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システムソフトウェアの日常譚  作者: ありぺい
第1章 「ガーランドと星の少女」
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発動不能




「えっと…………どこから話せばいいのでしょう」


パルサーの事務所を去って一度ピアの家に戻った俺は、先ほどの疑問を晴らすべく、ピアに尋ねた。内容は言うまでもない、先ほど突如として出てきた「ステラ」とやらのことだ。


「先に確認しておくが、ステラってのはピアの幼馴染なんだよな?」

「そうですけど……」

「で、ギルドマスターであるパルサーの妹でもある……と」

「はい」

「じゃあなんでパルサーが居場所を知らないのに、ピアは知ってるんだ?」


肉親にも伝えないで所在をくらました少女が、ピアだけにそれを話すということは、何かそれなりの理由があるはず。

ガーランド襲撃事件をその場で目撃したステラという少女から、真相を伝え聞いていると非常に楽なのだが、その線は薄い。「両親を殺したのはガーランドじゃない」というパルサーの言葉に、俺よりも驚いていたのはピアなのだから。

けれども、ヒントとなりうることくらいなら聞いているかもしれない。兄弟に隠すくらいだから生半可な内容ではないと思うが。


「お兄ちゃんには秘密にしてって頼まれていまして……理由までは聞いてないです」

「聞いてなかったかぁ」

「本人に聞くのが一番早いのじゃないですか?」

「まぁ、それもそうか」


ピアにしか話さなかった理由は気になるが、居場所が分かるのなら行ってみればいいだけの話。できるだけ早急に向かいたいところだ。


「ピア、ステラって子の住んでるところ、覚えてるんだな?」

「もちろんですよ! インルタル大森林の奥地です」


インルタル大森林の奥地……?

インルタル大森林といえば、その中央部が荒野になっていて、そこにガーランドが住んでいるという場所のはずだ。

突然の引っ越しと、ガーランド生息地付近に移り住むという選択。とても無関係とは思えない。


「よし、準備が整い次第すぐに向かおう。ちょうどパルサーから受け取った前金もあるから、旅の費用に困ることもないしな」

「それにしてもよかったですね」

「なにがだ?」

「だってほら、パルサーさんから直接受け取ったほうの依頼の報酬金が一千万ソニーでしたよね。ガーランド討伐放棄の違約金が三百万ソニーですから、事件の真相さえ突き止めれば、危険な狩りをする必要もなくなるわけじゃないですか」


確かにそうだ。金のために命を落とすなんて馬鹿馬鹿しい。機会と偶然が重なって、ちょうど俺はそれを回避できる状態にある。

それに、ガーランドを倒さなければ他の人が困るかもしれない! ……なんて正義感を持ち出せてしまう自分に余裕があるわけでもなければ、強さがあるわけでもない。

事件解明、借金解消、貯金確保。どう考えても討伐を避けたほうが安全で堅実だろう。

しかし、危惧するべき最大の問題がなくなった訳ではない。


「はたしてその子が教えてくれるかどうか、だよな」


さっきまでの皮算用は、ステラから真相を教えてもらえた場合の話だ。うまく聞き出せなければ、俺はさらに違約金を重ねてしまう。俺はもう少し慎重に依頼を受けたほうがいいのかもしれない。

しかし、愚痴が事態を良くしてくれるはずもなく、悲しいことに突きつけられた現実は「やってみるまで分からない」、だ。


「それに、ピアはいいのか? 俺がガーランド討伐諦めちゃっても。騎士隊に通報するって脅しまでかけて付いてくることにしたのに」

「私が討伐についていきたかった理由は、ステラの為の敵討ちができるかもしれないと思ったからです。ステラが倒したいって言ったら、レイドさんをもう一度脅すことになるかもしれませんが」

