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アルセの首都アルヘニオ。王族のいる首都であり、王城周辺の貴族街は華やかだった。領地の経営は下の者に任せ、輸入した白磁機や絵画、装飾品を自慢するためのパーティーが夜な夜な開かれている。その立場にいる権利はあり、代償となる義務はない。そんな風に豪華絢爛に暮らす貴族たちに政治の不満はあるはずもなく、王に権威も集まっている。王族は自身の安政が永遠に続くと傲慢に信じていた。
そんな国の城下は飢えた国民で溢れ閑散と寂しい街並みだった。だがそれは5年前の革命により様変わりする。
黄色に統一された建物の窓には、色鮮やかな花々が植えられ、夜になっても乙女たちは外を出歩ける。多くの屍の上に成り立ってきたこの広大で、新しく出来たばかりと言える新興国の民は比較的幸せに暮らしてきた。今や、巨大と化したこの国の軍事に敵うものはいない。それが周辺の国々の評価で、新しく任命されたアルセの王が傍若無人な男なら連合軍でも出来て倒されるものの、歴史に類を見ない優れた君主のため、アルセの天下は揺るぎないもののように思われていた。
軍事の国、アルセ。その中で、軍人の地位は高い。世界で唯一、軍人という闘う専門の職業を生み出し、命の危険は伴うものの高い給料を伴う。軍人は身分によってなれる階級が変わるものの、高級取りの人気職だ。
5年前の革命時、現王、元レイ侯爵を先頭に多くの民が腐り切った摂政政治率いる軍と闘った。現王率いる勢力は前王勢力に比べ、半分しかなかったが、見事な采配で死傷者を最低限に留まらせ大勝利に導いたのはアルセでは有名な話。当時25歳の天涯孤独の元孤児であった現将軍は、革命の寵児され、実力主義重視という国の方針の象徴とされた。
「おい、あれって」
「ラルー出身の男女」
「あいつ、実は俺らと同じもんぶら下げてんじゃね? 」
国の政を行う宮殿は、前王の金に糸目を着けない装飾をそのままにし、5年経った今でも革命の処理や新しい社会システムの導入でてんてこ舞いとなっている。毎日、誰かの大声が響く中、鈍い金属の音を響かせながら歩く小柄な姿は、まっすぐな姿勢と規律正しい動きで近寄りがたい雰囲気を漂わせた。全身を銀のフルプレートで覆い、目元だけを覗かせれる姿は一見誰かを分からなくさせるはずだが、その男にしては低い背と階級と名前の掘られたプレート、何より時代の寵児、現将軍に贈られた一点物の豪華でありながら実用性に秀でた鎧で誰かは一目瞭然だった。
ラルー出身の男女。それが彼女のあだ名だ。ラルーとは、元スラム街であり、革命で活躍した軍隊を輩出した有名な街だ。そこは、何を言っても現将軍を輩出した村して、今では潤っており、軍隊の殆どを占めていた孤児たちは、市民権を得たのち軍に残ったり医師になったりと好きな道を歩んでいる。また、なぜ、彼女が男女と呼ばれているかというと、その類いまれなる戦闘能力の強さと、いかなる時もそのフルプレートを取らない姿勢からだ。
こそこそと聞こえる冷やかしの声に、彼女は動じない。彼女にとって、どうでもいい奴らにどう言われようともどうでもよかったのだ。
宮殿で私闘は許されておらず、もはや、この国で彼女に仇名すものはいないが、長年の癖で周りを警戒しながら歩く。その癖がより彼女に人を寄らせない原因となっていることを彼女はそれなりに気付いていたが、直す気もなかった。彼女は、普通の女性が好むような趣味を持たず、男社会で生きてきたため女性の友人もいない。所謂、女らしさがないことをもう諦めてさえいた。
そんな逞しい彼女だが、勿論例外はあった。
前方からなにやら緊張感が近寄ってくる。彼女は、その中心を目にした瞬間、廊下の端に向かい、元より良かった姿勢を正して直立する。それは、彼と会う時のいつもの行動だったが、彼女が実は顔を真っ赤にして緊張している事実を知る者はいない。
案の定、その中心人物は彼女を見つけると、補佐官と話すのを止め、一直線に彼女の元へ向かってきた。190センチと背が高くコンパスの長い彼は、国一番の実力を持ちながらも、物資も知識もないスラムの孤児達を一流に育て上げ、勝たせ続けてきた頭脳も持ち合わせた完璧な男だ。
実力を持ち、信頼を勝ち得て、その容姿の良さから国民の女性の人気も厚い彼ことケイ・ロヴァンツ。
明らかに彼女に向かって歩いているにも関わらず、その緊張し直立した体制を崩さない彼女にケイ将軍は苦笑した。
「リサ」
「はっ、如何しましたでしょうか!ケイ将軍!」
フランクに話しかけたにも関わらず、またもや、親しいとは言い難いその反応にまた、ケイ将軍は苦笑い。その仕方ないな、といった表情は彼女、リサが一般兵5人と相手するより攻撃的で彼女の心を揺さぶる。
ケイ将軍はリサにとって、神様で、救世主で、恋焦がれ、そして悲しみを突きつけるそんな存在だった。路頭に迷っていたリサを拾い、助け、仲間をくれた人。あまりにも大切すぎて、話すのも緊張してしまうけど、リサにいつも優しくしてくれるリサの神様。
リサがその感情を恋と知った時、神様に恋をするなんて分不相応だと自分を責めたし、そもそも将軍と中隊長ではあるが、一般的な女と言い難い自分なんかを愛してくれる筈がないと絶望した。
ケイは決まった人を作らないが、ケイと夜を共にしたい女なんて五万といる。この国一番のモテ男と言ったらケイ将軍。それは誰もが知っている事実だ。
「リサ、もっと砕けていいんだよ。前みたいにケイ君って言ってみ?」
「将軍に対してそのようなこと出来ません。昔の自分は愚かでした。忘れてください」
「リーサ、そろそろ僕泣くよ?リサは僕の妹みたいたものなんだから、そんな仰々しい態度されると傷つくな」
戦闘時の無双の強さを感じさせない弱った笑みに、リサの胸がキュンキュンと痛む。神様に砕けた態度をするなんて許された事ではないが、神様がそう願うなら仕方がない。
妹、嬉しくて哀しい言葉を反芻させながら、身体を緊張から無理に解放し、言葉が震えないように深く息を吸う。上司としてならまだマシだ。革命前のあの頃のように話そうと思うと体が固まってしまう。恋なんて気づかなければ良かった。そうすれば、きっとこんな思いしなかったのに。そんな風に思った回数は数知れず、その時もリサはそう思った。
「……ケイ君、私に構う時間あるの?」
「大丈夫だよ。僕はこう見えても優秀だからね。でも、机に向かってばかりで体が鈍ってしまいそうだよ。今度、相手しておくれ」
「うん、分かった」
「じゃあね、リサ」
颯爽と歩くケイまでの距離はどんどん離れていく。革命前までは、もっと一緒にいれた。ケイが優秀でなければ良かったとさえ思ってしまって、リサは自分を恐ろしく感じる。ケイの幸せがリサの幸せ。神様であるケイの不幸を願うなんて罰当たりにも程がある。
リサはどうにもならない感傷を見ないふりして、また任務に戻った。




