スナイパーライフル
岩と砂だけの不毛の地、荒野。
岩肌は赤みと熱を帯び、凹凸に富んだ地形は馬の歩く道を狭めた。
ガーランド討伐メンバーにステラが加わって馬車が少し狭くなったが、彼女が小柄故に気にするほどでもなかった。
「見える?あれがガーランドよ」
ステラが指差したのは、車窓の外。
その先に居たのは、荒野に良く似合う一匹の竜だ。岩が体表に張り付いていて、ステラ以外は見つける事が出来なかったほどである。
指を差されても、凝視して視認するのがやっと。擬態のプロフェッショナルだと感心しつつも、その必要性の無さをガーランドの巨体を見て読み取っていた。
どう見たって食物連鎖のトップであり、逃げる必要はどこにもない。獲物が近づくのを待っているのだとしても、ガーランドは食事を必要としないと聞くのでその可能性も低い。
次第に距離が近くなり、足音が体を震わす場所まで迫った。
その時俺は、ガーランドが殺人竜と呼ばれる理由を理解した。
「いや知っていたけどさ、知ってたけど百聞は一見にしかずっていうだろ? ほんとにこれ勝てるのか怪しくなってきたんだが……」
何となくのイメージでここまで来たが、実際に見るのは初めてだ。実際に三メートルと言われて、その長さを瞬時に想像できる人間が果たしてどれだけいるのだろうか。おれは想像できない側である。
あの竜と正面切って相対するような事があれば、間違いなく俺は挽肉にされるだろう。
そんな俺の弱気な発言は、パルサーの不安を煽った。
「おいレイド。頼むから勝算なしならぱっぱと帰らせろ! 何度でもいうが、俺は葬儀屋じゃないんだ。死体を積んで帰るのはまっぴらだし、最悪俺も一緒に棺桶なんだぞ!?」
それは、たとえ俺が死んでも帰りの代金分も働いてくれるということだろうか。こういった些細な言動から分かるスタットという男の義理堅さ。これは人に好かれるタイプだな、そう感じた。
「冗談だって。ちゃんと策はある」
とは言ったものの、破格のサイズ感故に普通に攻撃しようとしても膝までしか届かない筈だ。
そして、地を抉るような足跡。
攻撃できる間合いに入ったとしても、踏み潰されてあっさり逝くのがオチだろう。
俺みたいな一般人にどうにかできる相手ではないので、接近戦はすべてステラに任せることになる。
「死んだら……一生恨むからな」
観念したように馬を近くに停めるスタット。
岩陰に上手く隠し、ガーランドからの視線を避ける。
「ここからステラと俺達は別行動だ。いいか、昨日話した作戦通りにいくぞ」
「了解。任せといて」
頼もしい返事を残して、ステラはガーランドへと駆けていく。この様子ならステラ単体の動きは問題ないだろう。問題なのは、連携と必殺技だ。
そう、それは昨日の夜にさんざん話し合った内容である―――――――
―――――――ステラ宅。
日はとうに沈み、スタットに至っては熟睡しているこの時間に、(見た目は)女子3人組が睡眠時間を削ってまで話し合っているのがガーランド対策なのは言うまでもない。
問題として挙げられているのは、決定打の不足だ。
「私はやっぱり『衝撃術式』がいいと思うの。ガーランドは体表を岩に覆われているから、『炎熱術式』は間違いなく意味ないと思うし、岩もただの岩じゃなくて魔粒子のたっぷり染み込んだ魔鉱石だから『対魔術式』も遮られちゃうもん」
「なるほど、魔導による物理攻撃か。出来なくはないが、調節が必要だし、なにより撃てるタイミングが限られている。ステラの持っているその大剣で岩を砕けたりしたら楽なんだがなぁ」
可能な訳がない。
剣士といっても、ステラはまだ少女なのだ。
「それくらいなら簡単だよ?」
「まじか、言ってみるもんだな。ならステラが岩を砕いて、装甲が薄くなったところを『衝撃術式』で叩けばいいんじゃないか?」
「それは……私が『衝撃術式』の巻き添えをくらう未来しか見えないなぁ」
「効果範囲を極小にして細く長く伸ばせば、スナイパーライフルみたいに運用できるはずだ。ガーランド程の巨体なら狙いが外れる事は無いし、めったなことじゃステラにも当たらない」
