ランスの後悔
カリスは着実にランスを殺そうとしていた。赤い悪魔を怒らせた恐怖を味わわせるために……
※ランス視点です。
その姿、まさに氷の侯爵。俺の中で、晩餐会の夜が走馬灯のように押し寄せてきた。
あの時も、カリスは同じ目をしていた。その殺気、その視線だけで殺されそうな……
【これが氷の侯爵たる所以か……噂は本当だったのだ!なんと恐ろしい。目が合っただけで殺されそうだ!】
あの時はよく逃げおおせたものだ。だが今は、足がすくんで動かない。
目が合っただけで殺されそうに熱いのに、熱がなかった。
あまりに静かで、その殺気だけで殺されそうだ。
その目はただーー”結論だけ”を見据えていた。
(……ああ、俺は馬鹿だ)
子供の頃から何度も張り合ってきた。
腕力でも、剣でも、勉学でも、女でも負けた。
悔しかった。
羨ましかった。
何においても、カリスには勝てなかった……
いつもカリスは勝つのが当然だと言わんばかりで。焦りも動揺もなく、ただ前を見る人間の目をしていた。
だが今のカリスの目は違う。
“すでに俺を殺す未来まで見えている目”だった。
(勝てるわけがない、こんな化け物に……)
「ランス」
名前を呼ばれただけで、背筋が跳ね上がる。返事ができない。喉がひきつって声が出ない。
「お前は……俺の大切なものを汚そうとした」
淡々とした言葉。
だがその裏にあるものは、底なしの奈落だった。
「待て、待ってくれ!カリス……俺はリディアに唆されただけなんだ!あの子がこうすればいいって言ったから……」
張り付いた喉から、やっと声が出た。そうだ、俺はアリアを救うために……
「……リディア?」
カリスがわずかに目を細める。
「そ、そうだ。リディアだ……あの子は言ったんだ!アリアはお前という悪魔から解放されるんだ……赤い悪魔から!!俺はアリアを悪魔から救ってやったんだ!」
「……アリアを救った、だと?」
カリスの声は低く、乾いている。俺の弁明を聞いてもなおどこまでも冷静だった。
やがて奴は静かに息を吐く。
「お前は……自分がしたことが、まだわかっていないのか」
部屋の空気が変わった。
ゴクリ、と俺が生唾を呑む音だけが部屋に響いた。
俺は……
ああ、俺は……本当に愚かだった。カリスからアリアを救う??
そんな事を一瞬でも思ったばかりに……願ったばかりに……!
カリスは一歩、こちらへ足を踏み出す。
その足音が、雷鳴よりも恐ろしく響いた。
(来るな、来るな……来るな!!)
「ランス……お前には……俺が味わった恐怖の一片でも、わからせてやらねばならない」
カリスが静かに剣を抜くのがわかった。ガタガタと体が震える。動けない。
【俺が味わった恐怖の一片でも、わからせてやらねばならない】
ああ……ああ……充分だよカリス!!もう充分味わった!!お前が味わった恐怖を!お前の底知れぬ怒りを!!赤い悪魔の恐怖を!!
「ランス。安心しろ……せめてもの情けだ。楽に殺してやる」
(俺は……死ぬ。カリスに……殺されるのだ)
俺は後悔した。一度でもカリスに勝とうなどと思ってしまったことを。
そして何より……
カリスの大切なものを、アリアを奪おうとしたことをーー
「勝てるわけがない、こんな化け物に」この一言はランスは完全に負けを認めた瞬間です。でもどうして、敵のはずなのに哀れなんでしょうね?
※なかなか手を下さないカリス様に今気付きました。汗
最後まで読んで頂きありがとうございました。




