呪いと出会い呪いを迎える
この世界には魔力というエネルギーはあるが、それを自在に操る“魔法”という術を使用できる者が存在しない。
レイはいつものように美術館に仕事をしに行った。いつもの作業。掃除、掃除。
いつもは禍々しい気配を感じるし開かないので絶対に入らないが、最近掃除していないらしく開かずの扉の先にある部屋の掃除を任された。
「開かずの扉ねぇ。果たしてどんなものやら。」
管理人から渡された鍵で、扉を開けた。
「うわっ、けほっ」
扉を開けた瞬間、埃が多すぎてレイは咳き込む。
「これ掃除しろって嘘でしょぉ、?」
想像の10倍くらい埃があった...
レイが時間をかけて床をピカピカにした。
「ふーっ、よぅし、次、壁か。」
「...ん?」
壁にかけられ、埃で真っ白の絵画を見つけた。
「何この絵?」
埃を指で落としていくと、呼吸を忘れそうなほど美しい少女の絵があった。
「な、なにこの絵、?こんなの知らない。見たことな
―えっ?今動いた?動いたでしょ!?」
顔面蒼白。
確かに、絵画の少女はもぞもぞと動いていた。
「怖ぁっ!?」
レイは気絶しそうだった。ふらふらしながら、白目を剥きかける
『ちょっと、危ない!』
絵画の少女が叫んだ。
「ふぇっ!?」
レイは咄嗟に意識を取り戻した。
「今誰がしゃべった?え!?」
『私よ!わ・た・し!』
「ぎゃぁぁぁっ!絵画が喋ってる!」
普通の反応だった。絵画が喋ってて叫ばない方がおかしい。
しかし、絵画の少女は耳を塞ぐ
『うるさい!』
「あっ、ごめん!」
『別にいいわ。』
「ね、ねえ?」
『なによ』
「君の名前って―」
『セリシィよ!』
ドヤ顔で名乗る呪いの絵画。
即答。レイの言葉が遮られた。名前を聞かれるのが相当嬉しかったようだ。
「あ、うん。」
「俺は、レイ。」
『悪くない名前ね。』
レイは掃除しながら、セリシィと話す。
絵画と話していても、ひとりで黙って掃除するよりは楽しい。
突然、セリシィがとんでもないことを言った。
『私、この美術館の外に出たいんだけど』
「へっ?何言ってんの?」
『言葉の通りよ。外に出たいの。』
「外、?管理人さんに聞いてみる?」
『えっ!?ほんと!?やったぁ!』
「まだ外に出れるかわかんないのに。よっぽど外に出たいんだね。」
『当たり前じゃない!300年ここに閉じ込められてるのよ!』
「さんびゃっえ!?」
「それって300年も前に書かれた絵ってこと!?」
『当たり前じゃない。なにがおかしいのよ。』
「あー、そっか。」
その後も喋りながら壁、天井の掃除を終わらせる。
「じゃー、管理人さんと話してくるからね!」
『はーい!』
レイが部屋から出た。
レイの帰りを待つセリシィは、飼い主を待つ子犬のようだった。
扉の外から足音が聞こえるたび、顔がぱっと明るくなるがそれが離れていき、レイではなく客の足音だとわかるとがっくりと肩を落とす。
4時間ほど経ち、扉の鍵ががちゃりと開く。
扉をレイが開ける。軋む音がするがお構いなし。
『レイー!!』
セリシィが尻尾があればちぎれそうなくらい嬉しそうなのが、絵画相手でもレイにはわかる。
「え?」
『こほん。どう?許可は取れた?』
「あ、うん。無料だって。呪われた絵画を手放せるならって。」
『失礼ね。』
「いやごめんって...」
『まあ、優しいのは認めるわ。』
「あ、ありがとう。」
その後セリシィは、レイに荷物のように背負われて一緒にレイの家に帰る。
『ちょっ、扱いが雑よ!』
絵画の額縁にセリシィがぶつかるたびセリシィは痛そうな顔をする。
「しょうがないじゃん。」
それはそう。
家に到着して、入る。
「ただいまー」
『ふーっ、ふーっ、』
「絵にも疲れとかあるんだ」
『あるわよ。それで?ここが私を迎え入れる家?随分と普通じゃない。』
「悪かったな普通で!!」
顔を逸らしながら、頬がほんのりと紅い。
『でも、ありがとう。』
意外なお礼に、レイは思わず笑ってしまう
「ふふっ」
『なに笑ってるの!!!!』
「いや、なんかさ。ほんとに来たんだなって思って」
『なによそれ。来ちゃ悪いの?』
「悪くはないけどさ。絵が家にいるって普通じゃないだろ」
『私は普通じゃないわよ、最初から』
セリシィは少し得意げに言う。
絵画の中の少女が胸を張るのは変な光景だったが、レイはもう少し慣れ始めていた。
「まあ、確かに」
レイは部屋の隅にセリシィを立てかける。
壁に掛けるのはやめて、床に近い位置に置くと、セリシィがむっとする。
『ちょっともっといい場所に置きなさいよ』
「え、ここでいいじゃん」
『視線が低いのは嫌!』
「絵なのに視線って何?」
苦笑い。
『300年の歴史がある素晴らしい絵が地面に近いなんて嫌よ!』
「自分で言うんだ、それ」
わけのわからない理屈だったが、妙に説得力はあった。
レイはため息をついて、少しだけ壁際の棚の上に置き直す。
『……まあ、悪くないわね』
「急に偉そうだね」
セリシィは満足そうに黙る。
しばらく静かになったあと、セリシィがぽつりと聞く。
『ねえ』
「ん?」
『ここ、本当に外なのよね』
レイは少しだけ言葉に詰まった。
「...外ってか、美術館の外だけど」
『それでもいいわ』
妙に軽い返事だった。
そのくせ、絵の中の目はじっと天井を見ている。
まるで何かを確かめるみたいに。
『300年ぶりよ』
「そんなにか」
『そんなに、よ』
レイは何も言えずに、床を軽く拭いた。
もう掃除は終わっているのに、手持ち無沙汰だった。
そのとき、セリシィが小さく笑う。
『ねえ、レイ』
「なに」
『あなた、怖がらないのね』
「いや最初は普通に怖かったけど」
『今は?』
レイは少し考えてから答えた。
「……うるさい絵だなって思ってる」
『はあ!?』
即座に怒鳴る声が部屋に響く。
でもその声には、さっきまでの“遠さ”はもうなかった。
『失礼すぎるでしょ!』
「でも喋るし動くし、もう慣れた」
『慣れるの早すぎるのも問題あるわよ』
レイは軽く笑う。
その笑いに、セリシィは一瞬だけ黙る。
『……まあいいわ』
「いいんだ」
『ここ、悪くないし』
少しだけ小さな声だった。
その言葉のあと、部屋に静けさが落ちる。
外では風の音がしているのに、この部屋だけ少し別の空気みたいだった。
レイは立ち上がる。
「じゃあさ、とりあえず今日はここでいい?」
『何が?』
「居場所」
セリシィは一瞬だけ固まって、それから視線を逸らす。
『……勝手に決めないで』
「はいはい」
そう言いながらも、レイはセリシィのいる棚をもう一度見た。
そこにある絵画は、さっきより少しだけそこに馴染んでいるように見えた。
魔力しかないせいで、こんなおかしな現象が起きています。