「スナイパーライフル?」
「あっ、そうかこの世界にはスナイパーライフルがないのか。えっと、簡単に言うと銃の一種で……」
「銃……?」
「銃もないのかよ」
時代背景が見えない事が意思疎通のネックになっていた。魔導という存在は文明にガッツリと影響を与えおり、元の世界と比べると発展の方向性に異常なまでの違いがある。何か対応する武器があるかもしれないが、俺にその知識はない。
相手の知らないものを口頭で説明するというのは、想像以上に難しいのだ。
無いものは説明のしようがない。
俺は努力を放棄した。
「遠距離でちょー強い武器だ」
「胡散臭い」
「そう言ってくれるな」
「そもそもそんな調整が……ううん、やっぱりレイドなら出来なくもなさそうだね。普通、術式の調整なんてプロが何日もかけてやるものだけど」
普通の人間が術式作成に時間がかかる理由は、複雑な魔粒子回路を瞬時に想像し、それをさらに複雑に組み合わせなければならないからである。演算速度なら俺の十八番。人間が10年かけて完成させる計算を、ものの数分で解くことだって可能だ。
が、発動させるのは俺じゃない。
「これなら何とかなるが……ピア、ちゃんと当てられるか?」
ステラに当たらないというのは、ピアが対象を狙い撃ち出来た場合の話だ。
最悪の場合、超高火力スナイパーライフルのような術式がステラを貫くことになる。
「まぁ、行けるんじゃないですか?」
泰然自若なピアの言葉に不安が残るものの、他に建設的な案があるのかと言われたらそうでないのが現状だ。
「じゃあ、絶対に私に当てないように、私が装甲を削った部分にピアが『衝撃術式』を撃ち込むってことでいいのね?」
「そんな感じだ」
これならば、比較的高確率でガーランドを倒すことができるだろう。
それなのに、ステラの表情は浮かないものだった。
「戦うのに不安があるのか?」
「そうじゃない、戦えるとは思う。だけど…………ううん、何でもない。気にしないで」
「本当に大丈夫か?」
「うん。私は平気。きっとできる」
ステラの無理した作り笑いに、なぜか胸騒ぎがした。
その日の作戦会議は、それから更に少しの打ち合わせを経て終了した―――――――
―――――ガーランドへ駆ける一人の少女。
背の大剣が太陽に照らされて煌めいている。
この作戦で俺の立ち位置は司令塔。
ステラの補助役であるピアを、勝利に最も近い行動をさせることがこの戦闘の肝だ。
ガーランドとの距離は25メートルあるかないか。適切な行動をとらなければ、実害を被るのはステラだけではない。
「ピア、まずはこれだ!」
「あいあいさー!」
ピアに一枚の術式を渡す。
受け取るやいなや、術式に目を通すピア。陣ではなくコードなのにもかかわらず一瞬で理解してくれるところに、ピアの魔導への知識の深さが伺える。
「『【身体】強化術式』っ!」
これがどう影響するか、それはステラを見れば明らかだった。数秒前と比較して、見るからに走る速度が上がっている。効果がしっかり出ている証拠だ。
「次っ!」
「はいっ! 『【着衣】防壁術式』」
2枚目の術式は、いわば防弾チョッキのようなものだ。
皮膚から数ミリの部分を範囲として指定する事で、擬似的に服のように作用させる事ができる。先程の『【身体】強化術式』と違って、効果範囲の調整には気を使ったものの、威力……というより防御力に関しては一切の調整を不要としていた。守る力なので、ただ高めるだけいいのは本当に楽だった。
「これでガーランドの攻撃にも耐えれる筈だ。しかし、今更言うのもなんだが……本当にステラはあんなやつ相手に戦えるのか?」
「それはレイドさんが、ステラの戦うところを見た事ないからそう思うんです」
「ピアは見た事あるのか?」
「昔、一度だけですが死にそうなところを助けて貰ったことがあったんです。その時に少しだけ……」
今となっては信じるしかないのだが、不安は募るばかり。そんな不安をかき消したのは、ガーランドの咆哮だった。
「始まったな」
ステラはガーランドとの間合いを詰めると………ガーランドを飛びこえた。