「お前…………肝太すぎんだろ。勝てるかも分からないのに」


とはいえ、大恩があるのも事実。ステラという少女はともかく、ピアの望みならガーランドを相手取ることもやぶさかではない。


「きっと勝てますよ。レイドさんなら」

「なぜそんな言いきれるんだ?」

「魔導ですよ。あれだけの魔導書を瞬時に理解できるくらいですから、並の魔導師なんて相手にならないくらいの戦力になるのは間違いないです。現時点でも大魔導師、もしくは魔導教官相当の実力だと思いますよ」

「そっ、そうか?」


なるほど、俺は戦力になるのか。

べた褒めされて少し照れつつも、そこまで言うならその程度を知りたくなるのが人の性。


「ちょっと腕試しになんか狩ってみたいな」

「ならオーク狩りとかどうでしょう」


すぐにでもステラという少女に会いに行く、そう言ってから舌の根も乾かぬうちのこの発言。しかし、それだけの理由はあった。

こんな少女の口からオーク狩りなんて言葉が出てきたのは驚きだが、俺はかねてから倒してみたいモンスターがいた。


「いや、スライムにしとこう。だめか?」


そう、モンスターといえばスライム! といっても過言ではない、敵キャラの代表格。オークなんてごつそうなやつと初っ端から戦うのは嫌だと内心思っているのは否定しないが、それでも日本から送られてきたものとして、スライムを一度見てみたいという願望がある。


「スライム……ですか。一体なぜ?」

「興味だよ、興味! 一度は見てみたいって前から思っててさ」

「スライムを見てみたいなんて人、初めてですよ。構いませんが、ちゃんと私の事守ってくださいね?」


例のごとくピアはついてくる気のようだ。先日、ピアが領主宛に長期休暇の申請をしているのを知っているから、仕事は平気なのかなどと無粋なことを言ったりはしない。


「任せとけ!」


俺は自信満々に了承した。


そうと決まったら、決めなければいけないのは術式の選択だ。

『炎熱術式』『衝撃術式』『消滅術式』などの中から、戦闘用に数十枚用意しておく。魔導書曰く、数種類の術式を十枚ずつ用意しておく位がバランスよく戦えるとの事だったので、その通りする。先人の知恵を借りないテはない。


「ん? これは……」


魔導書を眺めながら術式の選択を迷っていると、術式一覧のページで面白い一文が目に入る。


「この術式……使ってみる価値はあるかもな」


俺は早速、術式を書くためにピアから紙とペンを借りた。





ファインデリーズから徒歩一時間足らずの中規模湿地。スライムの群生地であるそこには、スライムが大量にいるはず……なのだが、どこを見てもその姿はなく、あるのは大量の濁った水たまりだけ。目をこすれど結果は同じ、ピアの勘違いという可能性を考慮してしまうほどだ。

絶対にありえないが、頭上を飛んでる鳥が待望のスライムだというのならそうなのだろう。随分赤みがかった羽の長い鳥だが、他にスライムの姿がないのだから、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。


「スライムって飛ぶんだな」

「そんなわけ無い……ってどこ見て言ってるんですか」

「あの赤い鳥」

「冗談よしてくださいよ、スライムならそこら中にいるじゃないですか」


ピアが指さしたのは上空ではなく地面。

やっぱりどう見てもいないじゃないか、そう思った瞬間だった。


「あれ、なんか水たまりが動いて……」


茶色の水たまりの水面が、気のせいかピクリと揺らめく。凝視。再びピクリともう一度。

水たまりの中にいるのだろうか。試しに小石を投げ込んでみると、奴は現れた。


「ほら出てきましたよ! あれがスライムです!」


待望のご登場とともに、俺の失望は最高潮に達した。

まずはその大きさ。バスケットボール程度という予想はあっさりと裏切られ、高さは腰にまで及ぶ迫力すら感じるサイズ。そして、流体独特の肉まんフォルムとはかけ離れた、どことなく四角さを帯びた個体感。しかも、移動時に発するネチャネチャという音が、下がったテンションを、更にげんなりしたものにした。

