4.
4.
それから寛太が家に来ることはなかった。私は毎日、お寺に行った。寛太が来るのではないかと一日中そこで過ごした。けれど、寛太は来なかった。そんなある日、お寺の和尚さんが声を掛けてきた。
「最近、よくここで遊んでおるな」
「うん、ここに来ると不思議な力が付くから」
「ほう、小さいのにそう感じるのなら大したものだな」
「和尚さん、寛太君知ってる?」
「寛太?はて?どんな子じゃろう…」
「いつも私をここに連れて来てくれる男の子だよ」
私の話を聞いた和尚さんは何やら難しい顔つきで考え込んでいた。
「お嬢ちゃんはどこの子かな?」
「お母さんと一緒にひまわり畑の家に引っ越して来たの」
「ああ!三島さんのところか」
和尚さんはそう言うと、私の顔をしばらく眺めてから何かを思い出したように聞いてきた。
「お父さんは元気かのう?」
「お父さんは居ないの」
「なんじゃと!亡くなられたのか?」
「違うよ。離婚したの。お母さんが言ってた。もう、お父さんとは会えないって」
「な、なんと!」
和尚さんはそれから私を連れてウチに来た。そして、母と何やら難しい話をしていた。
「全部あの人が悪いのよ」
「それじゃあ、誰があの子を守ってやるんじゃ?」
「守る?ああ、悪霊がどうのこうのってやつね。大丈夫よ。今まで何もないんですから」
「寛君から何も聞いておらんのか?」
「はあ?何のこと?」
「解かった。悪いが、明日の夜はここに泊めてもらうぞ。それから、わしが来るまで美子ちゃんを絶対に外に出しちゃいかんぞ」
和尚さんはそう言って足早にお寺へ帰って行った。
翌日、今日は遊びに行っちゃダメだと母に言われた。私はいつもの様に縁側に座ってひまわりの花を眺めていた。母は私が勝手に外へ出ないようにずっと広間から私を見ている。すると、垣根の向こうに麦わら帽子が見えた。私はちらっと母の方を見た。雑誌を広げたままコクリ、コクリとしている。どうやら居眠りをしているようだ。私は庭石に上って垣根の外を見た。
「行こう!」
そう言った寛太の顔にいつものような笑顔はない。私は黙って頷いた。寛太がこれから何をしようとしているのか私には判っていた。いつもの様に垣根から飛び降りる私を寛太はしっかりと受け止めてくれた。寛太は私の手を握りしめると小走りに河原の方へ向かって行った。
母が目を覚ましたのは、住職が尋ねて来た時だった。
「美子ちゃんはどこかね?」
「そこの縁側に…」
縁側に美子の姿はなかった。
「どうしよう!居なくなっちゃった」
「あれほど言ったじゃろう!まあいい。どこに行ったのかは見当がついておる」
住職はそう言うと、お祓いに使う道具を風呂敷に包んで立上った。
「ところで、寛太という少年を知っておるかな?」
「ああ、そう言えば、美子がお友達になったといっていたわね。その子がどうかしたの?」
「お前さん、気が付いておらんようだな」
「なんのこと?」
「いや、気にせんでくれ。それより、寛さんが亡くなったことは聞いておるか?」
「えっ!なに、バカなことを…」
母は冗談もほどほどにしてと言わんばかりに笑い転げた。けれど、住職があまりにも真剣な表情で言うものだからそのうち、顔を引き攣らせながら住職にすがりついた。
「本当なんですか?なぜ?ここに来る前はあんなに元気だったのに」
母は力なくその場に座り込んだ。
「なんだかんだ言っても心までは離れちゃおらんかったか」
住職は風呂敷を背負うと、そそくさと出掛けて行った。
河原へ向かう道中、寛太は私にいろんなことを言い聞かせた。
「一人になっても怖がっちゃダメだぞ。怖がるとあの子は気を悪くして美子を川の中に連れて行くから。それから、その首飾りだけは何があっても放しちゃダメだからな」
河原に着くとあの子が待っていた。私のせいで死んでしまった…。暑い夏に日の夜中に私を連れて行こうとする…。
初めて一緒に遊んだ時のあの子の顔はよく覚えている。けれど、今、そこに居る女の子は同じ顔でもあの時とは違う顔に見える。まるで生気を失った青白い顔に悲しみに満ちた表情を浮かべているように見える。寛太に連れられた私が近付くと、にっこり笑って私の方を見た。




