3.
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まだ夏休みの最中という事もあって、私は一日中、母の実家で過ごした。外へ出ても一緒に遊ぶ友達も居ない。縁側に座って庭に植えられた向日葵の花を眺めていた。すると、垣根の向こう側に麦わら帽子がひょこひょこと行ったり来たりするのが見えた。私は垣根の前まで来ると、庭石の上によじ登って垣根の外側を覗いた。
「だれ?」
「寛太。お前は?」
「私は美子。今日、引っ越して来たの」
「ふーん、じゃあ、まだ友達が居ないな?俺が友達第1号になってやるぞ」
「本当?ありがとう」
「お前、何年だ?」
「1年生」
「そうか、俺は三年だ。だから俺がお前を守ってやるぞ」
寛太はそう言って虫歯だらけの歯を見せてニカッと笑った。その時、家の中から母の呼ぶ声が聞こえた。
「美子ちゃん、スイカを切ったからいらっしゃい」
「分かった!」
私は母に返事をして寛太の方に向き直った。けれど、寛太の姿はどこにもなかった。
次の日、私が縁側に座っていると垣根の向こうに麦わら帽子が見えた。私はまた庭石によじ登った。ニカッと笑う寛太の口元から虫歯だらけの歯が目に入った。
「なあ、こっちへ来いよ。いいところに連れて行ってやる」
「でも…」
「いいから!早く」
私はそのまま垣根によじ登った。寛太が両手を広げてウインクをした。私は思い切って垣根から飛び降りた。寛太はしっかりと私を受け止めてくれた。
「意外と重いな」
寛太は私の手を取って歩き出した。
不思議な感じがした。寛太の手は見た目より大きく感じた。そして、温かくてなんだかとても懐かしく思えた。
寛太が連れて来てくれたのはお寺だった。
「ここに来ると、不思議な力が身につくんだ」
「不思議な力?」
「そうだ」
寛太にそう言われると、なんだか本当にそんな気がしてきた。
「いいもの持ってるな」
寛太は私の首飾りを手に取った。
「何があってもこれを外しちゃダメだぞ」
寛太はそう言うと、両手を高く上げて周りの空気を思いっきり吸い込んだ。
「美子もやってみろ」
私は言われるままに寛太がそうしたように両手をあげて息を吸った。吸い込んだ空気は周りの温度とは違って清々しく感じられた。
それからは、私は寛太とこのお寺で遊ぶのが日課になった。寛太はいろんな遊びを私に教えてくれた。遊びといえばテレビゲームしか知らなかった私には、例えば石蹴りであったり、ビー玉であったり、そう言った遊びが新鮮で、また楽しかった。私は次第に寛太のことを兄のように慕う様になっていた。
いつもの様に私が縁側に座っていると、母がスイカを切って持って来てくれた。そして、私の隣に座って訊ねてきた。
「最近、よく出掛けるのね。お友達でもできたのかしら?」
「うん!寛太君って三年生の男の子。石けりやビー玉で遊んでくれるの」
「へー、石蹴りかぁ…。懐かしいなあ。良かったじゃない」
「うん!今度、寛太君をウチに連れて来てもいい?」
「いいわよ。お母さんも会ってみたいな」
母はそう言うと立ち上がり、家の奥へ下がって行った。私はそんな母の後姿に向かって訊いてみた。
「ねえ、お盆にはお父さんも来るの?」
母は一瞬、立ち止まったけれど、一言言ってそのまま家の奥に消えて行った。
「お父さんはもうここには来ないのよ」
答えは解かっていた。私は父に貰った首飾りを手に取って溢れる涙をぬぐった。
母親の姿が見えなくなると、垣根の向こうに麦わら帽子が見えた。
「あっ!」
私は垣根のそばに駆けだすと、いつもの様に庭石によじ登った。いつもと同じ笑顔が私の心を癒してくれる。
「どうした?泣いてたのか?」
「ううん、大丈夫。ねえ、ウチで遊ばない?お母さんも寛太君に会いたいって」
寛太は少し考えてから言った。
「そのうちな。大人は苦手なんだ」
「ふーん…。じゃあ、今日もお寺に行くのね」
「いや、今日は河原の方に行ってみよう」
「河原?河原には行っちゃダメってお母さんが…」
「知ってる。でも、約束は守らなきゃダメだ」
「えっ?どうしてそのことを…」
私は不思議に思った。寛太君はあのことを言っているのだとすぐに解かった。でも、どうして寛太君が知っているのだろう…。その時、家の中から声がした。
「美子、そんなところで何してるの?」
母の声だった。私は家の方を振り返って母に言った。
「寛太君が来てるの」
母は私のそばにやって来て垣根の外を覗いた。
「誰も居ないじゃない」
母が来た時には寛太の姿はどこにも見当たらなかった。




