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第二幕

軽くですが傷口を抉る暴力的、及び流血表現があります。苦手な方はご注意ください。

朧気な意識の中、レイヴァルトは天蓋付きの寝台へ横たえられたのを感じた。質の良い物らしく、体が深く沈み込む。それと同時に裂傷等の傷が布に擦れて激しく痛み、意識を引き戻された。

歯を食いしばり短く息を吐く。何故だか愉しげににんまりと笑った女王の口元が見えた。


「下がって良い。…この男に興味がある。少し騒々しくするが呼ばぬ限りは立ち入らぬよう」

「…畏まりました。それでは、何かありましたらお呼び下さいませ」


グリフはやや眉を寄せたものの、先程の光景を思い返してか素直に退室した。


「さて、夫殿。意識はあるな?」

「…この、通り」


掠れた声で応じると、女王は小さな咳払いと共に居住まいを正した。片足を僅かに後方へと下げ、ドレスの裾を摘んで軽く腰を落とす。

その場で制止ししてから一呼吸置いた後、彼女は妖艶な笑みを浮かべ口を開いた。


「申し遅れた事は詫びよう。妾はシャルロッテ・エトゥロ・アレハンベルグ…あぁ、人の子は姫鬼と呼ぶのかしら?」


揶揄するような口振りにレイヴァルトは瞑目した。姫鬼、とは人族の間で呼ばれる彼女の通称で、どちらかと言えば蔑称に近い。

強大な魔力を持った者が王位を継ぐ魔族の国、シャルロッテも例外ではない。見てくれは愛らしい女性。だがその内に秘めたる力は凄まじく、今世紀最大の魔術師と呼び声高い。魔術は術者の位置と発動位置によって魔力の消費量が比例するが、彼女は自陣の最奥にいながら敵を屠る事が出来る程、と言われている。鬼と恐れられるのは勿論その桁違いな魔力にもあるが、術式の非道さも多分にあった。辺りを一瞬にして吹き飛ばす力技を躊躇いなくやってのけるのは勿論、四肢を徐々に腐らせ苦しみの中絶命する呪いめいたもの、精神に干渉して内側から壊す術等々。恐怖を植えつけるに有効な手法を繰る事、それは彼女の得意とするところの一つであった。

味方に対しては情に厚く、敵方に対しては情け容赦一切ない。それが人族から見た女王の評価である。


「沈黙は肯定に等しいが、まぁ良い。さて…そなたは王家の者にしては、魔術の扱いに長けるようだけれど…」


二人分の体重を受け止め、ぎしりと寝台が軋んだ。唐突に切れた言葉に訝しんで薄目を開けると、左腕の近くにシャルロッテの鮮やかなプラチナブロンドが見えた。


不意に、するりと滑らかな指先がレイヴァルトの腕を這う。

唐突な接触に戸惑うのと同時に、滅多に感じる事のない柔らかな感触にレイヴァルトは動揺した。それを押し隠しながらレイヴァルトはされるがままにした。正しく言えば、動く事が出来なかった。もしかすれば先程防いだ魔術の影響によるものかもしれないが、痛みと魔力の消費のせいで、彼に思考する余裕はなかった。

シャルロッテはレイヴァルトの腕に刻まれた傷ごと触れていく。ちりちりと鈍い痛みが走ったが、なぞられた後は痛みが消えていった。表現しがたい暖かな感覚は、治癒系統の術で感じるそれであった。治癒の術は負傷した場所を直接触れる必要はない。その行為は先程の沈黙を責めているようにも思われ、レイヴァルトは黙ってそれを受け入れた。


互いに黙ったままの時間が過ぎていく。

短剣を突き立てられた箇所に到達すると、ふと人肌の感触がなくなった。


「…ッ!?」


応急処置として巻き付けられた布に、何かが潜り込んで来る。条件反射で腕を引いたが間に合わなかった。

何かが肉の中へ侵入しようとうねり、だが体はそれを拒んで痛みを発する。体ごと離れようと力を入れるが、金縛りにあったかのように指一本動かすことが出来ない。激痛に悶えながらも声だけは上げるまいとシャルロッテを見上げれば、彼女はゆったりと微笑んだ。