これだけでがっかりるのには十分すぎるのだが、極めつけはその色。

湿地の泥水がたっぷり浸み込んだヘドロのような濁りは、もしかしたらスライムのあまりにキュートな見た目ゆえに殺すのをためらうかもしれないという杞憂を、一瞬にして吹き飛ばしてくれた。


しかし腐ってもスライム。一応透視度は高く、背後の湿地が透けて見える。


「スライムは軟骨の周りに粘液を纏った、いわば軟体生物なんです。ただ、軟骨の屈折率が限りなく水と近いので、水中から出てくるまではほとんど見えないんですよ。たいていの人はこれに驚くんですが、レイドさんはどうでしたか?」

「あぁ、うん。びっくりというか、がっかりかな」

「どうしたんですか? さっきまであんなに楽しそうにしてたのに……」

「さっきまでは色々夢があったんだよ。なのに現実は、ゴミみたいなゴミ。あーあ、こんなことならおとなしくオーク狩っときゃよかった。ま、術式の完成度が知りたいから倒すことには倒すんだけどな」


今回の名目は術式の試験的な使用だ。スライムの見た目も、気が咎めないで済むと考えれば結果としては悪くない。

とりあえず一つ目の術式、『衝撃術式』の検証。一口に衝撃術式といっても、書いた内容次第で発生する事象は大幅に変化する。今回用いるのは、一点集中型の高火力術式と広範囲型の中火力術式の二種類混合型。広範囲の方はともかく、高火力の方の術式が当たればおそらくスライム程度なら数発もあれば十分だろう。

十枚くらいの用意があるので、試しに魔導書の解説どおりに使ってみる。

水たまりからのろのろと出てきたスライムに、掌を向けてターゲットを確定させる。微調整は「術式」系統の魔導より、「スキル」系統の方が融通が利くとの事だが、ターゲット選択位の微調整なら「術式」系統でも意識的に行うことができる。


「『衝撃術式』っ!」


左手に術式を握りしめ、もう片方の突き出した右手に光紛のようなものが集まる。

恐らくこれは、術式発動の際に術式の魔粒子の一部が、発光エネルギー体として顕現しているのだろう。なんとなく神秘的な雰囲気を帯びていて見栄えはいいが、これは言ってしまえば「術式の無駄」である。

プログラムで例えるなら、非効率的なコードが機械に負荷をかけるのと同じで、決して喜ばしいものではない。改善が必要なのは間違いないが、今回は即席だったからという事で自分に言い訳をした。


「凄いです! こんなに高規模な術式初めて見ました!」

「まじか、でも確かに光粉が大量に右手に……ってあれ?」


なんだこれ、おかしいぞ……?


額に嫌な汗が流れる。衝撃術式は、提唱からのラグは多く見積もってもせいぜい3秒。

もうとっくに発動してなきゃおかしい頃だ。

そんな事を思っているうちに、右手に握りしめていた術式は消えてなくなっていた。つまり発動はしたのだ。


「術式書き間違えたか……? いやそんなはずは……」


発動したから、消耗品である術式が無くなった。術式の書き間違えなどというミスを犯しているのならば、そもそも発動すらしないはずだ。

「術式」系統はセンスを問わないとどの魔導書でも言われている。ゲーム機のボタンを押すのに果たして才能が必要だろうか、つまりはそういう事だ。技というより道具としての側面が強い「術式」系統で、発動はするが効果が現れないなどある訳がない。


