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