「魔装具の類で増強している訳ではない、か。夫殿、内の魔力に働きかけ、動きに制限を掛けている。妾が良いと言う迄はそのままじっとしているのが懸命ぞ。少し掻き回すがみっともなく喚いても許す故、今しばらく堪えよ」


ずるりと更に硬い何か、恐らく爪であろうそれが突き進む。開いた傷口からは生暖かい血が溢れた。

無遠慮なその動きにぐっと唇を噛むレイヴァルトは、何の責め苦なのかと抗議を口にした。


「っ、どう…か、ごよ…しゃください」

「致命傷を避けるため保護術を用いたのであろう?あの短剣は術に反応して毒素を仕込む…妾が施した術式が組まれているからな、放っておけばこの腕腐り落ちるぞ」


何処か嬉々とした様子でシャルロッテは語る。

腕が腐り落ちる云々は真であろうと思ったが、治癒術を施すだけならば不要な痛みなのではと疑念が湧く。疑わしそうに見遣る視線を投げるも、シャルロッテは意に介さず、余計に痛みが増すばかりであった。


痛みに悶えながらも叫び声を上げることはなく、耐えること数十秒。小さく吐かれた息と同時、指先が離れた。


「後は単なる怪我の類、よく堪えた。美丈夫が悶絶する姿を眺めるのも悪くはないが…まぁ、それは…」


レイヴァルトは言葉の合間にぱちと何かが爆ぜるような音を聞いた気がしたが、それが何か探る間もなく、シャルロッテが腹部に跨ってきた。唐突に話を打ち切った理由も分からず、更に彼女の破天荒な振る舞いも加わった事で間の抜けた表情で固まっていると、何かの術式が眼前に展開される。先程の楽しげな様子と打って変わって、シャルロッテは神妙な顔でレイヴァルトを見下ろしていた。


「貴様、人族王家の直系ではないな?これだけ魔力を喰われて魔力切れを起こしておらぬのか。まぁそれは今は良い。貴様は何者ぞ?痛みに対する耐性も人並み以上、且つ声を上げる事をしないとすれば…」


シャルロッテが組み上げていく術式が何か読み取る事は出来なかったが、レイヴァルトは本能的にそれが己の身にとって拙いものであると判断した。毒素を抜く最中に何かを感じ取ったのは明白であったが、何か言葉を発すべきかそれともと僅かに逡巡した後妨害術を編む。眼前に迫るシャルロッテの顔が煩わしげに歪んだ。


「小賢しい真似を。だが、やはり貴様直系ではあるまい。人の王家は我ら魔族に近い者と魔力の力の強い者を忌み嫌い、もし直系に生まれれば幼子の内闇に葬られると聞く。王家に伝わる瞳の色と魔術に造詣が深い事を鑑みれば、王家の血が微かに交じるルーウェイン家の者か。彼処は武家でもあったな。全く、面白味のある王家の者を寄越したのかと思えば……ふん。和睦、何とまぁ下らない茶番か」


怒りにぎらつく目がレイヴァルトを見据えた。


「お待ち下さい、女王陛下」

「黙れ、魔族の王たる妾を愚弄した罪は重いぞ。此方は一杯食わされたという訳か…第一王子レイヴァルト、伝え聞いた容姿と合致はするが貴様は誰だ、名を名乗れ」

「レイヴァルト・シュヒテン・エンガルド、デュバイ・フォン・レイジェス・エンガルドの息子に相違なく」

「虚言はもう良い!」


柔らかな寝台に勢い良くシャルロッテの拳が振り下ろされる。

クッション材に吸収され殆ど音はなかったが、怒りに震える肩がその強さを物語った。


「陛下、シャルロッテ女王陛下。どうか…どうか私の話を聞いて頂きたい」


レイヴァルトはただ真摯に訴えた、肩口に握った拳を乗せる簡易な礼を執って。真っ直ぐに怒りに燃える瞳を見返し、彼は許されるか分からぬその時を待った。シャルロッテは深く眉間に皺を刻み、紺碧の瞳を見下ろす。