身体強化をしているとはいえ、まさかガーランドを飛び越すとは思いもよらなかった。
ガーランドは突如現れた人影に驚くような反応を見せたが、踏み潰される事はおろか、ステラはその視線すら避けて死角を取ったのだった。
元々の凄まじい身体能力所以か、ステラはその異常たる脚力を完全に制御している。かに見えたが―――――
「レイド!これっ、強化効きすぎ!」
だめだったようだ。
しかし、それだけで失敗と決めつけるのは早計だろう。最初は制御に戸惑っていたステラも、ものの数分で動きにブレがなくなっていた。
いや、そもそも何故ガーランドからの攻撃を数分間も避け続けられるのだろうか。
ステラを見るなり暴れだしたガーランドは、巨体に似合わぬ俊敏な動きで、噛みつき踏みつけ体当たり等のあらゆる技を繰り出し続けている。それをステラは飄々と、まるでダンスでも踊っているかのように避けている。
かすり傷ひとつさえ、少女には付いていない。
「こんどはこっちの番よ!」
ステラはそう言い放ち、鞘から剣を抜いた。
反射で青白くかがやく刃が、ガーランドの装甲を襲った。
一太刀を胴に浴びせると、今度は身を翻してガーランドの攻撃を避けた。
至近距離のヒット&アウェイは、見事というほかない。身体強化にすぐ適応したことといい、卓越した戦闘センスを認めざるを得ない。
しばらく見守っていたが、なかなか体表の岩石が砕けないことに気が付いた。威力が足りず苦戦を強いられているらしい。
「ピア、これ追加」
「了解です。『【身体】強化術式』っ!」
今度の強化術式は、腕だけに一定時間作用する部位限定型だ。
発動と同時に、早速戦闘に影響が出はじめた。
突如、ステラの剣とガーランドの装甲の間から、派手に火花が出始めた。一撃ごとに、小さな光が一つ現れる。
「よし、これで後はステラからの合図を待つだけだ」
切り札のスナイパーライフルは一枚しかない。コードが長すぎて、徹夜で書いても一枚しか生産できなかったのだ。
だから、完全に倒せるその瞬間までこれを使うわけにはいかないのである。
ふと、昨晩ステラが見せた作り笑いを思い出した。
てっきりガーランドと戦うのに緊張しているものだと思い込んでいたが、この戦いを見る限りその可能性は低い。補助もあるとはいえ、ガーランド相手に互角以上で戦っているのだから。でもそれでは、ステラの苦い表情には別の理由があることになってしまう。
「ステラって、集落や街から離れて住む人達がガーランドに襲われているって話を聞くと、一目散に助けに行くんです」
突然何を言い出すのかと、俺は驚いた。
「それがどうしたんだ?」
「ステラ、助けた人に対してこう名乗っているそうです。『竜殺しのステラ』って……。噂程度の話ですが」
「竜殺し……?」
どういう事だろう。
竜というのがガーランドのことなのは間違いないとしても、何故そう名乗るのだろうか。現に今戦っている相手はガーランドだ。うわさが広まっている時点ではガーランドは生きているので、「竜殺し」ではない。
見栄を張った可能性も考えた。これがただの子供なら、幼い者の可愛い嘘と断定しても問題ないだろう。しかしステラという少女は、少女の姿が似合わない程に戦士であり剣士なのだ。何かしらの意図を探ってしまうのは当然だ。
「もしかしたら、ステラは自分に言い聞かせていたんじゃないでしょうか。『私がガーランドを倒すんだ』って。もしかしたら、今日が来るのをずっと待っていたのかも」
自身への宣言。
なるほど、と思った。
親の仇を自らの手で……と考えてしまうのは分からなくもない。俺は親というのを知らないから、はっきりと想像することはできない。それでも、肉親を奪われた恨みくらいなら察することができる。 それくらいに、今のステラは鬼気迫っている。
しかし妙である。それならば、なぜ今までそうしなかった。事件の起きた時期を考えると、復習に走るまでの時間は十二分にあったはずだ。俺たちに頼まれたのがきっかけで踏ん切りがついたのだろうか。