「レイドさん、それ、ちょっと一枚見せてください」


そう言うと、ピアは許可より早く俺の懐に手を伸ばした。無遠慮な奴だ。

その道の専門ではないとはいえ、ピアも一介の魔導師程度の知識はあるらしい。絵でなく文字で書かれた術式でも、理解は出来るようだ。


「わっ!凄い精密な術式ですね……でも見た感じ特に不具合を起こしそうな要因は見つからないです」

「まぁ、もしかしたらスライムに当たらなかっただけかもしれないだろ? まだまだ枚数はあるから試してみればいいさ。今度はこれだ『炎熱術式』っ!」


スライム移動速度は亀の如し、当てるのはわけないはずだ。しかし、先程同様に術式はなんの効果も見せない。

ちらりと術式紙を確認するが、魔導書通りの堅実で安定性重視のコードだ。どう見たっておかしい所はない。

「術式」系統は才能の有無に左右されない魔導という前情報に裏切られ、今の俺はただ術式紙がただただ消費するところを眺めるくらいしか出来ない。


「なんでだ!?『消滅術式』っ!」


が、これもダメ。

結局、持っていた術式のほとんどを消費しても、一つたりとも効果は現れなかった。


「レイドさん、後ろの水たまりからもスライムが出てきたみたいです」

「くそっ、増えてきたな」


さっきまで一体だったスライムだが、今では十数体は視界に映る。こいつら全員相手取るのは厳しいのは間違いない。しかも、理由もわからず術式が発動できないというポンコツな状況。


「走るぞっ!」


咄嗟にピアの手を引き、湿地帯の脱出を試みる。

しかし まわりこまれてしまった!

突然鈍足だったスライムが俊敏に立ち回り、綺麗に退路を妨害してくる。


「げっ、こいつら意外に動けるのな」


正直、そんな素早く動けるなら最初から動けよと言いたくなるが、完全に仕留めれる状態を作るのがこいつらの「狩り」なのだろう。


「レイドさん……もしかしてこれってあれですかね」

「ああ、あれだな。俗に言うピンチってやつだな」


気づけば周囲をスライム達に囲まれていた。水たまりから這い出てきた奴らは更に増え、今じゃ虫の通る隙間もないくらいの包囲網が形成されていた。

ネチャネチャと鳴る音が360°から響き、生理的に拒否反応を起こしそうになる。


「なぁ。逃げる以外に道はないはずなのに、逃げる道が見つからないんだけど」

「ちょっとちょっとレイドさん?! 冗談言ってる場合じゃないですよ!!」

「いやー、短い命だったわ。0歳と0.1ヶ月位か?」

「早々に黄昏ないでくださいっ!」


ピアが慌てる様を見ていたら、どうにも落ち着いてしまった。他人があたふたしてると、人というのはどうやら冷静になるらしい。

冗談はさておき、まず大切なのは分析。

現状、理由は分からないが何故か俺の書いた術式が効果がないようだ。そしてスライムに囲まれているという状況。

最寄りの街は声が届く範囲になく、こいつらを倒す術もない。


手っ取り早いのは術式を使えない原因を突き止めることなのだが、(自称)優秀な記憶力のせいか、魔導書のある一文を思い出してしまう。


―――――――ごく稀に、「術式」系統も発動不可の、魔導適性のない人間が存在する。


「あー、間違いなくそれだろうなぁ」

「一体何言って……」

「なんでもない。とりあえずピア、この術式受け取れ」


術式紙のラスト一枚を、放り投げて渡す。

ピアが風で飛ばされる前に慌てて受け取ったそれは、今日気まぐれで作った即席の『【広域】対魔術式』である。

お試しのつもりで書いたから1枚しかないが、この場のスライムの数体でも倒せて包囲網を崩せれば儲けものだ。今は逃げ道さえ確保出来ればいいのだから。


「時間ないからはっきり言うぞ。俺は魔導が使えないらしい。代わりに使え、以上」

「えっ、えぇっ!?」

「残りそれ1枚だから、なんとか二〜三体は倒してくれよな」


文字通りラストチャンスである。


「もうっ! どうなっても知りませんよ! ――――――魔を以て魔を制さん!『【広域】対魔術式』っ!」


術式紙が光粉となり、突き出したピアの右手に集まる。

俺の時とは違い、光は紅く、そして鮮やかに辺りを照らした。



不覚にも、美しいと思ってしまった。


リアルの負担が軽くなりましたので、今まで通りの執筆ペースに戻したいと思います!

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