やがて、疲れたように嘆息したシャルロッテがその身を離す。レイヴァルトの喉元へ伸ばしかけた細い指先は寝台に沈んだ。


「聞くだけ聞こう。それから貴様の首を送り返すのも、遅くはあるまい」

「我ら創造神の御名に誓わせて下さい。私が何者か、嘘偽りない真実を貴女へ述べる事を」


シャルロッテは僅か目を見開き、緩慢な動きで頷く。その誓いは、破れば創造神から手酷い罰を下されると言われるもの。伝承にも罰の凄惨さが数多く残される、古くから伝わる誓いの儀式。けれど、今は深く長い眠りに居る神への誓いのため、人によっては下らないと一蹴される行為だった。だが、それは今のレイヴァルトに出来る最大の誓いだった。

魔術を組む時のように空に宣誓を紡ぐ。結び終えた宣誓文は一瞬淡く光るとシャルロッテの中へと消えた。


「私の名前はレイヴァルト・シュヒテン・エンガルド、デュバイ・フォン・レイジェス・エンガルドの息子にしてエンガルド国の第一王子。シャルロッテ陛下が仰るように、私は強い魔力を持って生まれ落ちました。本来は幼い内に命を奪われていたでしょう。ですが…人族に伝わるとある予言書に、その年、初代王の血を継ぐ家に生まれた男子は国を富ませる力がある、と。そう記されていたのです」


淡い残光が掻き消えるのを待ち、レイヴァルトは語る。


予言書に記された年、初代王の血を継いだ家系に生まれた男子は、レイヴァルトとルーウェイン家の長子だった。だが、不幸な事にレイヴァルトは強い魔力をその身に宿していた。通例であれば、生まれ落ちた翌日にもその命は亡き者になっていたと思われる。それを拒んだのは王妃だった。

預言書に絶対の信頼を寄せていた王妃は、自分の息子が国に多大な影響を与える者として疑わなかった。自分は偉大な人物の母である、と、ある種誇大妄想にも似た考えを持っていた。そこで、彼女は王へ一つの提案を持ち掛ける。それはルーウェイン家と子を取り換える事。血の薄れたルーウェイン家であれば魔力が強かろうが関係がない、そして、どちらかが国を富ませる力があるのならその時を待つべき、と。不幸中の幸いだったのか、ルーウェイン家の長子は王家に伝わる瞳の色を持って生まれた。先祖の血を色濃く受け継いだらしく、髪色も王家直系と名乗るに相応しく青味がかった黒だった。勿論、レイヴァルトともその色は一致した。

そうして秘密裏に子の取替えは成り、レイヴァルトはルーウェイン家の長子として育てられた。


「馬鹿げた話だ。和睦を期に呼び戻されたか」


シャルロッテが鼻で笑ってのけると、レイヴァルトは呼応するように肯首する。


「大凡そのようなところです。成人となる年に子の取替えを聞きました。ルーウェイン家の長子も同じくその事実を知っている筈…王家に連なる者として恥じぬようと互いに同じ場で学びました故、それぞれ立場を戻されても混乱は少ないかと」

「ほう、体よく国を追い払われた、と。そういう事か」


目を眇め、シャルロッテは意図して挑発的な言葉を投げる。

眼下に横たわる男の表情は微かに動いたものの、それが何の感情であるか読み取らせぬようにしてか目を伏せられた。


「まぁ、事実としてはそうなのでしょう。ルーウェイン家の者としても、悩みの種である私はあまり歓迎されていませんでしたから。だから、私が故郷へ戻っても居付ける場所はもう……あぁ、こんなにも染みが。寝室を汚してしまいましたね、申し訳ありません」

「良い。妾は魔族の鬼姫ぞ、血に塗れるからこそ美しくあれる」


露骨な話題転換にも関わらず、特に深く言及するでもなく、それに乗じたシャルロッテは女王然として笑む。その笑みを眩しそうに見遣り、レイヴァルトは目礼を返した。


「さて、そなたの言は一先ず信じよう」


軽く息を吐いた後、シャルロッテは改めて己の意思を示す。

礼を執る為か身を起こそうとするレイヴァルトを押し留め、彼女は心の底から愉快そうな笑みを浮かべて見せた。


「嘘か真かはそれで良いとして…秘め事を暴かれて口にしたのだから、相応の報いは覚悟していて?」


彼女の琴線に何かが触れたようである。嗜虐心に満ちた笑みであるとは容易に察せられた。

レイヴァルトはこれからこの身に起こるであろう事を甘んじて受け入れるべきと覚悟し、ぎこちない動作で頷いた。

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