高性能据え置き機なんていわれていても、考察材料が足りなければこんなもんだ。
演算速度が速くても、人間的思考を必要とする考察などは普通の人間と大差ない。
分からないことは分からない。一応頭の隅に留めてはおくが、それを考えるのは今じゃない。命のやり取りの最中に油断をしていいことは一つもない。4.06に殺された時も、油断しなければもしかしたら勝っていたんじゃないかと思うことが多々ある。今となっては後の祭りではあるが。
「なぁ、なんか変じゃねぇか?」
そう言ったのは、たったいま合流したばかりのスタットである。
「スタット。来てたのか」
ここは岩と砂しかない土地。馬を固定する場所がなくて苦戦していたようだが、何とか停められたようだ。
にしても、あんなに帰りたがっていたにも関わらず戦闘を見に来るとは、とんだ野次馬精神である。
「変って、なんの事だ?」
「あの子、お前らが雇った剣士なんだろ?」
「雇ったというより、協力みたいな感じだけどな。報酬の分け前とか一切話してないし」
「なんでスルーしてるのか知らんけど、普通あんなガキがガーランドと戦えるか?」
あぁ、その事か。
スタットの疑問はもっともだ。
確かに言われてみればそうなのだが、元の世界と違う場所という時点で、日本などで通用する常識は一切合切捨てていた。何が起こっても不思議ではないという事を前提としていた為、大して追求はしなかった疑問である。
「この世界……というかこの大陸じゃ、幼少の剣士とかって普通にいるもんじゃないのか?」
「馬鹿言えレイド、そんな訳あるか。年少魔導師なら腐る程聞くが、剣士は流石に異常だ」
どうやら、そこら辺の感覚は地球と同じようだ。
あの華奢な腕の一体どこにそんな力が秘められているのか。人間兵器と呼んでも差し支えないステラの剣撃には、普通の人間……いや、屈強なガチムチダルマが一生かけて鍛錬を重ねても届くか怪しい。
一撃一撃が大砲のような轟音を響かせている。
延々と岩石を殴らされる剣に、同情すら芽生える。それでも折れないというのだから、どれだけ凄まじい強度なのか計り知れない。
着実に装甲は削れ始めている。赤色の岩石の奥に、僅かだが黒い皮膚のようなものが覗いており、勝利は目前に迫っていた。
「ピア!レイド! そろそろ行けると思う!!」
さあ来た。ステラからの合図だ。
スナイパーライフル型の『衝撃術式』を、奴にお見舞いする時間だ。
「後は頼むぞ、ピア」
「あいあいさー!」
気楽な返事で答えたピアは、右手で銃の形を作りガーランドへと向けた。これは俺が昨日教えたもので、確実に当てるための照準替わりである。簡易的だが、ないよりは幾分かましだろう。
装甲が剥がれたのはガーランドの首元。目測で推定50センチほどの隙間ができている。
「いきますよ……。『衝撃術式』っ!!」
その瞬間、ピア以外のすべての人間が息をのんだ。
ガーランドは動きを止めた。
手元から発射されたであろう不可視の衝撃の波は、間違いなく首元の小さな隙間を貫いていた。
赤い血が、ぐったりと垂れたガーランドの首を伝い、顎から地面へと滴っている。
「当たりましたかね?」
「「よっしゃあ、直撃だ!」」
俺とスタットは興奮気味に宣言した。
ガーランドはその場に倒れ、とてつもない轟音が、響いた。
ピアは、俺とスタットからのハイタッチを受け取ると、すぐさまステラの元へと駆け付けた。
「ステラっ、大丈夫だった? …………ステラ?!」
どういう事だろう。ステラの様子がおかしい。ガーランドが倒れたと同時に、
俺もピアの後を追い、ステラに近寄った。
「大丈夫か?!」
ステラに声をかけるも、帰ってきたのは嗚咽交じりの泣き声だった。
「ごめんね……。本当にごめんね……。助けてあげられなくてごめんね……」
ガーランドの死体の傍で、ステラは膝を抱えて震えていた。
シリアスは少なめで行く予定だったんですが、思いのほか重めの内容が出来上がってしまいました。
次回からもガンガン重めです。
それでもついてきてくれる気まぐれさんがいる事を信じて続きを書きたいと思います。




